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第五幕 八 「私は美しいモノが好きなだけです」
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八
「ええ。リンは愛玩動物ですよ。」
「ペットってこと?」
「ええ。平たく言えば、そうです。」
「それって、でも何か妖しい響き~。一方的な愛人みたいな。凍神さんって、もしかして女性のことをモノとしか考えられない最低な男の類?うわぁ、女性蔑視反対!」
フェミニスト琉衣の抗議。嫌悪感を剥き出しにして、琉衣はブーイングをしている。
だが、ヒョウはブーイングも抗議も受け流して、微笑を浮かべ佇んでいた。
「確かに私は最低などという言葉は聞き飽きていますが、一つだけ訂正させて下さい。横山サン、貴方は飼いネコに欲情しますか?」
「するわけないじゃん。何言ってんの?凍神さん。意味分かんないよ。」
真顔で否定する琉衣。ヒョウの評価はどんどん下がっていっているようだ。
「同じことです。彼女は私を主人だと思い、私は彼女を飼っています。そこに肉体関係や恋愛関係など成立しないでしょう?愛玩動物というのは、本来そういうものでしょう?」
冷え切った微笑。
身も凍りそうなほどのヒョウの言い分に、琉衣は視線を逸らした。
「でも、彼女はそれでいいの?それって、人権とかそういうの以前に、何か違う気がする。」
「さあ?貴方はご自分のペットに聞いてみたことはありますか?モノのように買ってきて、所有権を主張し、可愛がっているのでしょう?」
琉衣はハッと顔を上げた後、すぐに俯いた。
琉衣に構わず、ヒョウは涼しげに続ける。
「リンとてヒトですから、嫌ならば逃げるでしょう?私は彼女を鎖などで拘束したことは一度もありませんよ。」
「でも、何か奇怪しいよ。歪んでるよ。だって、対等なのが人間関係でしょ?一方的で身勝手すぎる。酷いよ。」
琉衣の顔は悲しげに歪んでいた。抗議と言うよりは哀願。リンの立場に対する同情なのかもしれない。
しかし、そんな思いもヒョウには届かない。微笑は変わらず佇んでいる。
「歪んでいる?酷い?よく言われますよ、そのようなことは。お前は奇怪しい。お前は歪んでいる。おまえは異常だ。お前は最悪だ。聞き飽きるくらいに聞いています。しかし、私から言わせてもらえるのならば、貴方は正常なのですか?何かを評価するには基準が必要です。貴方の基準は正確なものなのですか?」
ヒョウの言葉には抗議の意味も怒りも込められてはいない。ただ事実を確認しているような、どこか楽しんでいるような口調だ。
琉衣は答えに詰まり、口を閉じてしまう。
「私は美しいモノが好きなだけです。ただ、それだけです。どんな評価も甘んじて受けましょう。」
この話はここで終わりとばかりにヒョウは言葉を結ぶ。
そして、室内を支配する張り詰めた空気を払うように手を動かすと、ヒョウは微笑から威圧感を取り除いた。
「それで、貴方は何故ここに来たのですか?聞きたいことでもおありなのではないのですか?」
突然話題が変わり、質問を向けられたことで、琉衣は対応に戸惑うように焦る。ヒョウほど器用に対処出来なさそうだが、それでも気分を変えようと努力を始めた。
「あー、うん。そうだった。話が、飛んでたよね。ごめんなさい。」
入室した時よりは声音も幾分沈んでおり、顔色も浮かない。だが、空元気を出しながら琉衣は自分のペースを取り戻す。
「あのね、凍神さんって変な噂はあるけど、優秀な探偵さんだから噂が広まるんでしょう?だから、もう、昨日一日でたくさん情報を掴んだんじゃないかなぁと思って。極秘情報とか教えてもらえないかなぁって、そんな感じ。」
「霧崎さんと手を組んでらっしゃるなら、わざわざ私のところに来なくても十分でしょう?」
取り付く島もないヒョウ。琉衣を軽くあしらっている。
琉衣はそれでも諦めない。
「でも、もしも霧崎さんより先に凍神さんが依頼を終わらせちゃったら、寂しいでしょ。」
そこでヒョウは笑い始める。琉衣のことなど眼中になく、まともに取り合う気すらなさそうだ。
「くっくっくっ、名探偵殿を信じてらっしゃらないと?そう仰るのですか?」
「だって、だって、凍神さん、霧崎さんと協力しないってことは、二人の探偵の対決とかになるんでしょう?だったら、やっぱり、私としては漁夫の利を得たいのが本心なのよ。」
名探偵霧崎の前では、間違ってもこんな率直な物言いはしないだろうが、ヒョウの前では本心を隠す必要もないのか、それとも余裕がないだけか、琉衣は忌憚のない意見をぶちまけていた。最初の色仕掛けの失敗により、計算が全て狂ってしまい、手持ちのカードが無効になってしまったようだ。
「対決など、私には興味がありませんが、霧崎サンは好きそうですね。」
「でしょう?」
負けず嫌いで熱い血の流れる霧崎の姿を思い浮かべて、琉衣も賛同する。
ヒョウは困ったようとでもいうように大仰に肩を竦めて見せた。
「いっそのこと、凍神さんは霧崎さんと協力して、探偵と警察の連合戦隊みたいな感じで、事件を解決しちゃえばいいと思わない?報酬は山分けってことで。」
この気に乗じて押し切るように琉衣は提案する。
だが、ヒョウは首を縦には振らなかった。
「ええ。リンは愛玩動物ですよ。」
「ペットってこと?」
「ええ。平たく言えば、そうです。」
「それって、でも何か妖しい響き~。一方的な愛人みたいな。凍神さんって、もしかして女性のことをモノとしか考えられない最低な男の類?うわぁ、女性蔑視反対!」
フェミニスト琉衣の抗議。嫌悪感を剥き出しにして、琉衣はブーイングをしている。
だが、ヒョウはブーイングも抗議も受け流して、微笑を浮かべ佇んでいた。
「確かに私は最低などという言葉は聞き飽きていますが、一つだけ訂正させて下さい。横山サン、貴方は飼いネコに欲情しますか?」
「するわけないじゃん。何言ってんの?凍神さん。意味分かんないよ。」
真顔で否定する琉衣。ヒョウの評価はどんどん下がっていっているようだ。
「同じことです。彼女は私を主人だと思い、私は彼女を飼っています。そこに肉体関係や恋愛関係など成立しないでしょう?愛玩動物というのは、本来そういうものでしょう?」
冷え切った微笑。
身も凍りそうなほどのヒョウの言い分に、琉衣は視線を逸らした。
「でも、彼女はそれでいいの?それって、人権とかそういうの以前に、何か違う気がする。」
「さあ?貴方はご自分のペットに聞いてみたことはありますか?モノのように買ってきて、所有権を主張し、可愛がっているのでしょう?」
琉衣はハッと顔を上げた後、すぐに俯いた。
琉衣に構わず、ヒョウは涼しげに続ける。
「リンとてヒトですから、嫌ならば逃げるでしょう?私は彼女を鎖などで拘束したことは一度もありませんよ。」
「でも、何か奇怪しいよ。歪んでるよ。だって、対等なのが人間関係でしょ?一方的で身勝手すぎる。酷いよ。」
琉衣の顔は悲しげに歪んでいた。抗議と言うよりは哀願。リンの立場に対する同情なのかもしれない。
しかし、そんな思いもヒョウには届かない。微笑は変わらず佇んでいる。
「歪んでいる?酷い?よく言われますよ、そのようなことは。お前は奇怪しい。お前は歪んでいる。おまえは異常だ。お前は最悪だ。聞き飽きるくらいに聞いています。しかし、私から言わせてもらえるのならば、貴方は正常なのですか?何かを評価するには基準が必要です。貴方の基準は正確なものなのですか?」
ヒョウの言葉には抗議の意味も怒りも込められてはいない。ただ事実を確認しているような、どこか楽しんでいるような口調だ。
琉衣は答えに詰まり、口を閉じてしまう。
「私は美しいモノが好きなだけです。ただ、それだけです。どんな評価も甘んじて受けましょう。」
この話はここで終わりとばかりにヒョウは言葉を結ぶ。
そして、室内を支配する張り詰めた空気を払うように手を動かすと、ヒョウは微笑から威圧感を取り除いた。
「それで、貴方は何故ここに来たのですか?聞きたいことでもおありなのではないのですか?」
突然話題が変わり、質問を向けられたことで、琉衣は対応に戸惑うように焦る。ヒョウほど器用に対処出来なさそうだが、それでも気分を変えようと努力を始めた。
「あー、うん。そうだった。話が、飛んでたよね。ごめんなさい。」
入室した時よりは声音も幾分沈んでおり、顔色も浮かない。だが、空元気を出しながら琉衣は自分のペースを取り戻す。
「あのね、凍神さんって変な噂はあるけど、優秀な探偵さんだから噂が広まるんでしょう?だから、もう、昨日一日でたくさん情報を掴んだんじゃないかなぁと思って。極秘情報とか教えてもらえないかなぁって、そんな感じ。」
「霧崎さんと手を組んでらっしゃるなら、わざわざ私のところに来なくても十分でしょう?」
取り付く島もないヒョウ。琉衣を軽くあしらっている。
琉衣はそれでも諦めない。
「でも、もしも霧崎さんより先に凍神さんが依頼を終わらせちゃったら、寂しいでしょ。」
そこでヒョウは笑い始める。琉衣のことなど眼中になく、まともに取り合う気すらなさそうだ。
「くっくっくっ、名探偵殿を信じてらっしゃらないと?そう仰るのですか?」
「だって、だって、凍神さん、霧崎さんと協力しないってことは、二人の探偵の対決とかになるんでしょう?だったら、やっぱり、私としては漁夫の利を得たいのが本心なのよ。」
名探偵霧崎の前では、間違ってもこんな率直な物言いはしないだろうが、ヒョウの前では本心を隠す必要もないのか、それとも余裕がないだけか、琉衣は忌憚のない意見をぶちまけていた。最初の色仕掛けの失敗により、計算が全て狂ってしまい、手持ちのカードが無効になってしまったようだ。
「対決など、私には興味がありませんが、霧崎サンは好きそうですね。」
「でしょう?」
負けず嫌いで熱い血の流れる霧崎の姿を思い浮かべて、琉衣も賛同する。
ヒョウは困ったようとでもいうように大仰に肩を竦めて見せた。
「いっそのこと、凍神さんは霧崎さんと協力して、探偵と警察の連合戦隊みたいな感じで、事件を解決しちゃえばいいと思わない?報酬は山分けってことで。」
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だが、ヒョウは首を縦には振らなかった。
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