42 / 82
第六幕 四 「例えば、愛、ですか?」
しおりを挟む
四
「でも、信じてください!僕はそんなことはしません。この世界には、もっと大切なこともあります!お金じゃ手に入らないものだって、たくさんあるんです。」
「例えば、愛、ですか?」
どこか面白がっているような調子で、ヒョウは口を挟んだ。
途端に、力説していた巧の勢いは削がれ、頬を染めて俯いてしまう。
「どうしました?巧サン。」
俯いた巧に、涼しげなヒョウの声が掛けられる。
巧は、何とか顔を上げた。
「あ、あの、凍神さん。相談してもいいですか?」
顔全体に紅潮は広がり、日に当たることの少ない日焼けのない巧の青白い顔が真っ赤に染まっている。
ヒョウは笑みを深くして頷いた。
「ええ、どうぞ。恋の相談ですか?依頼でも事件でもないのでしょう?」
「あっ、はい。探偵さんなのに、すみません。」
頭を下げながらも、何とか落ち着いて巧は相談内容をまとめようとして考えている。
「あっ、あの、実は、好きな人がいるんですけど。少し身分が違うっていうか、あの、父さんには許してもらえそうにないんですよ。彼女のことは、本当に大切で、彼女も僕が吉岡家の跡取りだからとかじゃなくて、僕自身を見てくれているんですよ。それで、どうしたらいいのか分からないんです。父さんは、色々と僕に縁談話を勧めているんですけど、僕は出来れば彼女と、と思っているんですが・・・。」
そこで話を有耶無耶のうちに終わらせると、ヒョウの回答を待つために巧は視線を上げた。
ヒョウは考え込むこともなく、微笑のまま答える。
「分かりません。ただ、貴方の思うままになさったら如何ですか?」
「でも、あの、凍神さん!」
期待していた分の落胆は大きい。予想を大きく下回るヒョウの返事に、巧は思い切って相談した以上引くわけにはいかなかった。
「凍神さんはどうなんですか?あの助手の子との仲を認めない親類とか知人とかはいらっしゃらないんですか?」
勢い込んだ巧。椅子から立ち上がり、身を乗り出している。
しかし、ヒョウは沈黙したまま、返事を返さなかった。
その途端、我に返り、巧はおろおろと慌て始める。
「すっ、すみません。立ち入ったことを聞いてしまって。」
「いえ、構いませんよ。」
やっと返ってきたのは、意外にも微笑だった。
少し安堵して、巧は椅子に腰を落とす。
「あ、あの。」
「しかし、先ずは貴方の誤解を解かなくてはなりませんね。」
「誤解?ですか。」
「はい。」
頷くヒョウ。琉衣の時で慣れたのか、もうとんでもない誤解にも笑ったりはしなかった。
「彼女は私の恋人ではありません。勘違いされる方が多くて困ります。」
「恋人、じゃない?」
「はい。」
しっかりと頷くヒョウだったが、巧は今ひとつ信じきれないようで、首を傾げていた。
ヒョウはそんな巧を微笑で見つめたまま、それ以上の説明もアドバイスもするつもりはないようだった。
首を傾げる巧と、微笑のヒョウが沈黙し、温室内に静寂が訪れる。
紅潮していた巧の顔も、もう平静の色を取り戻していた。
「でも、信じてください!僕はそんなことはしません。この世界には、もっと大切なこともあります!お金じゃ手に入らないものだって、たくさんあるんです。」
「例えば、愛、ですか?」
どこか面白がっているような調子で、ヒョウは口を挟んだ。
途端に、力説していた巧の勢いは削がれ、頬を染めて俯いてしまう。
「どうしました?巧サン。」
俯いた巧に、涼しげなヒョウの声が掛けられる。
巧は、何とか顔を上げた。
「あ、あの、凍神さん。相談してもいいですか?」
顔全体に紅潮は広がり、日に当たることの少ない日焼けのない巧の青白い顔が真っ赤に染まっている。
ヒョウは笑みを深くして頷いた。
「ええ、どうぞ。恋の相談ですか?依頼でも事件でもないのでしょう?」
「あっ、はい。探偵さんなのに、すみません。」
頭を下げながらも、何とか落ち着いて巧は相談内容をまとめようとして考えている。
「あっ、あの、実は、好きな人がいるんですけど。少し身分が違うっていうか、あの、父さんには許してもらえそうにないんですよ。彼女のことは、本当に大切で、彼女も僕が吉岡家の跡取りだからとかじゃなくて、僕自身を見てくれているんですよ。それで、どうしたらいいのか分からないんです。父さんは、色々と僕に縁談話を勧めているんですけど、僕は出来れば彼女と、と思っているんですが・・・。」
そこで話を有耶無耶のうちに終わらせると、ヒョウの回答を待つために巧は視線を上げた。
ヒョウは考え込むこともなく、微笑のまま答える。
「分かりません。ただ、貴方の思うままになさったら如何ですか?」
「でも、あの、凍神さん!」
期待していた分の落胆は大きい。予想を大きく下回るヒョウの返事に、巧は思い切って相談した以上引くわけにはいかなかった。
「凍神さんはどうなんですか?あの助手の子との仲を認めない親類とか知人とかはいらっしゃらないんですか?」
勢い込んだ巧。椅子から立ち上がり、身を乗り出している。
しかし、ヒョウは沈黙したまま、返事を返さなかった。
その途端、我に返り、巧はおろおろと慌て始める。
「すっ、すみません。立ち入ったことを聞いてしまって。」
「いえ、構いませんよ。」
やっと返ってきたのは、意外にも微笑だった。
少し安堵して、巧は椅子に腰を落とす。
「あ、あの。」
「しかし、先ずは貴方の誤解を解かなくてはなりませんね。」
「誤解?ですか。」
「はい。」
頷くヒョウ。琉衣の時で慣れたのか、もうとんでもない誤解にも笑ったりはしなかった。
「彼女は私の恋人ではありません。勘違いされる方が多くて困ります。」
「恋人、じゃない?」
「はい。」
しっかりと頷くヒョウだったが、巧は今ひとつ信じきれないようで、首を傾げていた。
ヒョウはそんな巧を微笑で見つめたまま、それ以上の説明もアドバイスもするつもりはないようだった。
首を傾げる巧と、微笑のヒョウが沈黙し、温室内に静寂が訪れる。
紅潮していた巧の顔も、もう平静の色を取り戻していた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました
深水えいな
キャラ文芸
明琳は国を統べる最高位の巫女、炎巫の候補となりながらも謂れのない罪で処刑されてしまう。死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――今度の人生は、いつもと違う!?
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる