【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子(@電子コミック配信中)

文字の大きさ
43 / 82

第六幕 五 「何か記念日でもおありですか?」

しおりを挟む
     五

「私の方も少しよろしいですか?」
 静寂を破って、ヒョウが口を開く。
 落ち着きを取り戻して、いつもの温厚な表情に戻った巧は頷いた。
「こちらのメイド頭の笠原イツ子サンという方に伺ったのですが、」
 イツ子の名前が出たところで、さっと巧の顔が曇る。イツ子は、きっと、この楽園とは異質のものなのだろう。
「貴方はこの温室にこもられたまま、あまり外に出られないようですね?何か原因がおありなのですか?」
 巧とは違い、回りくどい言葉など用いることなく、ストレートな質問をぶつけるヒョウ。
 巧は俯くと、首を横に振った。
「彼女の話では、貴方はこの時期になると特に温室から出てこなくなるということですが、何か記念日でもおありですか?」
 巧は、首が千切れそうなほど、力いっぱい首を横に振った。
「それは、こちらに紅い色のバラがないのと何か関係がおありなのですか?」
 紅い色という言葉を耳にした途端、巧は過剰反応するようにビクンッと身体を震わせた。
 そこで、ヒョウは追究の手を緩めた。
「すみません。色々と行き過ぎたことをお聞きしました。ですが、どうか、イツ子サンのことを悪く思わないで下さい。彼女は貴方を心配していただけなのですから。」
 イツ子へのフォローを終えると、ヒョウは椅子から立ち上がる。
 そして、懐から一枚の紙を取り出すと、巧の前に差し出した。
「何かお悩みでしたら、私の知り合いのカウンセラーを紹介しますよ。腕は確かな男ですし、報酬さえ払えば無理もききます。秘密は厳守しますし、往診にも応じます。」
 巧は縋るような目で顔を上げた。
「凍神さん。僕は別に病気じゃありません。」
「ええ、分かっています。」
 ヒョウは微笑のまま頷く。
「しかし、心にストレスを溜め込むのは良くないことです。欧米では、カウンセラーに通うのは日常的なことなのですよ。一つのストレス発散だと思って下さい。ただの相談でもいいのです。」
 そこでようやく巧は差し出された紙に手を伸ばした。
 ヒョウが差し出したのは、黒地に白い文字の入ったヒョウ自身の名刺だった。
「気が向かれた時に、ご連絡下さい。いつでもカウンセラーを紹介しますよ。」
 微笑を残して去っていくヒョウ。
 その背中を、いつまでも巧は楽園の中から見送っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
明琳は国を統べる最高位の巫女、炎巫の候補となりながらも謂れのない罪で処刑されてしまう。死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――今度の人生は、いつもと違う!?

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

処理中です...