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第六幕 八 「貴方は唯一無二の美しいモノなのですよ」
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八
「先生はキレイ好きだから、ダメなの。先生の物に触っちゃダメなの!」
リンには珍しいくらい感情的な声音。
杏子も思わずたじろぐ。
「分かったわ。怪我の治療は貴方の先生にしてもらって。」
妥協案を提示したことで、やっとリンは警戒を緩めた。
リンの様子に安堵して、杏子はため息をつく。
「じゃあ、早く先生見つけなくちゃ。歩ける?」
リンの鈴は肯定を鳴らす。
「温室はすぐそこだから、もう少し頑張って。足が痛かったら、無理しないで、すぐに言ってね。」
リンの鈴は、また肯定だ。
二人は再度歩き始める。
庭を臨む廊下を進み、すぐにガラス張りの温室が視界に入る。
温室が近づいてきたところで、杏子は振り返るとリンに言い聞かせた。
「私が温室の中の巧様に聞いてくるから、貴方は温室の外にいてね。今の貴方を温室には連れてはいけないの。」
リンが頷き、鈴の音は肯定を響かせる。
しかし、温室の扉が見えたところで、リンは突然走り出した。
いつの間にか杏子を追い抜き、痛む足も気にせずに走っていくリン。
「あっ、ちょっと、リンちゃん!ダメよ!」
慌てて追いかける杏子。
だが、リンは温室に入る前に目的地に到着していた。
「先生!」
温室から出てきたヒョウの胸に飛び込むリン。
ヒョウはよろけることなく、飛び込んできたリンをしっかりと抱きとめた。
二人が再会を果たしたところで、ようやく杏子が二人の元に到着する。
「リン。」
初めは微笑でリンの髪を撫でていたヒョウだったが、リンの様子がおかしいのを敏感に察知して、リンの瞳を覗きこんだ。
「どうしました?何かありましたか?」
リンの瞳には涙が溢れ、顔には幾すじもの涙の後がついている。
「迷子。」
小さく呟くリン。ヒョウに会い、安堵したことで涙を思い出したようだ。
「すみませんでした。私が迎えに行けばよかったんですね。貴方のことを不安にさせてしまったようです。」
黒い手袋の手で、リンの瞳を拭ってやるヒョウ。
リンは、首を横に振り続けていたので鈴の音は響き続けていた。
「いいの。先生、いたから。」
「リン!」
リンの言葉の最中、ヒョウが大きな声を上げた。
それは冷然としているヒョウにはありえないような驚愕の叫びだった。
「どうしたんですか?これは!」
血相を変えて、リンの膝とリンの顔を交互に見遣るヒョウ。
リンは申し訳なさそうに俯いた。
「ごめんなさい、転んだ。」
ヒョウはリンを抱きしめると囁くようにリンに言い聞かせる。
「貴方は唯一無二の美しいモノなのですよ。」
「ごめんなさい。」
謝罪の言葉を口にしながら、リンの瞳からは涙が溢れて止まらない。
ヒョウは泣き続けるリンを抱き上げた。
「痛かったでしょう?全ては私のせいですね。これからは、もう少し気をつけます。」
ヒョウのスーツに顔を埋め、リンは小さく嗚咽を漏らしていた。
足早に通り過ぎようとする二人に、杏子は慌てて声を掛ける。
「あっ、あの。」
ヒョウは、そこでやっと杏子の存在に気がついていた。
「おや?杏子さん、いつからここに?」
ヒョウの胸の中のリンが、小さい声で説明する。
「迷子、助けてくれた。杏子、優しいの。」
「そうだったんですか。リンがお世話を掛けたようですね。すみません。このお礼は後で致します。今は急ぎますので、失礼します。」
微笑を浮かべて早口に応対すると、すぐに歩き出すヒョウ。
「あっ、あの、救急箱、お部屋にお持ちしますね!」
何とか黒いスーツの背中に杏子が要件だけ告げ終えた頃には、黒い背中は見えなくなっていた。
大切にされているリンの姿を笑顔で見つめていた杏子は、仕事に戻る前に寄り道をしようと、温室へと向けて歩き出した。
太陽が少しずつ傾き始める昼下がり。
もうすぐ、二日目の探偵の会合が始まる。
「先生はキレイ好きだから、ダメなの。先生の物に触っちゃダメなの!」
リンには珍しいくらい感情的な声音。
杏子も思わずたじろぐ。
「分かったわ。怪我の治療は貴方の先生にしてもらって。」
妥協案を提示したことで、やっとリンは警戒を緩めた。
リンの様子に安堵して、杏子はため息をつく。
「じゃあ、早く先生見つけなくちゃ。歩ける?」
リンの鈴は肯定を鳴らす。
「温室はすぐそこだから、もう少し頑張って。足が痛かったら、無理しないで、すぐに言ってね。」
リンの鈴は、また肯定だ。
二人は再度歩き始める。
庭を臨む廊下を進み、すぐにガラス張りの温室が視界に入る。
温室が近づいてきたところで、杏子は振り返るとリンに言い聞かせた。
「私が温室の中の巧様に聞いてくるから、貴方は温室の外にいてね。今の貴方を温室には連れてはいけないの。」
リンが頷き、鈴の音は肯定を響かせる。
しかし、温室の扉が見えたところで、リンは突然走り出した。
いつの間にか杏子を追い抜き、痛む足も気にせずに走っていくリン。
「あっ、ちょっと、リンちゃん!ダメよ!」
慌てて追いかける杏子。
だが、リンは温室に入る前に目的地に到着していた。
「先生!」
温室から出てきたヒョウの胸に飛び込むリン。
ヒョウはよろけることなく、飛び込んできたリンをしっかりと抱きとめた。
二人が再会を果たしたところで、ようやく杏子が二人の元に到着する。
「リン。」
初めは微笑でリンの髪を撫でていたヒョウだったが、リンの様子がおかしいのを敏感に察知して、リンの瞳を覗きこんだ。
「どうしました?何かありましたか?」
リンの瞳には涙が溢れ、顔には幾すじもの涙の後がついている。
「迷子。」
小さく呟くリン。ヒョウに会い、安堵したことで涙を思い出したようだ。
「すみませんでした。私が迎えに行けばよかったんですね。貴方のことを不安にさせてしまったようです。」
黒い手袋の手で、リンの瞳を拭ってやるヒョウ。
リンは、首を横に振り続けていたので鈴の音は響き続けていた。
「いいの。先生、いたから。」
「リン!」
リンの言葉の最中、ヒョウが大きな声を上げた。
それは冷然としているヒョウにはありえないような驚愕の叫びだった。
「どうしたんですか?これは!」
血相を変えて、リンの膝とリンの顔を交互に見遣るヒョウ。
リンは申し訳なさそうに俯いた。
「ごめんなさい、転んだ。」
ヒョウはリンを抱きしめると囁くようにリンに言い聞かせる。
「貴方は唯一無二の美しいモノなのですよ。」
「ごめんなさい。」
謝罪の言葉を口にしながら、リンの瞳からは涙が溢れて止まらない。
ヒョウは泣き続けるリンを抱き上げた。
「痛かったでしょう?全ては私のせいですね。これからは、もう少し気をつけます。」
ヒョウのスーツに顔を埋め、リンは小さく嗚咽を漏らしていた。
足早に通り過ぎようとする二人に、杏子は慌てて声を掛ける。
「あっ、あの。」
ヒョウは、そこでやっと杏子の存在に気がついていた。
「おや?杏子さん、いつからここに?」
ヒョウの胸の中のリンが、小さい声で説明する。
「迷子、助けてくれた。杏子、優しいの。」
「そうだったんですか。リンがお世話を掛けたようですね。すみません。このお礼は後で致します。今は急ぎますので、失礼します。」
微笑を浮かべて早口に応対すると、すぐに歩き出すヒョウ。
「あっ、あの、救急箱、お部屋にお持ちしますね!」
何とか黒いスーツの背中に杏子が要件だけ告げ終えた頃には、黒い背中は見えなくなっていた。
大切にされているリンの姿を笑顔で見つめていた杏子は、仕事に戻る前に寄り道をしようと、温室へと向けて歩き出した。
太陽が少しずつ傾き始める昼下がり。
もうすぐ、二日目の探偵の会合が始まる。
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