【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子(@電子コミック配信中)

文字の大きさ
59 / 82

第八幕 二 「全てはお前のせいだ!凍神ヒョウ!」

しおりを挟む
     二

「それにしても困りましたね。こうなってしまっては、依頼の件はどうなってしまうのでしょうか?」
 誰に的を絞ったわけでもなく、ヒョウは室内へと尋ねた。
 だが、会話の相手として、誰一人名乗りを上げない。誰もが現実に精一杯で、他人の質問に答えてやる余裕など持ち合わせてはいなかった。
 コミュニケーションの成立していない室内。それぞれが切り取られた空間内に存在しているようで、視線すら交差していない。
 そんな広間に、ようやく他人と会話をする気のある人間がやってくる。
 まず、最初に入ってきたのは、不機嫌そうに顔をしかめた警部だった。
「くそっ。」
 世界中全てに向けて文句を言いたそうな顔で、室内を見回し全ての人間を睨みつける。
「何でこんなことになるんだ!」
 怒りのままに吐き捨てる警部。刺々しい視線の先には、目標と定めた一人の男の姿がある。
「全てはお前のせいだ!凍神ヒョウ!」
 敵意を剥き出しにして、ヒョウを断罪するように指差す警部。
 しかし、ヒョウは軽く肩を竦めて見せるだけだった。
「買い被り過ぎですよ、警部殿。」
「お前さえいなければ、こんなことにはならなかったんだ!」
 喚き散らすように当り散らし、血走った目でヒョウを睨む。警部の怒りも憎悪も、全てはヒョウに向けられていた。
 向けられている方のヒョウは、痛くも痒くもなさそうだ。
 険悪なムード漂う室内に、次の来訪者が現れる。
 現れたのは二人。平素の様子と変わらず機械的な冷静さの秘書・水島と、顔面を蒼白にして立っているのもままならない杏子だった。
 やってきた二人に、警部は椅子を勧める。
「これで全員揃ったというわけだな。」
 大儀そうに咳払いをして、警部は場を仕切り始める。
 それぞれ思い思いの行動をして時間を過ごしていた面々も、警部の顔に視線を集めた。
「えー、今回の件に関して、発見者である貴方たちには話を聞かせてもらいたい。まず、第一発見者は?」
 警部は室内をわざとゆっくりと見回して、一人の人物に的を絞った。
 警部の視線が確定したのは、室内で一番衝撃を受けている様子の杏子であった。
「私、です。」
 消え入りそうなほどか細い声で、杏子は答える。辛うじて正気を保ってはいるが、隙間風が吹いただけで失神してしまいそうなほど、杏子は危く見えた。ソファに座ってはいても、そこに存在しているのか分からないほど、影が頼りない。
 杏子の様子に不憫さを感じながらも、警部は職務を遂行し始める。
「どういう状況で巧さんを発見されたのか、聞かせていただけますか?」
 杏子は虚ろな視線で室内のどこか一点を見つめたまま、弱々しく頷いた。
「今朝、朝食の時間になっても、巧様がいらっしゃらないので、私が呼びにいったんです。そうしたら、温室に中から鍵が掛かって、返事がなくて、巧様が・・・・。」
 両手で顔を覆って泣き崩れる杏子。そこから先は嗚咽が漏れるだけで言葉にならない。警部の質問は、張り詰めていた杏子の心の糸を断ち切ってしまったようだ。
 杏子への質問を諦め、警部はもっと話の出来そうな人間を室内に探す。そこで、すぐに期待に応えられそうな人間を視界に捉えた。
「秘書の水島さんでしたね?貴方はどうですか?」
「はい。私は、彼女が青ざめた顔で私の元に報告に来たので、鍵を持って温室の方に確認に行き、旦那様に報告の後、警察に通報しました。温室の方に確認に行く際、そちらの探偵の方々と一緒になりました。それから先は、警察の方々が到着されるまで、いくらか仕事を片付けていました。」
 感情一つ乱すことなく、表情一つ変えることなく、機械的な声音で淡々と事実を告げる水島。何事にも動じない冷然とした態度は、有事にも変わらずに発揮されていた。
 警部は頷き、納得する。水島のあまりの冷静さにも、人柄を知っているためか訝しんでいる様子はない。
「では、霧崎君。君はどうだね?」
 名コンビの片割れである名探偵・霧崎に、今度は質問の矛先を変える。
 霧崎はソファに座ったまま、警部の顔を真っ直ぐに見上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
明琳は国を統べる最高位の巫女、炎巫の候補となりながらも謂れのない罪で処刑されてしまう。死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――今度の人生は、いつもと違う!?

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

処理中です...