刺青将軍

せんのあすむ

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五 華一掬 2

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 韓琦も、一度は戦いに出た身である。従って、実戦における用兵の難しさを嫌というほど思い知っている。だから、今回の狄青の勝利も、

(彼なりの綿密な計算に導き出されたゆえの結果である)

 と見ることができる。

 しかし、実戦を経たことも無く、戦いの有様を実際に見ていない人々が、つまり都にいる人間には、当たり前だが、それらの模様がどんなものであったのか分からないし、ましてや勝利に至るまでの将師らの苦労を思いもしない。そんな人々には、狄青がいとも簡単に反乱を収めてしまったように見えたに違いない。

(彼が突かれるとしたら、まずはここからだろう)

 もしもこの辞令を受けて……命令であるから受けずにはおられないのだが……狄青が枢密使になってしまえば、兵士が上官である文官の命令を聞かないのは、その頂点にいる狄青の責任である。などと、難癖に等しい糾弾がまず、彼を襲うに違いない。

 それに狄青が韓琦と同位になってしまえば、韓琦自身にとっても、その意見を無視することは出来なくなる。なんとなれば、同位である韓琦以外の……その上ともなればそれこそ仁宗くらいでなければ……誰も文句を言えぬだけの功を、彼は立てたからだ。韓琦が、狄青を批判する側にあえてつかねばならなくなることもあるだろう。

 もちろん、狄青自身は、あくまで謙虚で慎ましい人間である。身の程をわきまえぬ野望も持っていなければ他人の言葉に耳を傾ける度量も持ち合わせ、特に彼が恩を感じている人間の意見には素直に従おうともするだろう。そういう人物であることを韓琦もよく知っている。しかし、こと政治という面で見れば、文官側の頂点に立つ自分と、軍人側の頂点に立つ彼とは、ある意味では既に政敵とも言える立場でもある。

(悪くすれば、狄青の功に便乗して軍人が今以上にのさばるかもしれない。それを今、分かっている人間がどれだけいるか)

 彼の凱旋を待っている間も、韓琦の周囲では興奮に満ちた百官の囁きが止まらない。その中央で一人、妙に冷ややかな面持ちで、

(彼はいずれ、彼を持ち上げようとする者たちにこそ足をすくわれ、破滅するだろう)

 韓琦はそう考えていた。

 自分が直接何も言わなくとも、既に密かに醸し出されている彼への妬みが、枢密使に任じられたことで、より明瞭な形で表面上に出て爆発するだろう。しかも、その絶好の好機とも言うべきものを狄青を讃えている者たち自身が作り出すに違いない。わざわざ韓琦自身が手を回さなくとも、彼を葬り去る結果になるのだ。

(それも、恐らくは長く待つ必要はない。そうなれば、私は改めて自分の手で民のためになる政治を行うことが出来る。軍隊が強くなったところで、平時は決して民のためにはならないのだから)

 結論付けて、韓琦はいつの間にか伏せていた瞼を上げ、視線を正面へ据え直した。

 
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