靴職人と王女と野良ウサギ ~ご主人様が絶望しているからボクは最高に幸せだよ~

マルシラガ

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Alone(ひとりぽっち)

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「おばあちゃん。……ゴメンね」

 ボクはおばあちゃんのお墓に謝った。

 石を三つ積み上げただけの小さなお墓。
 横には黄色の玉が嵌っている杖が飾ってあって、その持ち主だったおばあちゃんがこの下で眠っている。

「ラヴィ、アンタは人里に下りちゃいけない。アンタは半分ウサギなんだから人里に行かなくても森の中のものだけで充分に生きてゆける。いいね? 約束しておくれ」

 雨が降りやまなくて肌寒かったあの秋の夜。おばあちゃんは最期の息でボクに言った。

 ボクは「うん」と返事した。

 でも、おばあちゃん……ゴメンなさい。
 ボクこれから人里に行くよ。

 だって、胸が痛いんだ。きゅんきゅん痛いんだ。
 すごくお腹がいてて胃が痛くなるときみたいに、胸がいてて痛いんだ。

 お腹がいているときの感覚を《空腹感くうふくかん》……って言うんだっけ?
 今は胸がいてる感じだから、これって《空胸感くうむねかん》って言うのかな?
 難しい言葉はよくわかんないけど、

 胸の中がからっぽで、
 胸を何かで満たしたくて、
 でも、満たすことができなくて、
 ずっと満たせなくって、
 とてもとても痛いんだ。

 昔、森の中にいるのがボクだけになった夢を見たことがあったけど、ボクはそれがとても怖かった。

 ベソをかきながらおばあちゃんにその話をしたら、おばあちゃんはボクを抱っこして頭をなでなでしてくれた。
 おばあちゃんがボクの頭をなでなですると、ボクの胸は温かい何かでいっぱいになって、空胸感のきゅんきゅんな痛みはすぐに消えた。

 それからボクは胸が痛くなるたびに、おばあちゃんになでなでしてもらってた。

 だけど今のボクはひとりぽっち。本当にひとりぽっち。

 ここは人里から遠く離れた森の中。
 どんなに胸がきゅんきゅん痛んでも、誰もボクをなでなでしてくれない。

 自分で自分の頭をなでなでしてみたけど、もっと胸が痛くなるだけだった。

 それでもボク、我慢したんだ。
 まだおばあちゃんの匂いが残っている毛布を被って眠ると
 少しだけ、ちょっとだけ、痛みが小さくなるから。

 秋……冬……春……夏、そしてまた秋。ボク、ずっと我慢してた。
 胸が空すいているのを、きゅんきゅん痛いのを、ずっとずっと我慢してた。

 でも、もうダメ。

 おばあちゃんのいなくなった二度目の秋はとても寒くて、静か過ぎて……。

 真っ黒な空に浮かんだ大きな月をひとりでじっと見上げているときとか、
 キーンって耳鳴りがするくらいに静かな夜とか、
 なんとなく独り言を呟いた後とか……、

 すごく、すごく、痛くなるんだよ。
 痛くて、痛くて、痛くて、
 おばあちゃんの毛布を体に巻き付けてみたけれど、
 もうおばあちゃんの匂いがしなくなってて、胸の痛みは全然小さくならなかった。

 気がつくといつの間にかボクは泣いてる。
 知らないうちに目から涙が溢れてる。

 おかしいよ。今までこんなに苦しかったことなんてないよ。

 きっと、ボクは病気なんだ。
 早く誰かになでなでしてもらわないと……ボク、きっと死んじゃうんだ。
 胸が空きすぎて死んじゃうんだ。

 だからおばあちゃん。約束破ってゴメンなさい。
 ボク、これから人里に行くよ。

 誰かに優しくしてもらうために。
 誰かになでなでしてもらうために。
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