靴職人と王女と野良ウサギ ~ご主人様が絶望しているからボクは最高に幸せだよ~

マルシラガ

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「そんな趣味のためだけにウサギのアニオンを飼いたいと望む者がそれほど多くいるのか」

「もちろんですとも。なにしろアニオンは人間よりも丈夫ですので、壊れてしまうくらい無茶なことでも気兼ねなくできます。それでたとえ壊れてしまってもウサギは他の種類の奴隷よりも安価ですから、また買えばいいだけのことです。だから需要は常にあるんですよ」

「消費が激しいから、需要も絶えないってことか」

 ラチアの声がひどく冷たいモノになっていたが、商売のことを語り始めて熱くなってきた商人はラチアの声の変化に気付いてなかった。

「えぇ。儲けは少ないですが、奴隷市場でウサギは安定して売れますので、在庫に抱えていても損はありません。そういった意味でウサギはとても有り難い種類のアニオンなのです。だからこそ、私どもはできるだけ多くのウサギを欲しています」

「なるほど。オマエの本当の目的は先日ウチに迷い込んできた単体のウサギではなくて、集落の位置情報か。王都の商人がウサギ一匹のためにわざわざここまで足を運ぶのはおかしいと思っていたが、そういうことなら納得できる」

 商人がにやりと笑みを強くした。

「ご理解頂けたようで。……で、集落の情報に対する報酬は、販売金額の5%でどうでしょう? 先払いの方がよろしいのでしたら、この場でお支払いさせて頂きます。その場合は二百フルークスで。どちらを選んで頂いてもかまいません」

「話は終わったか? では帰れ」

「……は?」

 商人の顔から先ほどまでの笑みが突然消えて、明らかな狼狽を見せた。

「聞こえなかったか? 帰れと言ったんだ」

「わ、わたくし、何かご気分を害するようなことでも言いましたでしょうか?」

「別に怒ってはいない。提示された条件も悪くなかった」

「はぁ……では、どうして?」

「理由は二つある」

 ラチアは商人の前に二本指を立てた。

「一つめ。『初対面でありながら、過度の笑顔で近づいてくる奴は悪人だ』。この言葉を当て嵌めるのなら、オマエは間違いなく悪人。そんな奴を俺が信用するとでも?」

「はて、初めて耳にする格言ですね。誰の言葉でしょう?」

「俺だ。さっき思いついた」

「……」

「二つめ。そもそも、そのような集落などないから売れる情報もない。ただそれだけの事だ。俺に売れるものがあるとしたら、この靴くらいだな。どうだ、一足二十Fにまけておくぞ?」

「いやいやいや、靴はいりませんってば。でも、そうなのですか?」

「あのアニオンは野生じゃない。元々人に飼われていたヤツだ。息をひきとる前に少しだけ話をしたが、ここよりずっと山奥で隠棲していた魔法使いのバアさんと暮らしていたらしい」

「まさか……そんな……」

「残念だったなアテが外れて。ちなみにそのバアさんはとっくに他界してて、飼い主のいなくなったヤツがフラフラと山から下りてきたんだよ。それが今回のアニオン騒動の全貌ぜんぼうだ」

「なぜ魔法使いが隠棲など……魔力があるなら王都でそれなりに豊かな暮らしができるのに」

「さぁな。そのバアさんが何を考えて人間の生活圏の外にまで引っ込んだか俺は知らないし、興味もない。ただ、生まれて間も無いウサギのアニオンを連れて行ったことだけは確かだ。人の住む場所に戻る気はなかったから奴隷登記もしないで連れて行ったんだろうな」

 商人はラチアの話を聞いているうちに段々と落胆の色を濃くして最後には、大きく息を吐いて首を横に振った。

「やれやれ、どうやら本当に無駄足だったみたいですな。すみません、お手間をとらせまして」

 禿頭に帽子を乗せて帰ろうとしていた商人に、ラチアは何気ない様子で訊いた。

「まんまと金物屋のアルバスに担がれたな。アイツからいくらでこの情報を買った?」

 ぴたりと商人の動きが止まった。

「……なんのことですかな?」

「とぼけなくていい、アルバスは四日前に俺の家にやって来た。アイツは俺があのときのアニオンをまだ手元に置いていると思っていたらしくて『最初にあのウサギを見つけたのは俺だ! あれは俺のモノだ!』って主張して、挙げ句『無登記でアニオンを飼っているのは重罪だ! バラされたくなければ俺にあのウサギを渡せ!』って俺を脅しやがった。もうここにはいないと言ったんだが『嘘だ!』って決めつけて、勝手に家捜しまで始めてな。ま、俺は紳士だから奴の気が済むまで調べさせてやったよ。その後でちょっとだけ説教してやったが」

 情報提供者が誰なのか隠すまでもなく、とっくにラチアにはバレていたと知った商人は大仰な素振りで肩をすくめた。

「なるほど。それでアルバスさんはあんな大怪我をしていたんですね」

「説教の途中でたまたま俺の拳がアイツの腹や顔にめり込んだだけだ。他意はない」

 ラチアが口の端を吊り上げてニヒルな笑いを浮かべると、商人も同じように笑った。

「ふっはっは。では、私はそんな説教をされないうちに退散するとしますか」

「次は無駄足にならないよう俺の靴でも買っていったらどうだ? 靴の先に開運を祈願したメダリオンが彫り込まれている。これを履いていれば俺のように野生のアニオンがふらっと家に転がり込んでくるかもしれないぞ?」

「あ、いえ。本当にけっこうですから」

 商人は苦笑いをしながら、逃げるように帰った。

「……やれやれ、本当に無駄な時間を過ごしてしまった」

 ラチアは商人を見送ってから、気怠そうに首を回しながら作業小屋に戻ってきた。

「聞いていたか?」

 樽の後ろから出てきたラヴィが怖々と頷いた。

「ボク、売られちゃいそうだったんだね?」

「そういうことだ」

 ラチアは溜息混じりにそう言うと、切り株のように高さの低い椅子に腰を下ろして仕事を再開した。
 背中を向けて淡々と仕事をするラチアへ、ラヴィは遠慮がちに話しかけた。

「あの……ラチアはボクが売られちゃうから、ここに来るなって言ったの?」

「そうだ。理解したならさっさと山に帰れ」

「ボク、売られたら奴隷にされちゃうんだよね?」

「ああ」

「ボク、奴隷になったらどんなことをされちゃうのかな? さっき《壊れてしまうくらい無茶なこと》って商人のおじさんが言ってたけど、それってどんなこと?」

「うっ!?」

 説明を求められたラチアは言葉に詰まり、作業の手を止めて呻いた。

《壊れてしまうくらい無茶なこと》

 それをラヴィにもきちんと理解できるようにきっちり詳しく説明するのは……いろんな意味で難しい。

『それを……この俺が説明しなきゃならないのか!?』

 嫌な汗が頬を伝う。

「ねーねー。ボク、何されちゃうのかな?」

「と、とにかく! ひどいことをされるんだ! それ以上は訊くな!」

 上目遣いの無垢な瞳で訊いてくるラヴィに、ラチアは勢いで誤魔化した。

「ふぅん……じゃ、これからここに来る時は見つからないように気をつけるよ」

「そうじゃない。もう山から下りてくるなって言ってるんだ!」

「?」

 ラヴィが不思議そうに頭を傾けている。肝心な理由を勢いで誤魔化したせいで奴隷にされることのむごさがきちんと伝わらなかったらしい。

『くそっ、詳しい説明無しで納得させる方法はないのか!?』

 ラチアが頭を抱えて悩んでいると、ラヴィはその背をポフポフ叩いて振り向かせた。

「でもね、あのね、ボクがここに来た理由は他にもあるんだよ」

「なんだ。それならさっさと言って、とっとと帰れ。そして二度と山を下りてくるな」

 ラチアは意識して不機嫌そうな顔を作ってラヴィを睨んだが、ラチアの性格をなんとなく理解しはじめてきたラヴィには作り物の怖い顔なんて効かなくて、にへっと笑顔を返された。

「ボクね、胸が痛いんだ」

「胸が痛い?」

「うん。山に帰ると胸が痛くなった」

 気の抜けるような緩い笑顔で「胸が痛い」と言うので、ラチアは数拍の間「ん?」と眉を寄せて言葉の意味を把握できずにいたが、やがて言葉を理解したラチアは驚きで顔を歪めた。

「バ、バカっ! なぜそれを早く言わない!?」

 ラチアは叫ぶように言うと、血相を変えてラヴィを抱き上げて母屋の方へと走った。

「え? ちょ、ラチア!?」

 慌ただしく家の中に入ると、以前使っていた木箱のベッドにラヴィを寝かしてから暖炉の火をおこし、そこに鍋をかけて大量の水をぶっ込んだ。

 寝室の収納棚を開けて右手に包帯、左手に治療セットを持って、膝蹴りで棚を閉め、すっ飛ぶようにラヴィの傍に戻ってきたラチアは「じっとしてろ」と声を掛けてラヴィの額に手をあてて熱を測った。

「……熱はないな。体内に雑菌が入っているのではないようだ。そもそも最初の診察では胸に外傷はなかったはず。……ということは打撲か? 肋骨にヒビでも入っていたか? まぁいい、とりあえず患部を見せろ。ほら、両腕を上げて」

 ラヴィの胸に手を伸ばすと、ラヴィはその手から逃げるようにくるりと背を向けた。

「おい、ふざけてないでこっち向け。それじゃ診察できないだろうが」

 作り物ではないマジメなイラッとした顔。

「な、なんだかちょっと……恥ずかしいよ」

 肩越しに振り返ったラヴィは顔を赤らめながら躊躇いがちにそう言った。

 ラヴィは手足にヌイグルミのパーツを、体には水着を着ているような格好をしているけれど、それはそう見えるふうに体毛が生えているだけで、実際は他の野生動物と同じで何も着ていない。

「はぁ? いまさら何を言ってるんだ。子供のくせに年頃の女の子みたいに恥ずかしがるな」

「えっと、その……。痛いのは怪我とかじゃなくてね、なんかこう……胸がいてる感じなんだ」

 前は平気だったのに、今頃になって体をまじまじと見られるのが恥ずかしく思えてきたラヴィは、ラチアの目を避けるために自分で痛みの症状を説明した。

「胸が……く?」

 初めて聞く奇妙な言い回しに、ラチアは頭の上で『?』を浮かべた。

「なんていうか、お腹が空いたときみたいに胸の中が空っぽな感じで、きゅんって痛くて……」

「胸がきゅん? もしかして呼吸器系か? ううむ、困ったな。俺は本職の医者じゃないから外傷や打撲以外はお手上げだぞ。どんな治療をしていいのかなんてさっぱりだ。……とりあえず咳止め効果のある薬湯でも飲ませて、それから街の医者に診せるか? ……しかし、未登記のアニオンを本職の医者が診てくれるだろうか? ううむ……」

 ラチアが顎の先に指を置いてぶつぶつと独り言を漏らしながら悩み始めたので、ラヴィは遠慮がちにラチアの横腹をつんつんとつついて顔を上げさせた。

「治す方法なら、ボク知ってるよ」

「知ってる?」

「いつもこの方法でおばあちゃんが治してくれてたから。だから方法は分かってるんだ」

「あぁ、例の魔法使いのばあさんか。魔法使いなのに医術の心得があったのか? 扱う魔術は雷系だったんだろ? 魔法医療師ヒーラーだとは聞いてないが」

「そこまでは知らないよ」

「まぁいい。その方法とはどんなだ?」

「えっとね、ボクの頭をね」

「頭を?」

「なでなでして」

「………………は?」

 ラチアはこれ以上ないくらいのきょとん顔をして、また『?』を頭上に浮かべた。

「本当にこれで治るのか?」

 ラチアはラヴィの頭をなでなでしながら、疑わしそうな目をした。

「うん、いい感じだよ」

 なでなでされているのが嬉しいらしくて、ラヴィは耳をぴこぴこ揺らしている。

「こんな治療方なんて聞いたことないんだがな……。そもそも患部は胸なのに、どうして頭を撫でるんだ?」

「わかんないよ。でも、おばあちゃんはいつもこうしてくれてた。痛かった胸がすぅって軽くなるんだ」

「ふむ、一応効果はあるってことか。病名はなんて言うんだろうな」

「知らない。そんなことよりラチア、喋ってるから手が止まってるよ」

「あぁ、すまん。こうか?」

「違う、もっと優しく。それじゃ押さえつけてるだけだよ」

「こうか?」

「そうそう、いい感じ。これをね、ボクが『もういいよ』って言うまで続けるんだよ」

「本当に変わった治療方法だな……」

 なでなで、なでなで、なでなで。

「なんで俺がこんなことしてなきゃいけないんだ? って疑問が、さっきから頭の中を駆け巡っているのだが……」

「ラチアはお医者さんなんだから、治療するのは普通だよ」

「俺は医者じゃなくて、靴職人だと何度言ったら……」

 憮然とした表情で文句を言いつつも、手では優しくなでなでを続けた。

 ラヴィは調子に乗っていつまでも『もういいよ』とは言わず、結局ラヴィが健やかな寝息を立て始めるまでラチアはなでなでさせられた。
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