靴職人と王女と野良ウサギ ~ご主人様が絶望しているからボクは最高に幸せだよ~

マルシラガ

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I think you(何してるの?) 4

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「ごめんください」

 母屋の方から人の声がしがして、ラチアとラヴィはびくりと顔を強ばらせた。

「ちっ、何もこんな時に……」

 舌打ちをしたラチアは真剣な顔で「ラヴィ、話は後だ。だからちょっとここで待ってろ。絶対にここから出るなよ。物音を立てるのも禁止だ」と言い含めた。

「う、うん」

 ラヴィはまだラチア以外の人間が怖かったので素直に頷いた。
 ラヴィがここで寝起きしてた頃、里の人間が怪我の治療を頼みにラチアの家に来た時も同じ対応をしていたので多少の慣れがあり、隠れるのにそんなに時間はかからなかった。

 ラチアはラヴィが樽の陰に隠れたのを見届けてから作業小屋を出て、母屋の前にいる人物に声をかけた。

「おい、何の用だ?」

 扉の前にいた四十代くらいの男はラチアの声に振り返った。
 ふっくらとした頬と鼻の下にチョビ髭を生やした男がラチアの顔を見て微笑みながらお辞儀する。

「やぁ、どうも、どうも、初めまして。わたくしは――」

「初めて見る顔だな。里の人間じゃないな? どうした、どこか怪我でもしたのか」

 男が自己紹介をし始めるのを遮って、ラチアは訊いた。

「いえいえ、私は至って健康そのものです」

「じゃぁなんだ。……はっ! ま、まさか。俺が作った靴を買いに来たのか!?」

 本気で驚いているラチア。本業が靴職人だと言っている人とは思えない反応だった。

「いえ、靴の方も間に合っております」

「……ちっ。なら用件をさっさと言え。そして帰れ。俺は忙しいんだ」

 靴を買いに来た客じゃないとわかると、ラチアはさっきよりもさらに不機嫌そうな顔になった。
 あからさまに『帰れ!』なラチアの態度に訪問者は少したじろいでいるようだったが、気を取り直して自己紹介を再開した。

「申し遅れました。私は王都にて商いをしておりますエバンス商会のハンスと申します」

 見るからに上等なものだとわかる羽根付きの帽子をツルリと禿げ上がった頭からとって、深々とお辞儀をする。

「商用でこの下の里に寄りましたところ、最近ウサギのアニオンを捕獲したお医者様がいらっしゃると耳にしまして――」

「俺は医者じゃない、靴職人だ。里の奴らは勘違いしてるようだが、本業はこっちだ」

 ラチアは油染みで汚れた前掛けの裾を指でつまんでみせた。

「おぉ、これは失礼。訂正しましょう。アニオンを捕獲した靴職人がいらっしゃると耳にしまして、よろしければそのアニオンを買い取らせていただきたいと思い、不躾ながら突然勝手にお伺いさせてもらいました」

『ボクを買いに?』

 作業小屋の中で聞き耳を立てていたラヴィは商人の言葉を聞いてぞっとした。
 そういえばラヴィを襲った人間たちはラヴィを捕まえて売ろうとしていた。
 そのときの恐怖がラヴィの脳裏に蘇る。

『じゃ、じゃあ、あの人間も?』

「ふん、里の誰にその話を聞いた?」

「それは……」

 ラチアの質問に、なぜか商人は答えるのを躊躇している。

「た、立ち寄った酒場でたまたま耳にしただけですので『誰』と特定するまでは……」

「そうか、では無駄足だったな。そのアニオンは手当の甲斐もなく死んだよ」

「え? 死んだ……のですか?」

『はへっ? ボク、死んじゃったの?』

 二人の会話を聞いていたラヴィはビックリして自分の胸に手を当てた。
 ……ちゃんと心臓は動いてる。息だってしているし、ほっぺに手を当てても温かさを感じる。

『ん? ボク、生きてるよ?』

 どうやらラチアは嘘をついているようだった。

「あぁ。里でどこまで話を聞いたのかは知らないが、ここに逃げ込んできたときにはもう虫の息だった。アニオンを追ってきた奴らは皆酒に酔っていて興奮してたからな。ただ捕まえればいいだけなのに、加減もなしに殴りつけていた。まったく、可哀想なことをする」

「なんと、それは勿体ない」

 商人の言葉に、ラヴィは違和感を覚えた。
 すぐにはそれがどうしてなのかなんて分からなかったけれど、二人の会話を心の中で復唱してみてわかった。

 ラヴィが里の人間に暴行されて死んだことをラチアは『可哀想』と言い、商人は『勿体ない』と言った。
 二人は同じ人間なのにラヴィに対する心の立ち位置は全く別の所にあるらしい。

「ま、そういうことだから帰れ。靴を買わない奴に用は無い」

「そうですか……。では、ここまで来たことですし、せっかくですから」

「靴を買っていくか?」

「いえ、別のものを買わせて頂きたいと思います」

「……ちっ。別のもの? なんだ」

「そのアニオンがどの辺りに住んでいたかをご存じでしたら、その場所を教えて頂きたい。もちろん、情報に見合った金額は出させて頂きます」

「場所を聞いてどうする?」

「のこのこと人里に下りてきたアニオンがいるのなら、この山の中には他にもアニオンがいるはずです。野生のアニオンは同種で集落を営んでいる場合が多いですからね。その集落にハンターを送り込んでまとめて狩ると、それはもう大きな商いになります」

「狩ってどうする?」

「はて? おかしな事をお聞きになりますね。当然売るんですよ。ウサギは牛のアニオンのように兵士にできるわけでもなし、馬のアニオンのように農耕用の労働力になるでもなし。しかし、ウサギはウサギでそれなりに需要はあるんです。まぁ、主に愛玩用ですけれどね。人間の奴隷とはまた違う楽しみ方もできますから」

 商人はそう言ってから意味ありげに「くっくっく」と下卑た笑い声を漏らした。
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