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Difficult order(困難な注文) 1
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名残惜しそうにしていた王女を家の外まで見送りに出たラチアは、馬車の影が見えなくなった頃になって独り言のように呟いた。
「いつまでそこに隠れているつもりだ。いいかげん出てこい」
ラチアの声は静かな星空にはっきりと通ったが周囲に何の変化も起きなかった。
「……」
ラチアが小さく溜息をついて足元に落ちていた小石を拾うと、
「待った! 待った!」
少し離れた茂みの中から突然赤い縁取りのある黒ローブを着た青年が跳び出してきて、それに続いて五人の武装した兵が現れた。
「なんだ。気付いていたのか」
青年は苦笑いをしながらラチアに近づくと馴れ馴れしく肩に腕を置いた。
「腐った腸の匂いがプンプンしたからな。すぐにオマエだとわかった」
「昼に食べた腸詰は腐ってなかったと思うけど?」
「皮肉だ。いちいち返してくるな鬱陶しい」
ラチアが肩に置かれた腕を乱暴に払ったが払われた青年は全く気にした様子がない。
「もちろん分かっていて言い返してる。キミの不機嫌そうにしているのを見ると俺はとても爽快な気分になれるからな」
「相変わらずの腐れっぷりだな」
「そんなことより、はやく家に入れてくれ。ずっとこの寒空の下で隠れていたから寒くてたまらないんだ」
「そうか。寒いのか」
ラチアは顔に薄笑いを浮かべると一人で家に入って青年の目の前で扉を閉めた。
「あれぇ?」
慌てて家に入ってきた青年にラチアは思いっきり嫌そうな顔をした。
「誰が入って来ていいって言った? 許可した覚えはないぞ」
「やれやれ。キミの冗談はいつも笑えない」
「冗談なんかじゃない。……おい、いつまで扉を開けておく気だ。寒いから早く締めろ」
テーブルに着いて目をすがめているラチアに言われて青年は扉を閉めてラチアの前に座った。
一緒にいた兵は青年に外で待機しているよう命じられたらしく中には入ってこなかった。
「なんのかんのと久しぶりだなラチア。三年ぶりか?」
「できれば二度と会いたくなんてなかったがな。宰相閣下には」
「閣下なんてよしてくれ。宰相なんて王の雑用係。いわば尻ぬぐい係だ」
「オマエが自分で選んだ生き方だろうアルベルト、いまさら文句を言うな」
「好きで選んだ道じゃない。剣の道じゃどんなに足掻いても勝てない奴が同期生にいたから仕方なく政治の道に進路変更したんだ。……おい、俺にも一杯くれよ」
アルベルトと呼ばれた青年は勝手に食器棚からゴブレットを出してきてラチアが飲んでいる酒を指差した。
「不味いぞ」
「かまわないよ。そもそもキミと一緒に飲む酒を美味いと思った事なんて一度もない」
「……ふん」
ラチアは目の前に突き出されたゴブレットに嫌々酒を注いだ。
「で、今日は姫の護衛で宰相閣下が自ら出張ってきたのか?」
「まぁ。そんなところだ。お忍びで外出って言っても専用の馬車を使った時点で俺のところに報告が上がってくるからバレバレだ。本人は上手く誤魔化したつもりになってるだろうけど」
「王にはもう知らせたのか?」
「まさか。そんなことをしてみろ、怒り狂った王が今度こそオマエを抹殺しようとして一個中隊を差し向ける騒ぎになる。俺としてはどうぞご勝手にって言いたいところだがその後始末をするのが俺じゃあね。ただでさえ忙しいのにそんな余計な面倒事なんてまっぴらだ」
「宰相閣下も苦労が絶えないな」
ラチアが『ざまぁみろ』な感じのニヤ笑いをしてゴブレットを目の高さにまで掲げると、
「哀れな我が身をご理解頂けたようでなによりだよ。我が親友」
アルベルトは端正な顔にニヒルな笑みを浮かべて返して同じようにゴブレットを掲げた。
「親友? バカを言うな。六歳の時に初めて顔を会わせたときからケンカばかりだろ」
「キミがもう少し社交的だったら少しは良い関係になれていたと思うけどね? こんなに険悪な関係になったのは全てキミのせいさ。反省したまえ」
「さっき俺が姫と抱きあってたとき家の外から俺を狙う鏃の光が見えた。ほんの十数分前に悪鬼のような顔をして弓を引き絞っていた奴と楽しく談笑しながら良好な関係を築けるほど俺は器用な性格じゃない」
「あ、バレてた?」
「殺気がダダ漏れだったぞ」
「しょうがないじゃないか。キミは知らないと思うが俺はキミのことが心底嫌いなんだ」
「奇遇だな。俺もオマエが大嫌いだ」
二人は視線を戦わせながら、同時に同じ仕草で酒を飲んだ。
「なぁアルベルト」
「なんだい?」
「さっき、姫が言っていたことは事実か」
「……ああ」
アルベルトは少しだけ会話の間を空けてからそれを認めた。
「そうか……」
「だが、今回はうちの王が乗り気じゃない。かなり渋ってる」
「そうなのか?」
「そりゃそうだろ、前科がある相手を信用するほどうちの王は耄碌してない」
「じゃあ側室入りの話は成立しないんだな!?」
ラチアは喜色を満面に表して椅子から腰を浮かせた。
「いや、姫はやっぱり嫁ぐことになるだろう。どんなに理不尽だろうが大国の言う事には頭を縦に振らなきゃいけないのが小国のつらいところだ」
ラチアが浮かせていた腰を降ろし、落胆した顔で項垂れた。
ラチアのそんな様子を眺めながらアルベルトは片頬を吊り上げて意地の悪い笑みを浮かべた。
「だからって嫁入りに向かう姫様をその道中で襲うのはよしてくれよ?」
「――っ!?」
「『どうしてわかった?』って顔をしてるね。ふふふ、実に良い気分だ」
唇を噛んで睨んでくるラチアを見てアルベルトはますます笑みを強くした。
「なぁに簡単なことだ。キミは策を練るには善良すぎる。だから計画も直線的なんだ。まぁ、今のキミの立場でできることなんてそう多くはないから読みやすいってのもあるけど」
アルベルトはそう言って酒を飲み干すとラチアの側にあった酒ビンに手を伸ばして勝手に自分のゴブレットに注いだ。
「前回は姫を護る側にいたキミが今回は襲う側になるとはね。んふふふ、なんて皮肉なことだろう。歌劇にできそうなくらい明確な立場の逆転だ。結末がバッドエンドになるところも実に歌劇向きだ。古典的と言っていいくらいにセオリー通りだよ」
「……悲劇になんてさせない」
王女と抱き合いながら内心でその計画を決意したラチアは計画をアルベルトに看破されてもこの計画に固執した。
それしか方法が思い浮かばなかったのだから固執せざるを得なかった。
そうやって意固地になっているラチアを見て、アルベルトは心底楽しそうに笑う。
「無理だね、無理無理。確かにキミなら姫様を奪うことくらいできるだろう。でも姫様を奪った後、キミはどこに逃げるつもりだ? もちろんこの国に留まることはできないし、どこの国もキミたちを匿うことはしないだろう。なぜなら君たちを匿うリスクに見合う利益がないからだ」
「……むうぅ」
王女を奪った後のことまでは考えてなかったラチアは口を閉ざして低く唸った。
「キミが用意したシナリオはきっと姫様を奪ったところがラストシーンで『ボクたちの冒険はこれからだ』で終わっているんだろうね。しかし現実と向き合うなら本当の結末まで書かなくてはいけない。もっとも、続きといってもラストがどうなるかはハッキリしている。居場所を見つけられないままの逃避行、あっという間に尽きる路銀、厳しい現実に心身共に疲れ果て、絶望の末に無理心中だ」
ほら、捻りがないくらい古典的な歌劇だろ? と薄ら笑いをするアルベルトがラチアの心を逆撫でしたが、どれほど悔しくても本当にそうなりそうな気がして何も言い返せなかった。
「で、だ。キミの親友であるこの俺が別のシナリオを用意したんだが聞いてみる気はあるかい? あぁ、心配しなくてもいい。キミにはちゃんと重要な役を用意してあるさ」
あからさまに怪しい笑みを浮かべて新しい提案をしようとするアルベルトをラチアは思いっきり目を眇めて睨んだ。
「いつまでそこに隠れているつもりだ。いいかげん出てこい」
ラチアの声は静かな星空にはっきりと通ったが周囲に何の変化も起きなかった。
「……」
ラチアが小さく溜息をついて足元に落ちていた小石を拾うと、
「待った! 待った!」
少し離れた茂みの中から突然赤い縁取りのある黒ローブを着た青年が跳び出してきて、それに続いて五人の武装した兵が現れた。
「なんだ。気付いていたのか」
青年は苦笑いをしながらラチアに近づくと馴れ馴れしく肩に腕を置いた。
「腐った腸の匂いがプンプンしたからな。すぐにオマエだとわかった」
「昼に食べた腸詰は腐ってなかったと思うけど?」
「皮肉だ。いちいち返してくるな鬱陶しい」
ラチアが肩に置かれた腕を乱暴に払ったが払われた青年は全く気にした様子がない。
「もちろん分かっていて言い返してる。キミの不機嫌そうにしているのを見ると俺はとても爽快な気分になれるからな」
「相変わらずの腐れっぷりだな」
「そんなことより、はやく家に入れてくれ。ずっとこの寒空の下で隠れていたから寒くてたまらないんだ」
「そうか。寒いのか」
ラチアは顔に薄笑いを浮かべると一人で家に入って青年の目の前で扉を閉めた。
「あれぇ?」
慌てて家に入ってきた青年にラチアは思いっきり嫌そうな顔をした。
「誰が入って来ていいって言った? 許可した覚えはないぞ」
「やれやれ。キミの冗談はいつも笑えない」
「冗談なんかじゃない。……おい、いつまで扉を開けておく気だ。寒いから早く締めろ」
テーブルに着いて目をすがめているラチアに言われて青年は扉を閉めてラチアの前に座った。
一緒にいた兵は青年に外で待機しているよう命じられたらしく中には入ってこなかった。
「なんのかんのと久しぶりだなラチア。三年ぶりか?」
「できれば二度と会いたくなんてなかったがな。宰相閣下には」
「閣下なんてよしてくれ。宰相なんて王の雑用係。いわば尻ぬぐい係だ」
「オマエが自分で選んだ生き方だろうアルベルト、いまさら文句を言うな」
「好きで選んだ道じゃない。剣の道じゃどんなに足掻いても勝てない奴が同期生にいたから仕方なく政治の道に進路変更したんだ。……おい、俺にも一杯くれよ」
アルベルトと呼ばれた青年は勝手に食器棚からゴブレットを出してきてラチアが飲んでいる酒を指差した。
「不味いぞ」
「かまわないよ。そもそもキミと一緒に飲む酒を美味いと思った事なんて一度もない」
「……ふん」
ラチアは目の前に突き出されたゴブレットに嫌々酒を注いだ。
「で、今日は姫の護衛で宰相閣下が自ら出張ってきたのか?」
「まぁ。そんなところだ。お忍びで外出って言っても専用の馬車を使った時点で俺のところに報告が上がってくるからバレバレだ。本人は上手く誤魔化したつもりになってるだろうけど」
「王にはもう知らせたのか?」
「まさか。そんなことをしてみろ、怒り狂った王が今度こそオマエを抹殺しようとして一個中隊を差し向ける騒ぎになる。俺としてはどうぞご勝手にって言いたいところだがその後始末をするのが俺じゃあね。ただでさえ忙しいのにそんな余計な面倒事なんてまっぴらだ」
「宰相閣下も苦労が絶えないな」
ラチアが『ざまぁみろ』な感じのニヤ笑いをしてゴブレットを目の高さにまで掲げると、
「哀れな我が身をご理解頂けたようでなによりだよ。我が親友」
アルベルトは端正な顔にニヒルな笑みを浮かべて返して同じようにゴブレットを掲げた。
「親友? バカを言うな。六歳の時に初めて顔を会わせたときからケンカばかりだろ」
「キミがもう少し社交的だったら少しは良い関係になれていたと思うけどね? こんなに険悪な関係になったのは全てキミのせいさ。反省したまえ」
「さっき俺が姫と抱きあってたとき家の外から俺を狙う鏃の光が見えた。ほんの十数分前に悪鬼のような顔をして弓を引き絞っていた奴と楽しく談笑しながら良好な関係を築けるほど俺は器用な性格じゃない」
「あ、バレてた?」
「殺気がダダ漏れだったぞ」
「しょうがないじゃないか。キミは知らないと思うが俺はキミのことが心底嫌いなんだ」
「奇遇だな。俺もオマエが大嫌いだ」
二人は視線を戦わせながら、同時に同じ仕草で酒を飲んだ。
「なぁアルベルト」
「なんだい?」
「さっき、姫が言っていたことは事実か」
「……ああ」
アルベルトは少しだけ会話の間を空けてからそれを認めた。
「そうか……」
「だが、今回はうちの王が乗り気じゃない。かなり渋ってる」
「そうなのか?」
「そりゃそうだろ、前科がある相手を信用するほどうちの王は耄碌してない」
「じゃあ側室入りの話は成立しないんだな!?」
ラチアは喜色を満面に表して椅子から腰を浮かせた。
「いや、姫はやっぱり嫁ぐことになるだろう。どんなに理不尽だろうが大国の言う事には頭を縦に振らなきゃいけないのが小国のつらいところだ」
ラチアが浮かせていた腰を降ろし、落胆した顔で項垂れた。
ラチアのそんな様子を眺めながらアルベルトは片頬を吊り上げて意地の悪い笑みを浮かべた。
「だからって嫁入りに向かう姫様をその道中で襲うのはよしてくれよ?」
「――っ!?」
「『どうしてわかった?』って顔をしてるね。ふふふ、実に良い気分だ」
唇を噛んで睨んでくるラチアを見てアルベルトはますます笑みを強くした。
「なぁに簡単なことだ。キミは策を練るには善良すぎる。だから計画も直線的なんだ。まぁ、今のキミの立場でできることなんてそう多くはないから読みやすいってのもあるけど」
アルベルトはそう言って酒を飲み干すとラチアの側にあった酒ビンに手を伸ばして勝手に自分のゴブレットに注いだ。
「前回は姫を護る側にいたキミが今回は襲う側になるとはね。んふふふ、なんて皮肉なことだろう。歌劇にできそうなくらい明確な立場の逆転だ。結末がバッドエンドになるところも実に歌劇向きだ。古典的と言っていいくらいにセオリー通りだよ」
「……悲劇になんてさせない」
王女と抱き合いながら内心でその計画を決意したラチアは計画をアルベルトに看破されてもこの計画に固執した。
それしか方法が思い浮かばなかったのだから固執せざるを得なかった。
そうやって意固地になっているラチアを見て、アルベルトは心底楽しそうに笑う。
「無理だね、無理無理。確かにキミなら姫様を奪うことくらいできるだろう。でも姫様を奪った後、キミはどこに逃げるつもりだ? もちろんこの国に留まることはできないし、どこの国もキミたちを匿うことはしないだろう。なぜなら君たちを匿うリスクに見合う利益がないからだ」
「……むうぅ」
王女を奪った後のことまでは考えてなかったラチアは口を閉ざして低く唸った。
「キミが用意したシナリオはきっと姫様を奪ったところがラストシーンで『ボクたちの冒険はこれからだ』で終わっているんだろうね。しかし現実と向き合うなら本当の結末まで書かなくてはいけない。もっとも、続きといってもラストがどうなるかはハッキリしている。居場所を見つけられないままの逃避行、あっという間に尽きる路銀、厳しい現実に心身共に疲れ果て、絶望の末に無理心中だ」
ほら、捻りがないくらい古典的な歌劇だろ? と薄ら笑いをするアルベルトがラチアの心を逆撫でしたが、どれほど悔しくても本当にそうなりそうな気がして何も言い返せなかった。
「で、だ。キミの親友であるこの俺が別のシナリオを用意したんだが聞いてみる気はあるかい? あぁ、心配しなくてもいい。キミにはちゃんと重要な役を用意してあるさ」
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