靴職人と王女と野良ウサギ ~ご主人様が絶望しているからボクは最高に幸せだよ~

マルシラガ

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Difficult order(困難な注文) 2

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「俺に何をやらせるつもりだ? また俺に嫁入りの護衛をしろとでも? はっ、お断りだ!」

 ラチアは狼が唸るようにギッと鼻の頭に皺を寄せて吐き捨てた。

「俺はもう騎士でも貴族でもない一介の靴職人。宰相なんかの頼みをきいてやる義理はない」

 ハッキリと拒絶の意を示すラチアにアルベルトは怯むどころかやんわりと微笑んだ。

「あぁ、分かっているとも。靴職人のキミだからこそ頼みたい事なんだ」

「……は? どういうことだ。靴の注文……ってことはないな、オマエのことだから」

「ご明察。普通の靴を注文オーダーするならラチアより腕の良い職人はいくらでもいる。だが、これは元護衛騎士、現靴職人のキミにしかできない事。だから頼むんだよ」

「俺にしか出来ないこと?」

 アルベルトは目の高さに上げたゴブレットの向こうからニヤリと目じりを垂らして微笑んだ。

「《神代の遺物ゴッズエイジ》の存在は当然知っているな?」

「人知を越えた能力・性能を持つ品のことだろ。人には制作不可能な高度な技術で作られた過去の遺物。王家伝来の《アルスランの兜》もその一つ。学校でそう習った。それがどうした」

「遠く離れた場所にいる相手に意思を伝えることができる《アルスランの兜》。海水を蒸発させて雨雲を作り出す《ローゼンビットの杖》。各国の王家や古い貴族の家にはそのような《神代の遺物》が伝わっているがどれ一つとしてその製法や作られた時期が解明されていない」

「だからそれがどうした?」

「先日、その《神代の遺物》の一つを作る方法を記した石板が見つかった」
「……なに?」

「それの一部を写したのがこれだ」

 アルベルトからメモ紙を受け取ってラチアは低く呻いた。

「なんだこの文字は? 全然読めないぞ」
「だろうな。これは神話時代の文字《神象文字》だ。現在城詰めの学者たちが極秘にこの文字の解読を進めている」

「そんな機密を俺に漏らしていいのか?」
「もちろんダメに決まってる。バレたら俺の首が飛ぶ。だが今はそんなことに躊躇ちゅうちょしていられる場合じゃない」

 以前『国の命運より自分の命が数百倍大事だ』と放言していたアルベルトがらしくない事を言うのでラチアは眉を寄せた。

「まだ序文しか解読は済んでいないがこの古文書は『靴』の《神代の遺物》を作る方法を記したものだった。これを履けば三日で大陸の端から端まで疲れ知らずに走ることができて水の上でも歩けるらしい。……で、だ」

 アルベルトはそこで言葉を切って意味ありげにラチアを見つめた。

「これを俺に作れと? お断りだ。それこそお抱えの職人にでも作らせろ。その為に雇ってるんだろ」
「まぁ、そうなんだけどね。でも、問題はこの靴を作るための材料なんだ」
「材料?」

「これは解読が済んでいる部分の写しだけれど、これを読めばなぜ俺がキミにこの話を持ちかけたのかわかる」

 アルベルトが懐からもう一枚の紙を取り出して、ラチアに渡した。

「……本当に靴の作り方が書いてあるな。……ごふっ。なんだこの材料は!? 《木霊の皮》に《赤竜の爪》だと!?」

 ラチアはそこに記されている材料を見て口に含んでいた酒を思わず噴き出した。

「きっと古代ではそう珍しい材料ではなかったんだろうけどね。今ではこんな材料を手に入れることは至難だと言っていい。ただ、至難と言っても不可能ではない」

「不可能に限りなく近いだろ。木霊ならともかく、赤竜からどうやって爪を採ってくる? 下手をすれば歩兵の一個中隊が丸ごと焼き殺されるぞ」
「そうだね、普通の人には無理だね」

 アルベルトはそう言って、またラチアをじっと見つめた。

「……俺に材料を集めさせて靴を作らせるつもりか?」
「ご明察」

 アルベルトは大仰な仕草で拍手をしてみせた。

「はっ、バカらしい。なんで俺がこんなものを作るために命をかけなきゃならない。さっきも言ったが作りたいのなら勝手に自分たちで作りやがれ。宰相のオマエなら王の許可を得なくても三個小隊を自由に動かせる権限があるんだから材料集めもそいつらにやらせろ」

「そういうわけにもいかないんだよ。どうして俺がこうやって古文書の翻訳文を持ち出していると思う? バレたら断頭台直行レベルの危険を冒してまで」
「知るか。首でも何でも勝手に飛ばしてろ」

 解読文の写しを投げ返して突き放すように言うラチアにアルベルトは顔から薄ら笑いを消して真剣な顔を向けた。

「俺も、姫様をあんなクソ野郎のところに嫁がせたくはないからだ」
「……なに?」

 ラチアが片眉を上げた。

「あるんだよ。クソ野郎に姫様を差し出さなくてもいい策が。それがこの注文オーダーに絡んでくるんだよ」
「……聞かせろ」

「あの嘘つき野郎が姫様を要求してきているのは事実だがまだ公式のルートでの要請ではない。前回の卑劣な行為はかの国でも批判の声が高くてね、向こうの王はそれを気にしている。今回の打診は公式に要求した場合に国内でどんな反応をされるのかを窺うためだ」

「いきなり公式の要請をすると向こうの国内の良識派が反発するからか……。そういう事にはよく頭の回る王だな。吐き気がする」

「同感だ。だが政治をよく理解しているとも言える。批判の声の声が上がっても要求が公式のものでなければ王は反対派に釈明する必要がない。うちの王が返事を渋るだろうってのも計算の内だ。そんな宙ぶらりんの状態で時間をおき、反対派の声に勢いがなくなった頃を見計らって正規の使者を寄越してくる気だろう。その使者が我が国を訪れるのは早くて今から半年後だと俺は予測している」

 ここまでを一気に言い切ったアルベルトはそこで一つ呼吸を切って重々しく言った。

「……だから、まだ間に合う」
「なにがだ?」

「スイルバーグとの同盟締結が、だ」
「なん……だと!?」

 驚くラチアを見て『その反応は予想していた』と言うようにアルベルトは軽く微笑んだ。

「俺たちの国は小国だ。大国の要求には黙って頷くしかない。しかし三つの大国に挟まれているこの小さな国がどうして今まで独立を保ってこられたと思う? なりふり構わない外交のおかげだ。Aが攻めてきたらBに取り入って対抗し、Bが無茶な要求を突きつけてきたらCの庇護下に入る。一歩間違えれば三方から袋叩きに遭うギリギリの外交交渉でこの国は今まで生き延びてこられた」

「それで今度はトロフアイの傘下を離れてスイルバーグとの同盟か」

 王女を奪う計画はアルベルトに看破されたがラチアも決して勘の悪いほうではない。
 アルベルトが何を言おうとしているのかくらいは察することができた。

 王女を要求しているトロフアイと決別することでアルベルトは王女を守ろうとしているのだ。

「どちらにしても潮時だったのさ、トロフアイに納めなければいけない上納金は天井知らずに上がり続けている。おかげで国庫はすっからかん、宝物庫はネズミの巣。このままでは我が国は経済的に破綻する。国の存続のためにトロフアイの傘下にいるというのに今ではそれが国を危うくしている。これでは傘下にいる意味がない」

 アルベルトの言っていることはラチアにも理解できる。しかし、

「スイルバーグは今も国境付近で小競り合いをしている相手だろう。正気か?」

 交戦中の相手と和解するだけでも相当困難なことなのに、この幼馴染みの宰相はそういう手順をすっ飛ばして同盟締結を狙っている。

「仕方がないんだよ。トロフアイを敵に回して張り合えるのはもうあの国だけなんだ」

「クロロノマド帝国はどうした? あそことはここ数年目立った確執はない。同盟相手として選ぶならそっちのほうが良くないか?」

「クロロノマド帝国は昨年皇帝が崩御して外戚が推す八歳の子供を玉座に据えた。貴族達は皇帝派と反皇帝派に分裂していつ内紛が起きてもおかしくない状態だ。そんな国がウチと同盟を締結して大国のトロフアイを敵に回すとは思えない」

「どの国も平穏じゃないってことか……。しかしスイルバーグとの同盟はそれこそ赤竜の爪を単身で切り獲りに行くくらい無謀だぞ。そもそも外交使節の往来が途絶えて久しい」



「もちろん今の状態で使節を送っても門前払いを喰らうだろうな。しかし交渉前の挨拶として献上する品が世にも稀な《神代の遺物》だったとしたら?」

 アルベルトは切れ長の目をさらに細めて、にやりと悪辣な微笑みを浮かべた。

「……なるほど、そういう事か」
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