靴職人と王女と野良ウサギ ~ご主人様が絶望しているからボクは最高に幸せだよ~

マルシラガ

文字の大きさ
27 / 38

Difficult order(困難な注文) 3

しおりを挟む
「王家に代々伝わる《アルスランの兜》はこの国の王であることを示す神器として祀られている。いくらなんでもそれを外交の道具として献上することはできないが――」

「新しく作った《神代の遺物》なら問題はない……と?」

「いやいや、大問題さ。《神代の遺物》はその性能もそうだが希少だからこそ価値がある。遺跡から発掘された石文の解読が済んで作り方が判明したら王は一つだけ作って二つめは決して作らせないだろう。製法も永遠に封印する予定だ」

「それなのに、それを俺に作らせようとしてるのか?」

「あぁ。ルイスバーグとの同盟には固く閉ざされた交渉の扉を《神代の遺物》の靴で蹴破って開くしかない。そうしないと交渉のテーブルに着くこともままならない」

「宰相のくせに王の意向に逆らう気か」

「逆らいはしないさ。俺は王に忠実な臣だと自負している。ただ、王に内緒でこっそり作ってこっそり献上するだけだ。犯罪とは告発されて初めて犯罪になるって言葉を知らないのか?」

「さすがは宰相閣下様だ。詭弁も達者でいらっしゃる」

「まぁね。『宰相たる者、発する言葉は虚々実々。裏があると思わせておいて真実は裏の裏』そんな駆け引きをいつも仕事でやっているんだ。我ながら似合わないことをやっていると思うよ」

「そうか? 聞けば聞くほど宰相の仕事はオマエの天職だとしか思えないがな。性格の悪さが有利になる仕事なんて詐欺師か宰相くらいだろ。うむ、実にオマエ向きだ」

「おいおい、どうした? 今日は大絶賛じゃないか。ガラにもなく照れてしまうよ」

 嫌味を軽く返されたラチアが苦々しげに睨んでくるのをアルベルトは笑顔で受け流した。

「ま、軽口はこれくらいにして、大まかな話はこれでわかっただろう。この注文はお抱えの職人には頼めない。城下に数多あまたいる普通の靴職人にもだ。これを頼めるのは利害が一致し、この計画を誰にも漏らすことのないほど口が硬くて、材料を自ら集めることが可能なほど武力に秀でている靴職人だ。そんな人物なんて俺はキミくらいしか心当たりがない」

「知らない間に随分と高く評価されるようになったものだ」

「キミの強さについてはずっと前から高く評価しているつもりだよ。靴職人としての技量は……まぁ、最近になってようやくマシなのを作れるようになったくらいだと思っている」

「チッ……知りもしないでよくそんな事を言う」

「知ってるさ。最初の頃はそりゃもうひどいもんだったよ。左右の大きさが違っていて、それでも無理して履いていたら半日もしないうちにパカッと口を開いた。とんだ粗悪品だ」

「オマエ……わざわざ俺を貶すために俺の靴を買ったのか?」
「まぁね」
「くっ、本当に嫌な野郎だ」

「この際クオリティについては問わない。材料を集めることができませんでしたって言われるより品物が出来上がっていることが重要だ。キミならこの注文を受けてくれるだろう?」

 ラチアはテーブルに投げ出していた解読文を再び手にとって内容を確認した。

「今の時点で解読が済んでいるのはこれだけか?」

「もちろん学者達に解読を急いで貰っている。けれど、なにしろ神話時代の文字だ。一文を解読するだけで三日かかることだってある。少しでも読み解くことができたら使いの者をここに送る。全部の解読が済むのを悠長に待っていられるほどの余裕なんてない。だから、やってくれるなら石版解読と靴制作の同時進行だ。キミには今すぐ材料集めにとりかかってもらいたい」

「やれやれ、困難な注文ディフィカルトオーダーだな」
「キミにはそうかもしれない。でも他の職人にとっては無理な注文キャンノットオーダーだ」

「……俺がこれを完成させたら姫を守る事ができるんだな?」

「スイルバーグへの交渉には俺が自ら行く。交渉のテーブルに着くことさえできれば必ず同盟を成してみせる。この命と引き替えにしてでもな」

「ほぉ?『命と引き替えにしてでも』か。宰相閣下は言うことが大袈裟だ」
「大袈裟かな? この策の結末がどうなるかくらい自分で理解しているつもりだけどね」

 ラチアの眉がピクリと動いた。
 アルベルトはそれに気づかないふりをして無言で微笑み、じっとラチアを見つめ返している。

「理解していて、それでも……か?」
「そうだ」

 二人はそのまま無言になり、暫く酒を飲み続けた。

「……わかった。やってやる」

 やがて、ラチアは溜息混じりに承諾した。

「恩に着る」
「オマエのためじゃない。姫のためやるんだ」
「だから恩に着ると言ってるんだよ」



 交渉を終えてラチアの家を出たアルベルトは隠していた馬に乗り、宰相らしくきっちりと護衛の兵に囲まれた。
 見送りに出たラチアの背後で小さな影が動いたのでアルベルトが「ん?」と片眉を上げる。
 釣られてラチアが背後に目をやると、家の中で寝ているはずの小さな影がさっと窓の下に隠れるのが見えた。

 どうやらラヴィがラチアたちの会話を盗み聞きしていたようだ。

「あのアニオン、キミが飼っているのか?」
「怪我してたのを手当てしたら、すっかり懐かれて住みつくようになった」
「ふっ、実にキミらしい」

 馬上で軽く笑ったアルベルトは少しだけ真面目な顔をして言った。

「あのタイプのウサギは非常に珍しい。一説によるとこの世に存在するのは常に一個体のみで、その個体が死んだ後にようやく別の個体が現れると言われているくらいだ」

「アイツはそんなに珍しいタイプなのか」
「あぁ。……しかし、あのアニオンは不吉だ。早く手放した方がいい」

「『緑眼兎りょくがんと』だからか? 言い伝えでは緑眼兎は飼い主の絶望を望むらしいな」

「は? キミはそれを知ってて飼ってるのか、つくづく呆れるね。戦場に出る兵士は愚にもつかない迷信でも、それが不吉な事ならば可能な限り遠ざけるというのに」

「言っただろ、懐かれたんだ。だから一緒に暮らしている。他に理由はない。それに俺はもう兵士じゃなく靴職人だ。縁起や迷信を気にしなくてもいいお気楽な身分なんだよ」

「キミはいつもそうだ、俺の忠告には全く耳を貸さない。爵位を剥奪されたときだって――」
「もう終わったことだ」

 愚痴を言い始めたアルベルトの口を塞ぐように、ラチアは言葉を被せた。

「……そうだな。もう終わってしまったことだ」

 愚痴を途中で止められたアルベルトはまだ言い足りなさそうだったが諦めの溜息をついて続きを言うのをやめた。

「思えば、キミとは長い付き合いになるんだな……十八年か」

 アルベルトは馬上から星空を見上げた。

「まさか友情がどうとか言い出すつもりじゃないだろうな? よしてくれ気持ち悪い」

 感傷に浸るアルベルトにラチアは歩調を合わせることなく、いつも通りの反応で返した。

 アルベルトもすぐにいつもの薄笑いを浮かべて肩をすくめてみせた。

「いやいや勘違いしないで貰いたいね。俺がラチアのことを嫌う気持ちは初めて会ったあの日から微塵も変わっていないよ。おそらくこれからもずっと俺はキミのことが大嫌いだ」

「安心した。それでこそ俺の知る宰相閣下だ」
「あぁ、そうだな」

 交わしていた言葉がまた止まった。


 長い長い沈黙。


 お互いに言うべき言葉があるはずなのに、それは無言のまま終了した。

「……じゃぁな」

 アルベルトは簡潔な別れの言葉を残して馬首を巡らし、ラチアに背を向けた。

「あぁ」

 ラチアは、兵士に囲まれて遠ざかる幼馴染みの背中をずっと見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処理中です...