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What is your missing item(探し物はなんですか) 1 

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 王女たちがラチアの家に押しかけてきた翌日の早朝。
 ラチアは里の雑貨屋に行って王都の靴屋に納期が遅れる旨の手紙を預けた。

 雑貨屋の主人は丁度今日の昼に王都へ商品の仕入れに行くらしく、携帯用の食料を大量に買ったラチアの手紙は無料で届けてくれることになった。


 ラチアが家に戻って来ると旅支度を終えたラヴィが待っていた。

 旅支度といっても肩から斜め掛けにしたポシェットに《シンデレラ》の本を入れて、残った隙間にぎっちりとクルミを詰め込んだ簡単な支度。

「まさか、ついてくるつもりか?」
「当然だよ。ご主人様マスターのお世話をするのがボクの役目だからね!」

「そうか。じゃあ来い」
「……え? 本当にいいの?」

 きっと強く拒絶されるだろうと覚悟していたのだけれどラチアが意外なほどあっさりと同行を認めてくれたので思わず訊き返した。

「なんだ、一緒に来たかったんじゃないのか?」
「そ、そうなんだけど、あんまり素直に連れてってくれるって言うから意外っていうか……」

「来たいのなら来ればいい。面倒だと思ったら留守番してろ。それだけのことだ」
「ほんとに? ほんとにいいの?」

 ラチアが大きな手をラヴィの頭に乗せて撫でながら言う。

「前にも言っただろ? 俺はオマエを奴隷として扱うつもりなんてない。だから命令もしない。ついてくるかどうかは自分で決めろ。ただし本当に危険な場合はついてくるなと言うがな」

 ラチアに撫でられたラヴィは緑色の瞳をキラキラ輝かせて興奮気味に声を上げた。

「ボク、行きたい!」
「ん、来い」

「ボクね、ずっとついて行きたいんだ。マスターに!」
「だから来いって言ってるだろ? おかしな奴だな」

 ラチアはラヴィの頭から手を離し「さて、俺も準備をしないとな」と言って家の中に入った。

「あ、うあぅ……。ボクの言いたいのはそうじゃなくって、これからも一緒に……」

 ラヴィはラチアの後ろを追いながらその広い背中を見上げて口の中でもごもごと呟いていた。

「違うんだよ。あーもぅ……なんて言えばいいんだろ……。一緒に行きたいんだけど、そうなんだけど、それだけじゃなくて、ずっとで……」

 自分の気持ちをちゃんと伝えることができなくてストレスを感じたラヴィは眉を寄せながらてちてちと耳の毛繕いをした。

 今の気持ちを正確に伝えられる言葉が残念ながらまだラヴィの頭の辞書には載ってなかった。
 でも《芽生えて育ち始めている特別な想い》を自分でちゃんと把握できるくらいに心が成長していれば、今知っている言葉だけでも伝えることができたはずだった。


 家の中に入ったラチアは買ってきた荷物をテーブルに置くとクローゼットから革のベストと厚手のマントを引っ張り出した。野宿になることを想定して道具入れからキャンプセットも取り出す。イノシシや鹿を狩るときと同じ装備なので、ここまでの準備はスムーズだった。

 一通りの道具を出し終えたラチアは次に一旦家の外に出て作業小屋に入った。
 親ガモの後を追う子ガモのようにラヴィもその後に続いて入る。

 ラチアが小屋の中心にある金打ち台をどけてその下の床板を外すとそこは隠し倉庫になっていた。
 中にはフルプレートの鎧と、少し短めの剣が二振り。そしてラチアの身長ほどもある長大なランスが収納されていた。

「ふわぁ……マスターって、こんなの持ってたんだ」

 中にあった武器類を見てラヴィは元から丸い目をさらに丸くした。

「これを使う日は二度と来ないと思っていたんだがな」

 ラチアは剣を取り出すと、他のものには手をつけずに床板を戻した。

「あれ? 他のは出さないの?」

「あの鎧と槍は馬に乗って戦場に出るときのものだからな。徒歩で山中を探索する場合には重すぎて不向きな装備だ。代わりに皮鎧が欲しいところだが……無いものはしょうがない」

 ラチアは腰に剣帯を巻いて左右に一本ずつ剣を吊した。両方ともパイラが持っていた剣よりも拳一つ分くらい短い。

「剣を持って行くってことは、材料集めで戦うことになるの?」
「必要な材料がどんなものかによるがな。……そういえば確認しておくのを忘れていたが」
「なに?」

「昨夜はどのあたりから盗み聞きしていた?」
「…………何のこと?」

 ラヴィはつっ……と目を逸らしてテチテチと耳の毛づくろいを始めた。

「アルベルトとの会話を聞いてなきゃ俺がこれから何をするかなんて知らないはずだろ。言え、いつから盗み聞きしていた?」
「宰相さんが来た頃から……かな?」

「本当か?」
「……たぶん」

「本当は?」
「そんなの……恥ずかしくて言えない」

 ラヴィは目を逸らしたまま頬をほんのりと赤らめた。

 この様子からして、どうやら王女が来たときから覗いていたらしい。
 少なくとも二人が抱き合ってたシーンは確実に見ている反応だ。

「くっ……失態だ……」
「あ、あの。ね、それよりこれからどこに行く予定?」

 顔を赤くしながら羞恥に悶えるラチアの膝をポフポフ叩いて話題の流れを軌道修正した。
 このままこの話題を引っ張れば、ラチアに怒られる流れになりそうだと察したのだろう。

「……とりあえず、今判明している必要な材料は《木霊の皮》と《赤竜の爪》だけだから、先に木霊を探しに出かける」

 込み上がってくる恥ずかしさをどうにか心の底に押し込んだラチアは気を取り直して最初の目標を示した。

「《赤竜の爪》は後でいいの?」

「赤竜は居場所が判明しているから行こうと思えばいつでもいける。それよりも俺が戦いの場を離れてからけっこう時間が経っている。これだけのブランクがあるのにいきなり赤竜クラスと戦うのは不安だ。勘を取り戻すためにもできるだけ簡単そうな奴から順に当たっていく方が合理的だろう」

「勘を取り戻すって……マスターはそんな状態で犀を倒したの?」

「犀? あぁ、あの市場でのことか。あんなのはある程度戦いに慣れた者なら簡単に倒せる相手だ。どんなにパワーがあっても動きが鈍ければ置物を斬るくらいに容易い」

「マスターの《ある程度》ってレベル高そうだね……」



 作業小屋を出て母屋に戻ったラチアは携帯食料をバックパックに移して旅装を整えた。

「木霊が見つかるまで何日かかるか分からないが、とりあえず七日分持っていこうか」
「七日? そんな遠出をしなくても木霊さんはもっと近いところにいたよ」

 ラチアの何気ない独り言にラヴィが気軽にそう応えたのでラチアは思わず手を止めて振り向いた。

「まさか、木霊の居場所を知ってるのか?」

「え? うん。ボクの巣から山を二つ越えたところの谷でよく見かけたよ。木霊さんって一度決めたナワバリからあまり動かないから今もそこにいると思うけど」

「……で、でかしたぞラヴィ!」
「え? えっ!?」

 ラチアは大喜びでラヴィを抱き上げた。

「おかげで無駄な日数をかけなくて済む!」
「えっと、ボク、マスターの役にたったの?」
「ああ! ああ! もちろんだ! 大手柄だぞ!」

 アルベルトは王女の側室入りが正式な要請になるまで半年だと推測していたが、その推測が正しいとは限らない。
 向こうからの要請が早まる可能性もあるのだから靴の完成は一日でも早いほうがいい。

 本当に嬉しそうにしているラチアを見ているとラヴィも嬉しくなってきた。
 そして、もっと喜んで貰いたくなった。

「じゃ、ボクが木霊さんに頼んで皮をちょっと分けてくれるように頼んでみるよ!」
「そんなことまでできるのか!?」
「うん、任せてよ!」

 ラヴィは自信満々の顔でエヘンと自分の胸を叩いた。
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