靴職人と王女と野良ウサギ ~ご主人様が絶望しているからボクは最高に幸せだよ~

マルシラガ

文字の大きさ
29 / 38

What is your missing item(探し物はなんですか) 2

しおりを挟む
 朝のうちに家を出たふたりは夜になってようやく目的の谷に到着した。

 石ころだらけの谷底を白糸で縫うように流れている細い川を探索しながら遡っていくと、川の流れが大きく曲がった河原の近くで小さな木霊を一匹見つけることができた。

 木霊とは、他の木の陰になって充分な日を浴びることができずに腐ってしまった樹木が悪霊化したモンスター。
 日を浴びることができないことで悪霊化したせいか日光を嫌う性質がある夜行性。
 日中だと洞窟の奥深くか、日の差さない暗い谷で同種の仲間と群れていることが多い。

 モンスターといっても元が植物なのでこちらから何か仕掛けない限り襲ってくることはない。他のモンスターと比べると危険度は低い部類に入る。

「じ、じゃあ。ボク、お話しに行ってくる! ボクひとりで大丈夫だよ!」

 ラヴィが少し緊張しているのが気になったが、ラチアはラヴィの交渉の邪魔にならないように木陰に身を隠した。
 純血の人間が近くにいるとモンスターは警戒を強くすることが多いからだ。

 ぎくしゃくした足取りで木霊に近づいたラヴィ。

 木霊は川の本流から枝分かれした細流に根っこ(足)を浸し、頭の上の枝葉を伸ばして月の光を吸収しながらぼんやりと夜空を見上げている。
 ラヴィが近づいて来るのに気付いても赤い蕾のような目を向けただけで、やっぱりぼんやりとしていた。

 ラヴィは自分よりも小さな木霊の前に立つと身振り手振りを交えながら話しかけた。
 ラチアにはその声が聞こえなかったけれど、きっと皮をわけてくれるように頼んでいるのだろう。

 木霊は一生懸命に喋るラヴィをぼんやりとしたまま見上げていたが、やがて立ち上がって一言、二言、何かラヴィと言葉を交わし始めた。

『お!? すごいなラヴィ!』

 木霊には人の言葉を解するだけの知能がある。
 ただ、なんとなくのニュアンスでしかこちらの意思は伝わらないし、向こうの喋っている言葉も「ぼぉぼぉ……」と木の洞を通る風のような音にしか聞こえないので、よほど慣れた者でないと木霊が何を言っているのか分からない。

 小さな木霊はラヴィが斜め掛けにしているポシェットの中にたくさんのクルミがあるのを見つけて物欲しそうに枝先を伸ばした。

 ラヴィはポシェットからクルミをいくつか取り出して木霊に渡した。

 どうやらクルミと交換で皮を分けてくれることになったのだろう。

 木霊は嬉しそうにクルミを受け取り口のように空いた胴体の洞に放り込んだ。

 ラヴィがまた何か話しかけている。

 木霊は頭の枝葉を横に振って、またラヴィのポシェットを枝先で指差した。

 ラヴィがしぶしぶクルミを渡す。渡されたクルミをすぐに食べた木霊は「もっともっと」とでも言っているようにラヴィのポシェットを指した。

 それが何度か繰り返されラヴィは際限なくクルミを要求してくる木霊に両腕を交差させて×の仕草をしてみせた。

 これ以上欲しいのなら先に皮をよこせと言っているのだろう。

 すると木霊は頭の葉っぱを震わせて枝先でラヴィの肩を強く押した。

 よろけたラヴィは一瞬あっけにとられていたが、段々と怒りが込み上げてきたらしく口をへの字にして木霊の体をてしっと叩いた。

 すぐに木霊がぱちっと叩き返す。ラヴィもムキになってすぐ叩き返した。

 木霊とラヴィの叩き合いはあっという間にエスカレートして、テチテチ、パチパチとお互いを激しく叩いている。

『……子供だ。子供のケンカが始まった』

 それを一部始終見ていたラチアは額に手を当てて溜息を吐いた。

 木霊とラヴィのケンカはラヴィの勝利で終わった。

 ラヴィは小さいけれど木霊はそれ以上に小さかったので体格差で勝てたようだ。

 ほっぺに細い切り傷をいくつも作ったラヴィがラチアの隠れている茂みのほうへ得意気に勝ち誇った顔を向けている。

『いや、オマエの任務はケンカに勝つことじゃないからな?』

 そんな突っ込みを心の中でしながらラチアは茂みの中から立ち上がった。

「しょうがない。小さな木霊には悪いが今のうちに少しだけ皮を分けて貰おうか……」

 茂みを大股で乗り越えたとき、

「ぼおおぉぉぉぉ! ぼおおぉぉぉぉ!」

 ラヴィに負けて流木のように横倒しになっていた木霊は悔しさにぷるぷると体を震わせながら大声で鳴き始めた。

「くっ!? まずい!」

 ラチアが慌ててラヴィのところへ駆け寄るのとほぼ同時に小さな木霊の泣き声を聞きつけた他の木霊が周囲からワサワサと集まり始めた。

「マ、マスター! ボク、ボク……」

 事態がとんでもない方向に転がり始めたのを感じたラヴィは責任を感じてしゅんと項垂れている。
 でも、今はそれを叱ることも慰めることも後回し。
 ラチアはラヴィを抱き上げて脇に抱えると、迫ってくる木霊の間をすり抜けて川下へと走った。

「くそっ! 何が『任せてよ!』だ!」

「だ、だってあの子、クルミをくれたら皮をわけてあげるって言ってたのに嘘つくから!」

 ボク、悪くないもん! と、ふくれっ面をしてるラヴィを見ながら、ラチアは『子供のケンカで一番よくある展開だな……』と納得して妙に可笑しくなった。

 種族は違ってもケンカの原因とかそこに至るまでの展開とかは子供同士だとそれほどの違いはないらしい。

「しかし、まずいなこれは……」

 振り返って後ろを確認したラチアは軽く舌打ちをした。

 段々と悠長に笑っていられる状況ではなくなってきている。

 どこにこれだけ隠れていたんだと言いたくなるくらいに木霊の数が増えていて、ざっと見ただけでも二十匹強。

 体長二メルク前後の標準サイズの木霊なら二、三匹同時に相手をすることくらいできるが、この数になるとさすがに厳しい。

「焦らずに日が出るのを待ってから仕掛ければ良かった……と言っても今更しょうがないか」

 ぼぉぼぉと吠えながらしつこく追ってくる木霊は、意外なほど足が速かった。

 普段の移動に使っている根っこの足を浮かせて体に巻き付いている蔦でベチベチと地面を叩きながら追ってくる。
 体の横に突き出ている枝を軸にして蔦を高速回転させているので、横から見れば車輪のように見えることだろう。

 戦えば負ける――とまではいかないが、苦戦するのは見えている。
 だから逃げるしかないのだが、木霊の大群はなかなか振り切れない。

 次第にラチアの顔に汗が滲みはじめて息が荒くなってきた。
 走る速度も徐々に落ち始めている。

 一方の木霊たちは肉体の疲労がないので追うスピードが落ちない。
 木霊たちを振り切るどころか、走るほど相互の距離が縮まってきている。

「マスター! 木霊さんは段差があるところを移動するのが苦手だから段差のあるところを走ったほうがいいよ!」
「そ、そうなのか……了解だ!」

 ずっと谷川に沿って走っていたラチアはラヴィの助言を聞いて川沿いに繁っている森の中へと逃げ込んだ。

 ラヴィの助言は確かだった。
 ラチアが膝くらいの段差を上ると五匹ほどがそこでもたつき、腰ほどの高さがある岩を飛び越すとさらに半数が脱落した。
 木霊は胴の長さに比して足が短いので、重心が低く倒れやすいようだ。

 道のない森の中を走るのだからラチアのスピードはかなり落ちたが、それ以上に木霊はスピードを落としている。
 大きな段差を越えられない小さな木霊ほど早くに脱落し、追いかけてきているのが大きな五メルク越えの一匹だけになった時にラチアは足を止めてラヴィを降ろした。

「ラヴィ、ちょっと離れていろ。一匹だけならイケる!」
「え!? 戦ってる間に、せっかく振り切った木霊さんたちが追いついてきちゃうよ?」
「大丈夫だ。それまでにカタをつける!」

 ラチアは「持っててくれ」と担いでいたバックパックをラヴィに押しつけて体を翻すと、追いすがってくる木霊に向かって突っ込んだ。

「ぼぉ!?」

 追っていた人間が急に反転して向かってきたので慌てた木霊は足(根)を地面に突き刺して急停止して素早く迎撃の態勢を整えた。

『ちっ、妙に戦い慣れている。こいつが群れの長か!?』

 ラチアがそう感じたのは間違いではなさそうで、この木霊は他の木霊にはない茨の冠を頭上の葉に巡らせて胴体には大きな琥珀を埋め込んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処理中です...