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What is your missing item(探し物はなんですか) 3

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 走りながら剣を抜いたラチアは大きな石に足を掛けて跳び上がり、薪割りのように思いっきり剣を振り下ろした。

 木霊はその場から動かずにラチアの剣撃を大きく身をよじって躱したが避けきれずに頭部の枝葉が斬られ周囲に木の葉の雨を降らした。

 木霊が動かなかったのには理由がある。

 木霊は停止に使った足をさらに地中深くに食い込ませていた。
 そうしないと戦えないくらいに木霊の重心は高いからで、足を埋めて戦い易くした反面、地に生えた大木と同様に木霊はその場から動けなっている。

 ラチアの斬撃で葉を斬られたものの木霊本体へのダメージはない。

 木霊は怯むことなく太い枝を腕のようにしならせてラチアの胴を横薙ぎにした。
 しなりを利かせた木霊の攻撃は速く、避けられないと瞬時に判断したラチアは枝を切断することで攻撃を回避――しようとしたが、ラチアの剣は枝に深く食い込んだだけで切断するには至らなかった。

「ぐあっ!」

 圧倒的な力で胴を打たれたラチアの体は一瞬宙に浮いて雑木をなぎ倒しながら転がった。

「マスター!?」

 離れた場所からラヴィの悲鳴が上がる。

「おぅぐ。げふっ! がはっ! ……くそっ、刃を垂直に当てることもできないとは思っていた以上に勘が鈍っているな」

 枝を斬ろうとして剣を当てた分だけ衝撃は弱まっていたけれど、それでも黄色い胃液を吐くほどのダメージを腹部に負った。

 ラチアは手の甲で口元を拭い、歯を食いしばりながら体を起こしてもう一本の剣を抜いた。
 先に抜いた方の剣は木霊に食い込んだままになっている。

 ラチアが必死の形相で木霊に剣を向けると木霊は耳を劈くほどの大きな声を発した。

「ぼおおおおおぉぉぉぉぉ!」

「ちっ! 仲間に位置を知らせたのか!?」

 片手で耳を押さえながら横に目を流すと木陰に隠れていたラヴィは苦しそうに頭の耳を押さえていた。
 耳が良いのが災いして今の大声がラヴィには物理的なダメージになったらしく、頭を棍棒で打たれたかのようにフラフラしている。

『アイツのためにも早くケリをつけて、ここを離脱しないとな』

 ラチアは木霊を中心にして一定の距離を保ちつつ背後に回り込んだ。

『今の木霊は動けない。ならば、それを最大限に利用しよう』

 ラチアはそう考えたのだが、相手は人ではなくアニオンでもない。怪物モンスターだ。

 生物の領域を踏み越えた存在はその身体も普通の生物の理論を越えた動きをした。

 木霊の正面にある目玉らしき丸い花がラチアの動きに合わせて幹の表面を横に移動してラチアを見据えている。
 どこまでが木霊の目の移動領域なのか確かめるためにラチアは木霊の回りをぐるりと一周した。
 木霊の目もラチアに合わせて一周した。

「くっ……正真正銘の怪物だな」

 枝の攻撃を警戒してなかなか攻撃範囲内に入ってこないラチアに苛ついた木霊は体に巻き付けていた何本もの蔓を伸ばして鞭のような攻撃を仕掛けてきた。

 ひゅんひゅんと風を斬りながら襲い掛かってくる蔓の鞭をラチアは一つ一つ丁寧に捌き、避けきれない攻撃は斬り落とした。

 枝ほどの太さがあると斬れないが枝に比べれば柔らかくて細い蔓は今のラチアでも切断できた。

 木霊は細い蔓での攻撃ではラチアには効かないと判断したらしく攻撃を中断して蔓を真上へと持ち上げて何本もの蔓が螺旋状に束ね始めた。
 どうやら木霊は細い蔓をよじり合わせて簡単には切断されない一本の太い鞭を作り出そうとしているらしい。

 効かない攻撃はすっぱり諦めて次の手を臨機応変に編み出す木霊の戦闘センスにラチアは舌打ちをした。

「くそっ! 本当に嫌になるくらい戦い慣れてやがる!」

 そう言うラチア自身もかなり戦い慣れている。

 木霊が作り出そうとしている太い蔓の鞭は完成するまで暫くかかりそうだと見切って、ラチアは木霊の間合い深くへと飛び込んだ。

 今のうちにに木霊を倒さないとラチアの勝ち目が極めて薄くなる。
 長射程の蔓攻撃がなくなっているものの木霊のもう一つの武器である枝は健在。
 木霊は枝の攻撃が届く範囲に飛び込んで来たラチアに枝をしならせて攻撃を仕掛けた。

 爪や牙で攻撃をするタイプのモンスターに比べればさして脅威にならないように見える木霊の枝攻撃だが、見かけに反して殺傷能力はかなり高い。
 しなりのある木刀で襲われているようなもので、まともに当たれば骨を砕かれるし、当たり所が悪ければ一撃で死に到る。

 ラチアは木霊の枝攻撃をギリギリで躱しながらさらに木霊へと近づいた。
 そうすることでラチアの勝率が飛躍的に上がるからだ。

 枝の攻撃は脅威だが木霊の幹にくっつけばどんなに枝をしならせても攻撃が届かない。
 そこはラチアが一方的に攻撃できるセーフティゾーン。
 木霊もそれが分かっているからか、必死になって身体中の枝を振り回してラチアの接近を阻んでいる。

 横薙ぎに襲ってくる枝をラチアは伏せて躱す。
 縦に振り下ろしてくる枝は転がって避けた。

 とても格好の良い戦い方ではなかったけれど格好なんて気にしていられない。
 ラチアは着実に木霊へと接近した。

 ジリジリと詰め寄ってくるラチアを見て木霊は一旦全ての枝を引いて枝の間隔を揃えて格子状の攻撃を仕掛けた。
 これならラチアがどこに避けても必ず一撃は命中する。

 木霊の利口クレバーな攻撃に対してラチアは何の考えもなく反射的に剣を突き上げた。

 カシュ!

 ラチアの剣が硬い枝を一刀両断。

 斬られた枝は葉を散らせながら落ち、切断面からは血液のように大量の樹液が噴き出した。

「やった……そうだ、この感覚だ!」

 ラチアは確かな手応えを感じた。
 追い詰められてやられる覚悟で振った必死の反撃はラチアに現役の騎士だった頃の感覚を呼び覚まさせた。

「ぼおおおおぉぉぉぉぉ!」

 木霊は枝を切られても痛みを感じない。
 だが、体の一部を切り落とされた怒りはあるようだ。

 吠える木霊は目の役割を持つ花の花弁を大きく開いてラチアを睨みつけた。
 中央から溢れる黄色い花粉は涙のようにも見える。

 木霊は怒りのままに体を大きくうねらせながら、やみくもにラチアに枝を叩きつけた。

 カシュ! カシュ! カシュ!

 右、左、真上、あらゆる方向から襲ってくる枝をラチアは庭木を剪定するような容易さで次々に斬り落としながらさらに踏み込んだ。
 戦闘の勘が戻り始めたラチアには枝の攻撃がもう通用しなくなっている。

 ブンッ!

 一際太い枝がラチアを叩き潰そうとして振り下ろされた。
 それはラチアが初撃で斬り損ねたもので、枝の中程にはまだラチアの剣が食い込んだままだった。

「もう、それにやられはしない!」

 ラチアはさらに一歩踏み込んで体を横に開いて鼻先ぎりぎりを通過した枝を下から掬い上げるように斬り上げた。
 木霊が枝を振り下ろすパワーを刃で受けながら手首のスナップを効かせて振り切る。
 さっきは斬れなかった枝が回転しながらラチアの足元に落ちた。

「ぼおおおおぉぉぉぉぉ!」

 最も太い枝を断面も鮮やかに切断されて木霊は吠えた。

 ラチアは斬り落とした枝から剣を引き抜くと両手に一本ずつの剣を持って木霊との戦いを継続させた。
 ラチアの体格に比べてやや小ぶりだった剣は二本を同時に操ることでしっくりとバランスが取れた。

 これがラチアの本来の戦闘スタイル。

 手で蚊を叩くように木霊が左右から枝を振ってラチアを叩き潰そうとしたがラチアは左右の剣で同時に枝を斬り落として一気に木霊の幹にとりついた。

 木霊にしがみついたラチアは剣で木霊の本体とも言うべき幹の表面をぎ落とす。

 木霊はグネグネと幹をしならせてラチアを攻撃しようとしたが枝はそこまで柔軟に曲げることができなくて当てることができない。
 身体をよじってなんとかラチアを引き剥がそうとするもののラチアも必死になってしがみついているのでふりほどけない。

 がすがすと鉋掛かんながけをするように木霊の皮を削っていたラチアの頭上にふと陰が差した。

 咄嗟の勘で横に転がったラチアのすぐ側に太い杭が突き立つ。

 ズンッ!

 地を抉り、周囲の木々を揺らすほどの威力を持った一撃。
 大きく後ろに跳んで見上げると木霊の頭上で蔓を束ねた最強の武器が完成していた。

「ちっ、完成までに倒しきれなかったか……」

 うねうねと蠢く蔓の集合体は動きが鈍そうではあるけれど、かなりの威力がありそうだ。
 しかも元が蔓だから柔軟性があるので今のように幹近くでも攻撃できるし、射程も長い。

 これで木霊の近くも安全ではなくなった。

 ラチアが舌打ちしながらさらに間合いを空けたとき背後からラヴィの声が飛んできた。

「マスター! 他の木霊さんたちがすぐ近くまで来てるよ!」

 長い耳を立ててラチアたちがやってきた方角を指している。
 ラチアからはまだ何の気配も感じなかったがラヴィが言うのならそうなのだろう。

「わかった!」

 ラチアは木霊の蔓攻撃を転がりながら避けて、それまでの攻撃で削ぎ取った木霊の皮を三枚拾いあげると、そのまま猛ダッシュでラヴィのほうに駆け戻ってきた。

「逃げるぞラヴィ! 走れ! 早く早く!」

 突然戦闘を中断して戻ってきたラチアに追い立てられてラヴィは預かっていたバックパックを両手で抱えたまま逃げ出した。

「ぼお!? ぼおぉぉ!」

 ラヴィたちの背後で木霊が吠えている。自分の身体を削ったラチアに激怒しているらしく、ここで戦闘を中断するつもりはないらしい。
 けれど、重心を安定させるために地中深くまで打ち込んだ足がなかなか抜けない。
 ぎしぎしと激しく身をよじってはいるけれど移動できるようになるまで暫くかかりそうだった。

「マスター、倒さなくてよかったの?」

 ラチアの横をちょこちょこと走るラヴィがラチアを見上げながら訊くと逆に訊き返された。

「《木霊の皮》は手に入ったんだ。どうして倒す必要がある?」
「あ、そっか。……え? でも、マスターはまだ戦おうとしてたよね?」

「あぁ、胸の琥珀コハクが気になってな」
「琥珀?」

「木の樹脂が固まって出来る天然の宝石だ。それの大きなやつがアイツの胸に埋まっていた。あわよくばあれも貰いたかったんだが……タイムアウトだ」
「そっかぁ。ところで、いつまで走ればいいの?」

 耳を後ろに回して追ってくる物音を探っていたけれど木霊たちが追ってくる音は聞こえなくなっている。
 どうやら追いかけるのを諦めたらしい。

「とりあえずこの谷を抜けるまでは走れ。この周囲に他の木霊がいないとも限らないからな」

「うん! わかった!」
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