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六章
鉢合わせ1
しおりを挟む「駅前にできた新しい店」というのは、わたしがSNSで見つけた、マフィンとプリンのカフェのことだった。
『Blue』を出て、上月くんと歩き目的地に着いたところで、わたしは驚いた声を出した。
「ここ……! 今日行こうと思ってたお店だ……です!」
「あ、本当? それならよかった。やっぱり、この辺りの地域の人たちも注目してるってことですから」
彼は安心したように笑って店の外観を眺める。なんの気無しに眺めてるだけのように見えて、きっといろいろなポイントをチェックしているのだろう。こういうときは車は使わず、街並み含めて体感するようにしているのだそうだ。
それは、店内でも同じで、ゆったりとした長椅子や、アンティーク調の調度品を見る視線のなかに、きちんとお仕事目線が混じっている。時おりちらりと目つきが変わる彼を、わたしはとても興味深く見ていた。
「なんですか……。恥ずかしいんでやめてください」
とうとう上月くんは音を上げたように鼻の頭をぽりりとかいて、わたしにメニューブックを渡してきた。
「やっぱりやめとけばよかった」
「な、なにが?」
「こうやって貴女とくることを、ですよ。どうしたって楽しくなって、仕事じゃなくなるから」
「ち、ちゃ、ちゃんと仕事してるよ!大丈夫! さっきもしっかり色々見てたし!偵察ばっちり」
「しーっ。そんな大きな声で言わないでよ、先輩」
「あっ、ご、ごめ……っ」
わたしはメニューブックに隠れるように頭を縮めた。不審がられていないかと周りを見渡す。
「……っ、やばい、先輩面白すぎます」
彼はくすくす笑い出した。また、からかわれたのだろうか。わたしは口をへの字にして髪を何度も耳にかけ、彼を睨んでから、メニューへ目を移した。
「なんでも頼んでくださいね。今日は僕の助手ということなので、奢りますよ」
「……、ふだん食べられないような高いメニュー、頼んでしまうかもしれませんよ」
「どうぞどうぞ。あ、でも、ちゃんと好きなものにしてくださいね」
ひとしきり笑った後、彼はそう言って椅子に深く座り直し、膝の上で軽く両手を組んだ。その優雅な仕草はほんとうに、イケメン若手起業家がインタビューを受けてるみたい。でも、少しだけ、目の下に影がある気がする。
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