上 下
34 / 55
六章

鉢合わせ1

しおりを挟む

「駅前にできた新しい店」というのは、わたしがSNSで見つけた、マフィンとプリンのカフェのことだった。

『Blue』を出て、上月くんと歩き目的地に着いたところで、わたしは驚いた声を出した。

「ここ……! 今日行こうと思ってたお店だ……です!」
「あ、本当? それならよかった。やっぱり、この辺りの地域の人たちも注目してるってことですから」

彼は安心したように笑って店の外観を眺める。なんの気無しに眺めてるだけのように見えて、きっといろいろなポイントをチェックしているのだろう。こういうときは車は使わず、街並み含めて体感するようにしているのだそうだ。
それは、店内でも同じで、ゆったりとした長椅子や、アンティーク調の調度品を見る視線のなかに、きちんとお仕事目線が混じっている。時おりちらりと目つきが変わる彼を、わたしはとても興味深く見ていた。

「なんですか……。恥ずかしいんでやめてください」

とうとう上月くんは音を上げたように鼻の頭をぽりりとかいて、わたしにメニューブックを渡してきた。




「やっぱりやめとけばよかった」
「な、なにが?」
「こうやって貴女とくることを、ですよ。どうしたって楽しくなって、仕事じゃなくなるから」
「ち、ちゃ、ちゃんと仕事してるよ!大丈夫! さっきもしっかり色々見てたし!偵察ばっちり」
「しーっ。そんな大きな声で言わないでよ、先輩」
「あっ、ご、ごめ……っ」
わたしはメニューブックに隠れるように頭を縮めた。不審がられていないかと周りを見渡す。
「……っ、やばい、先輩面白すぎます」

彼はくすくす笑い出した。また、からかわれたのだろうか。わたしは口をへの字にして髪を何度も耳にかけ、彼を睨んでから、メニューへ目を移した。

「なんでも頼んでくださいね。今日は僕の助手ということなので、奢りますよ」
「……、ふだん食べられないような高いメニュー、頼んでしまうかもしれませんよ」
「どうぞどうぞ。あ、でも、ちゃんと好きなものにしてくださいね」

ひとしきり笑った後、彼はそう言って椅子に深く座り直し、膝の上で軽く両手を組んだ。その優雅な仕草はほんとうに、イケメン若手起業家がインタビューを受けてるみたい。でも、少しだけ、目の下に影がある気がする。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:22,259pt お気に入り:1,367

聖☆ヒロイン学園は悪役令嬢・塾と対決する

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

踏み台令嬢はへこたれない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:169

運命の番(同性)と婚約者がバチバチにやりあっています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:667pt お気に入り:29

浮気αと絶許Ω~裏切りに激怒したオメガの復讐~

BL / 連載中 24h.ポイント:27,599pt お気に入り:528

【R18・完結】騎士団長とは結婚したくない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:1,170

処理中です...