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5話ー2

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 婚礼式はデインハルト一族の習慣に則り、千年もの歴史を持つという真っ白な造りの聖堂で行われた。デインハルト家は国王の一族と同じくらい古い歴史を持っているが、王都での華々しい生活を好む貴族階級とは違い、どちらかというと地方に身を置きながら王国を支える武骨な一族でもあった。

 ルーシーが言った、謎に包まれているというのは本当で、厳粛で地味という以外、王都の貴族たちはデインハルト家のことをそんなに詳しくは知らない。今回の婚礼式も華々しいというよりは少人数で慎ましく厳かに行われたのである。

 だが、地味な式にもかかわらず、聖堂には王家からの贈り物が飾られていた。王家の紋章を精巧に彫刻した見事な銀の盾は、それだけで白い聖堂の中に威光を放っていて、招待されたベルリーニ伯爵は度肝を抜かれたようだった。普通、よほど名のある諸侯でない限り、国王の紋章など賜ることはないからである。

 とはいえリリシアはそれどころではなかった。
 何もかも初めてであり、ベルリーニ家を出発する馬車に乗っている時から緊張していたので式が華やかだろうが慎ましがろうが、とにかく粗相のないようにするのに必死だった。

 それに、一番の問題は彼女の不眠が続いていたことだ。きちんと寝ようなどと決めてはみたものの、薬草茶や快眠に効く運動など自分なりに調べても全く効果はない。醜い獣人の接近は一日一日と近く、長くなってきていた。
(このままでは、あれに触れられてしまう)
 リリシアは今朝も恐怖で寝汗をびっしょりかいて飛び起きた。肩が疼く。眠るのが怖い。

 リリシアは寝台の上で膝を抱え顔を埋めた。どうしようもない孤独と不安が襲う。
 家族に冷たくされてきたとはいえ、この部屋は彼女だけの安らげる空間だった。だがもう見知らぬ館で、見知らぬ人物ー変人かもしれないーにつくす生活が始まるのだ。

 おそらくこれは、嫁ぐことが決まった女人なら誰もが経験する憂いなのだろうが、彼女にそれを教える人はいない。「大丈夫、なにもかもうまくいくわ」とリリシアを励ます言葉はこの家のどこからも聞こえてこなかった。

 その代わり。
 リリシアはいつものように胸のペンダントを握りしめた。とてもあたたかい。彼女は朝の日差しに金の石を掲げてみた。蜂蜜色に輝く石は、父と母の面影を運んでくれる。大丈夫よ、と言ってくれている気がした。
(そうね。がんばるわ)
 誰もいない部屋で彼女は一人、頷いた。

 扉が開く。
「さあ、長い一日の始まりですよ。リリシア様」
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