戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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直江山城、西へ行く

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「幕府は最上家の内紛に介入するつもりなのでしょうか?」

「恐らくはそうなのであろう」

 兼続は渋い顔をする。

 最上家は足利家の血筋も受け継ぐ名門であり、戦国時代の前までは羽州探題を代々世襲してきていた。戦国時代に入っても、中期以降発展を続けてきており、特に奥羽の驍将とも称される最上義光は、父を隠居させて実権を握ると、反対派の一族をことごとく粛清し、更に近隣の城主らを次々と平定。出羽南部に大きな勢力を築くに至った。

 更には関ケ原で東軍について、上杉氏と激突し、これを撃破したことで戦後には山形57万石まで加増し、奥州では伊達、蒲生に続く大大名となった。

「わしらは関ケ原で領地を削減されて、苦労をしたが……」

 景勝が溜息をつく。

 本来なら、大名が加増されればその臣下との関係は良くなるはずである。しかし、最上家は有力な城主を遠ざけて置くような外様政策をとっていたこともあって、城主達の中に最上家の家臣という意識は低く、領地が増えても近隣の同格の城主との比較になり、最上家へ忠勤を尽くすというような関係にはならなかったのである。

「出羽守(最上義光のこと)は、一にも二にも最上宗家の権威創出に進んでいた。言うなれば、最上家は心ではなく、権威で城主を従わせようとしたのでしょう、な」

「兼続、それは違う」

 景勝が制止する。

「出羽守は、あまりにも多くのことができすぎたのじゃ。従って、出羽守以外の人間が当主となった場合に必要な仕組みを作ることができなかった。しかも、唯一、理解しえたかもしれない息子を殺してしまったからのう」

 最上義光は体格にも優れており、巨石を持ち上げたなどの逸話が多数残されている。また、晩年に至るまで祐筆を使わなかったなど、まさに文武両道を体現する人物であった。その義光の資質を受け継いでいたのは嫡男の義康であったが、慶長年間に死亡した。公にはされていないが、最上義光の指示によるものだったと言われている。

「修理大夫(義康のこと)は豊臣家との縁が強かったがゆえに、徳川家による影響もあったとも言われているが、そこについては何とも言えぬ」

 昨年一月、最上義光が病没し、次男の家親が最上家を継承したが、義光の軛がなくなったことで重臣達の衝突が一気に高まった。家親は冬の陣を前に、弟(義光の三男)の義親一派を殺害するなど対立勢力の一掃を図ったが、四男の義忠も反発を強めており、それが今にも至っている。

「一言で言ってしまえば、出羽守がいないところでは最上家は家内騒動ばかりであった。義光ある限りは徳川家も手出しするつもりはなかっただろうが、今や最上家は奥州で最も危うい場所じゃ」

 景勝は溜息をつく。

「わしらも、気をつけねばならぬのう」

「左様でございます、な。ただ、最上の不運はあのような四男がおることでしょう」

 四男の山野辺義忠は、自分が最上家を継ぐ資格があると強硬に主張しており、自派の勢力拡大を山形のみならず、諸大名家にまで広げている。この男がいるがために、最上家の闇の部分がさらけ出された部分もある。

 清廉を重んじる直江兼続にとっては、まさに唾棄すべき人物といえる存在であった。

「最上の領地が半減にでもなれば、我が上杉の領土が広がる。兼続、済まぬが飛騨の件、よろしく頼む」

「お任せください」



 かくして、直江兼続は米沢を出発した。

(本来ならお船も連れていきたいのであるが…)

 嫡男の景明が病気がちであるため、二人は米沢に残っている。

 兼続はまずは江戸に向かった。米沢を出て駕籠を使いつつ、その日のうちに会津へと入る。

 会津若松60万石を治めるのは蒲生忠郷。麒麟児とも称された蒲生氏郷の孫にあたる。

(15年の間に、随分暗い雰囲気になったものよ……)

 歩きながら、兼続は首を傾げていた。

 兼続にとって会津は全く知らない場所ではない。慶長三年から五年にかけての二年間、会津は上杉領であった。そして、その前後の領主はいずれも蒲生秀行である。

 どういうことか。

 会津は戦国時代、蘆名氏の領土であったが、これを伊達政宗が戦国末期に奪い取った。しかし、秀吉の命令により伊達家は蘆名から奪った領土については返還を命じられ、これを領有したのが蒲生氏郷である。

 氏郷が若くして亡くなり、その息子の秀行が受け継ぐと家中不和が発生した。これを治めることができなかったために、蒲生家は宇都宮18万石へと鞍替えになり、代わって上杉家が入ってきたのである。ただし、秀行がこのような処置を受けた裏には、家康の三女の振と婚姻をしていたことについて豊臣家が神経を尖らせたという噂もあり、兼続はその話もまんざら嘘ではないと思っている。

 その後、関ケ原で上杉家が会津を離れると、蒲生秀行が復帰した。さして有能でもなかった秀行が60万石の大身になれたのは一重に妻が家康の娘だったことが大きいのであろう。

 しかし、その秀行は、結局家中をまとめることなく、三年前に30歳という若さで病没し、現在は14歳の蒲生忠郷が当主となっている。年少の当主に60万石という大身が治められるはずもなく、紛争が相次いでいるという話を兼続も耳にしていた。

(山形もあのような状態で、会津もとなると、一体どうなるのであろうか)

 と考えると同時に、首尾よく徳川家に貢献できれば、今後蒲生家が減封された場合などにも上杉家の加増の可能性もある。

(頑張らねばならぬのう)



 四日かけて、兼続は江戸に到達した。

 江戸城に赴き、徳川家光と井伊直孝への面会を求めると、米沢藩邸に入り沙汰を待つ。

 すぐに井伊直孝の使いが飛んできて、ただちに江戸城へと迎え入れられた。

「これは直江殿、遠路はるばるようこそお越しくだされました」

 出迎える井伊直孝のことを直江兼続ははっきりとは知らない。一度か二度、顔を合わせたことがあったかもしれないという程度である。

 しかし、江戸に来て政宗とともに政務をとりしきるようになり、その表情には自信もついてきており、徳川家を背負う屋台骨となりうる風格を備えつつあった。

「いえ、この老骨が飛騨に必要とのことで、奮って参りました」

「かたじけなくございます。伊達殿とも相談しまして、この飛騨のことはどうしても上杉殿か直江殿でなくてはならないと思いまして」

「しかるに、井伊様、それがしはどの程度まで関与すればよろしいのでしょうか?」

 兼続にとって最も気になることの一つはそれである。

 政務を輔弼するといってもあくまで当主に助言をするだけなのか、ある程度のことまでは踏み込めるのか、それだけでも全く違う。助言しかできないのに無視されたあげく失敗して処罰などとなっては目も当てられない。

「はい、家内のことに関しては直江殿が実質的に飛騨を指揮していただいて結構です。出雲守(金森可重)には、家に関することについては基本的に直江殿に従うようにとの沙汰を出します」

 直孝は書状を取り出した。

「こちらです。これと同じものを後ほど高山に送ります」

 そこには確かに、家内のことに関しては全て直江山城守に従うこと、と書かれてあった。

「実際のところ、出雲守が本意を遂げるには直江殿の指示に従うしかないと思われます。反対派は出雲守の言うことを聞きませんので」

「しかし、それがしの言うことを聞いてもらえるという保証もないわけですが、万一うまくいかなかった場合はどのようになるのでしょう?」

 その質問も予想していたのであろう。直孝が大きく頷く。

「まず、播磨の池田の件もありますので、飛騨を失ったからといって上杉家がどうこうということはありません。そこはご安心いただければ」

「左様でございますか」

「我々が一番恐れているのは、飛騨で内紛が起きて、内紛を起こした者が加賀から前田家を呼んでくるということにございます。これだけは何とか防いでいただきたいのです。最悪、金森家がどうにもいかない場合には、金森家の方は処分するということで」

「なるほど。つまり、うまくいかぬ場合には飛騨の南部に主力を集めて、飛騨全土が前田家に落ちることだけは防ぐということでごさいますな」

「左様でございます」

「それならば、何とか……」

「はい。お願いいたします。他に必要なものなどがございましたら、私に申してもらえればできうる限りは工面しますので」

「まだ高山にも行っていない以上、現時点では何とも言えません。後ほど手紙などを送るかもしれません」

「それではお待ちしております。あと、家光様との面会でございますが、明日であれば」

「左様でございますか。せっかくですので、ご挨拶できればと」

「畏まりました」

 直孝との話が終わり、兼続は廊下に出て再び藩邸に戻ろうと入り口へと向かう。

「む?」

 その時、前方から伊達政宗が近づいてくることに気づいた。
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