戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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謀将の子

江戸の秀家

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 二日後。

 江戸城からの正吏が来て、徳川家から赦免が正式決定した連絡がなされる。

 宇喜多秀家は二男の秀継とともに波止場へと向かい、正吏と同じ船に乗って江戸へと向かった。その日のうちに船は江戸に着いた。

「宇喜多殿、久しぶりでござる」

 挨拶に現れた中年の男を見て、秀家は首を傾げた。

「申し訳ないが、どなたでござろう?」

「伊達陸奥守でござる」

「おお、伊達殿…」

 秀家は感嘆の声をあげ、政宗を上から下まで眺めてみた。

「確かに…相変わらずの独眼竜ではあるが、随分と老けたのう」

「それはお互い様でござる」

 政宗が苦笑して答える。

「全くだ。今更流人などを戻してどうなるものでもないと思うのだが…」

「そう思う者もおるし、そう思わない者もおる。ひとまず、当面の世話は当家で行うので、屋敷まで来てもらえぬか」

「承知いたした」

 秀家は了承した。15年も、離れてはいるが、何をすべきかについては理解している。赦免された以上は赦免した相手に対して感謝の意を表さなければいけないし、そのための正装も必要である。

 当然であるが、衣装などは何もないので、誰かに借りるしかない。そのために当面の世話役として伊達政宗をよこしたということであろう。



「何でも、江戸は伊達殿と井伊殿が取り仕切っているとか?」

 案内されながら、秀家が尋ねる。

「取り仕切っているというほどのものではござらぬが、一応拙者と井伊殿が責任者ということにはなっている」

「ということは、わしのことについてもよく知っておろう。おそらく当のわし以上に」

 赦免されたということは分かるが、何せ秀家には15年の空白期間がある。その間に日ノ本がどう変わったか、もちろん、花房正成からある程度は聞いているが、二日の勉強では限界もある。更には自分の立場がどのようなバランスの上に成り立っているのかも分かっていない。

「わしはどうすればいいのだ?」

「…特にこうしてほしいという要望はござらぬ」

「とはいえ、わしが戻ることが、徳川にとって良いと思うから戻すのであろう? ならば、使い道というものを想定しているはずだが」

「どちらかというと、貴殿を戻したいという側の活動によるものでのう。徳川としてはこうしてほしいという要請はないのじゃ」

「わしを戻したい者…、前田家か?」

 政宗は無言でうなずいた。

「しかし、前田と徳川は微妙な関係のようであるが?」

「とはいえ、表向きには対立しているわけではない。そこが巧いところと言える」

「わしの直接の身よりは前田家にいる豪ということになる。前田家に行くことには差し支えないのか?」

「ないと言うか、本当にそうしたいのなら止めようがござらぬ」

「伊達殿、わしは15年ぶりに戻ってきたのだ。そのわしに鎌をかけても何も出てくるものがないことくらい分かろう」

「それは逆かもしれんぞ」

「逆?」

 秀家が政宗の言葉に目を見開く。

「わしらは常に同じところにおるから、ささいな変化に気づかぬ。そうしているうちに大きな変化に気づいていないことがよくある。宇喜多殿は長く離れていたがゆえに、そうした変化がはっきりと見えるであろう。本当に選ぶべきものが何であるかが分かるかもしれぬ」

 政宗が秀家の肩に手を置いた。

「であるから、自分で今の日ノ本を見てもらうのが一番だと思う」

「なるほど…」



 翌日、秀家は、赦免の謝辞を述べるため江戸城に出向いた。

「宇喜多秀家にございます。この度は、寛大なる処置を受けましたこと、真に感謝いたします。この秀家、このご厚誼を生涯忘れず、忠勤に励みたいと思います」

「うむ。秀家よ、期待しているぞ」

「ははっ」

 儀式自体はすぐに終わった。

 その後、秀家が控えの間で休憩していると、一人の男が入ってきた。かつての自分と同じくらいの若者である。片目がないのが印象的であった。

「どなたかな?」

「松平上総介忠輝と申す」

「ほう。ということは、内府殿の息子か」

「左様でございます」

「ふむ。内府殿のご子息が、流人上がりの者にいかなる用向きでござろうか?」

「宇喜多様は江戸を出た後、どこに向かうかお決めになられたのですか?」

「いや、何せ八丈島を出るのも10年ぶりだ。浦島太郎のような気持ちでござるし、ひとまず何がどうなっているかを知る段階でござる。備前に戻るわけにもいかないようであるし」

「金沢か大坂に行くものと思っておりましたが」

「もちろん、候補の一つではあるが、今すぐに決めるのは難しゅうござる」

「左様でございますか」

「とにかく、この江戸の町自体、非常に物珍しいのでな。当分はここに滞在するつもりです」

 秀家はそのように言い、忠輝の関心を退けると、逆に問いただす。

「上総殿は高田で前田に備えているということであるが…、前田はどうなのだろう?」

「今のところは動く気配はありません」

「今のところということは、そのうち動くとお考えか?」

「おそらくは…」

「何故?」

「前将軍が切腹することになったのは、前田の寝返りが原因でございます。豊臣家と同盟を結んだことと、徳川家の前田家に対する遺恨とはまた別の問題。前田もそのことは分かっているはずなので、時を伺っていると思います」

「なるほど。ということは、わしが金沢に行くと、いずれは徳川家と敵対する。上総殿はそう思いながら、上総殿はわしに金沢を勧められたわけか」

 秀家は愉快そうに笑った。忠輝が罰の悪い顔をする。

「…あ、いや、そういうわけではないのですが」

「金沢には妻の豪がおるゆえ、そこに行けば楽ではあるが、いずれ戦場になるとすれば考え直さねばならんのう」

 そう言って、再度笑った。



 それから五日の間、秀家は江戸で多くの者と会い、話をした。

 秀家に関心のある者、そうでない者、打算を抱いていそうな者。

 その日も予定していた面会を終え、伊達屋敷に戻ってくると、片倉重長が書付をしていた。

「殿様が江戸城におるから、こちらのことは片倉殿が決めなければならず、大変であるのう」

「…? いえ、まあ、それがそれがしの仕事ですから」

 今までほとんど会話もしたことがないので、重長が面食らった顔をして、当たり障りのない返事を返す。

「…確かに毎日同じようなことをしていると、小さい変化には気づかぬかもしれぬのう」

「…は?」

「すまぬ。こちらだけの話だ。明日の朝だが、伊達殿に時間があるようなら、少しわしに付き合ってもらえるよう言伝してもらっていいかな?」

「…承知いたしました」



 翌朝。

 秀家が朝餉をとっていると、前に政宗がどっかりと座った。

「重長から聞いたが、わしに話があるとか?」

 秀家は椀を置いて、姿勢を正す。

「関ケ原の前、わしは今の伊達殿のような立場だった…。豊臣家のために働かなければというような思いばかりしておった」

「ふむ」

「今、わしは何のしがらみもない。楽な立場である。そうやって、伊達殿や他の者達の動きを見ていると、なるほど、確かにと思えるところがある。はっきり言うと、今のままでいいと思っておる者と、今のままではいけないと考えている者、そして、どちらでもないが何かを考えているものと」

「ほう、それが分かるのはたいしたものじゃのう。で、今後どうするのだ?」

「まずは四国に行って、秀頼に会うことになろうか。太閤様から秀頼のことを託されていたし、秀頼のためにしてやらねばならぬことがある」

「その後は?」

「その後は、秀頼がどう選ぶかにもよるか、かな」

「分かった。近日中に、九州に向かう船があるから、それに乗っていかれるがよろしかろう」

 政宗の言葉に秀家も頷いた。

 この時、同じ船に松平信綱や益田好次が乗るということを、当然秀家は知る由もなかった。
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