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エピローグ+あとがき
終話
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それから、二年。
元和三年、二月。
「ふわぁぁぁ」
伏見城を出て、松平忠直は大きくあくびをした。
「気楽ですねぇ。ご隠居様」
笑って声をかけるのは、長宗我部忠弥である。
「今頃、城内では領地分けをどうするか右往左往しているでしょうに」
「知らん。二年前に言っただろう。わしは二年で降りると。ここから先は四代将軍の役目じゃ」
忠直は伏見の町を歩く。
「いやいや、こんな感じで地面を歩くのは本当に久しぶりじゃ」
「これから、どうされるのですか?」
「うむ。どうしようかのう」
投げ捨てたのは、至尊の地位と無限とも思わせる束縛。
手にしたのは、完全なる自由と無限とも思われる時間。
「とりあえず、そこの酒場にでも行くとしようか」
酒場に寄り酒を飲み、反物屋に寄り自分達の袖の素を確認する。忠直の楽しそうな様子に忠弥が楽し気に眺めていた。
一刻ほどが過ぎた。
「ご隠居様、誰かを待っているのですか?」
依然として伏見城内の店を散策している忠直に、けげんな顔をしている。
忠直は「ばれてしまったか?」というような笑みで向き直った。
「どうしてそう思う?」
「この伏見に、いたくもないはずなのに無意味に時間を使っているように思えますので。あ、ひょっとしたら、今になって未練があって誰かが呼び戻しに来るのを待っているとか?」
「馬鹿なことを申すな。あんな堅苦しい場所は死んでもご免じゃ。待っている、というわけではないが…」
と語った時、通りの向こうから一人の人物が歩いてくるのが見えた。忠弥がそれを認めて、「あっ」と声をあげる。
「来たか」
忠直が声をかけた。
「参りました」
と答えるのは、真田幸村。
「二年前の約定通り、この老臣も連れていってくだされ」
「もちろん待っていた。しかし、これでいいのか?」
忠直は来てくれた嬉しさを隠さないが、それでも尚、腑に落ちない部分もある。
「祖父が怒るかもしれんぞ。自分の首の代償が、息子の五千石と本人の諸国漫遊の自由だけか、と」
「構いませんとも。息子は自分の力でより大きいものを得るべきでございます。内府殿には申し訳ございませんが、逆に我が 父昌幸は羨ましがると思います。『おまえは内府を討ったという名声を得て尚、果てしない自由を選ぶのか、と』」
幸村の迷いない答えに、忠直も頷いた。
「左様であるか。納得のうえでなら、わしとしては大歓迎であるが」
「それで、ご隠居様はどこに向かわれるのですか?」
「む…。年下の忠弥ならともかく、真田殿にご隠居と言われると何やらくすぐったいものがあるな…。まずは祖父と叔父の墓参でもしようかと思う」
「それはようございます。それがしも、内府殿の墓参を改めてしたいとは思っておりました」
「そうか。紆余曲折あったが、祖父も真田殿が来れば悪い顔はしないであろう…うん?」
不意に背後に気配を感じ、振り返った。
「何じゃ、上総か。わざわざ見送りに来てくれたのか?」
松平忠輝とその妻五郎八が近づいてきていた。
忠直の言葉に忠輝が笑う。
「馬鹿を申すな。おまえの見送りなどすると思うか?」
「…とすると、次の将軍に任命しなかった恨み言でも申しに来たのか?」
忠直が身構えると、忠輝は大声で笑う。
「そんなものは全く期待しておらんわ。むしろ、任命された方が絶望的だ」
「…というと?」
「わしも五郎八も、一線を引いて、日ノ本中の切支丹を見て回りたいと思っていた。そこに前将軍が諸国漫遊をするかもしれないという話を聞いたとあっては、ついていかぬわけにはいかぬだろう」
「何!?」
驚く忠直に、五郎八がにこやかに笑う。
「どうかよろしくお願いいたします。ご隠居様」
「いや、そなたは…諸国漫遊とか平気なのか?」
「はい。殿…失礼、忠輝様とであれば」
「……」
「ご隠居様?」
固まっている忠直に、五郎八が不思議そうな顔をする。忠弥が苦笑した。
「ああ、あの、ご隠居様は御台所様から『出て行きたいなら好きにすればよろしい』と放り投げられたんですよ。ですので、奥方様がついてくる忠輝様を見て失神するくらい驚かれたのだと思います」
「まあ…」
「気に病むことはありませんよ。忠直様は、日ノ本中の武士が羨む天下という美女に懸想され続けながら、それを二年で放り投げたのです。これで武家の女子にまで構われていたら世の中不公平過ぎますので、このくらいでちょうどいいのだと思います」
忠弥の言葉に、忠直以外の三人が笑った。
その笑い声は、空の彼方まで広がっていきそうであった。
完
元和三年、二月。
「ふわぁぁぁ」
伏見城を出て、松平忠直は大きくあくびをした。
「気楽ですねぇ。ご隠居様」
笑って声をかけるのは、長宗我部忠弥である。
「今頃、城内では領地分けをどうするか右往左往しているでしょうに」
「知らん。二年前に言っただろう。わしは二年で降りると。ここから先は四代将軍の役目じゃ」
忠直は伏見の町を歩く。
「いやいや、こんな感じで地面を歩くのは本当に久しぶりじゃ」
「これから、どうされるのですか?」
「うむ。どうしようかのう」
投げ捨てたのは、至尊の地位と無限とも思わせる束縛。
手にしたのは、完全なる自由と無限とも思われる時間。
「とりあえず、そこの酒場にでも行くとしようか」
酒場に寄り酒を飲み、反物屋に寄り自分達の袖の素を確認する。忠直の楽しそうな様子に忠弥が楽し気に眺めていた。
一刻ほどが過ぎた。
「ご隠居様、誰かを待っているのですか?」
依然として伏見城内の店を散策している忠直に、けげんな顔をしている。
忠直は「ばれてしまったか?」というような笑みで向き直った。
「どうしてそう思う?」
「この伏見に、いたくもないはずなのに無意味に時間を使っているように思えますので。あ、ひょっとしたら、今になって未練があって誰かが呼び戻しに来るのを待っているとか?」
「馬鹿なことを申すな。あんな堅苦しい場所は死んでもご免じゃ。待っている、というわけではないが…」
と語った時、通りの向こうから一人の人物が歩いてくるのが見えた。忠弥がそれを認めて、「あっ」と声をあげる。
「来たか」
忠直が声をかけた。
「参りました」
と答えるのは、真田幸村。
「二年前の約定通り、この老臣も連れていってくだされ」
「もちろん待っていた。しかし、これでいいのか?」
忠直は来てくれた嬉しさを隠さないが、それでも尚、腑に落ちない部分もある。
「祖父が怒るかもしれんぞ。自分の首の代償が、息子の五千石と本人の諸国漫遊の自由だけか、と」
「構いませんとも。息子は自分の力でより大きいものを得るべきでございます。内府殿には申し訳ございませんが、逆に我が 父昌幸は羨ましがると思います。『おまえは内府を討ったという名声を得て尚、果てしない自由を選ぶのか、と』」
幸村の迷いない答えに、忠直も頷いた。
「左様であるか。納得のうえでなら、わしとしては大歓迎であるが」
「それで、ご隠居様はどこに向かわれるのですか?」
「む…。年下の忠弥ならともかく、真田殿にご隠居と言われると何やらくすぐったいものがあるな…。まずは祖父と叔父の墓参でもしようかと思う」
「それはようございます。それがしも、内府殿の墓参を改めてしたいとは思っておりました」
「そうか。紆余曲折あったが、祖父も真田殿が来れば悪い顔はしないであろう…うん?」
不意に背後に気配を感じ、振り返った。
「何じゃ、上総か。わざわざ見送りに来てくれたのか?」
松平忠輝とその妻五郎八が近づいてきていた。
忠直の言葉に忠輝が笑う。
「馬鹿を申すな。おまえの見送りなどすると思うか?」
「…とすると、次の将軍に任命しなかった恨み言でも申しに来たのか?」
忠直が身構えると、忠輝は大声で笑う。
「そんなものは全く期待しておらんわ。むしろ、任命された方が絶望的だ」
「…というと?」
「わしも五郎八も、一線を引いて、日ノ本中の切支丹を見て回りたいと思っていた。そこに前将軍が諸国漫遊をするかもしれないという話を聞いたとあっては、ついていかぬわけにはいかぬだろう」
「何!?」
驚く忠直に、五郎八がにこやかに笑う。
「どうかよろしくお願いいたします。ご隠居様」
「いや、そなたは…諸国漫遊とか平気なのか?」
「はい。殿…失礼、忠輝様とであれば」
「……」
「ご隠居様?」
固まっている忠直に、五郎八が不思議そうな顔をする。忠弥が苦笑した。
「ああ、あの、ご隠居様は御台所様から『出て行きたいなら好きにすればよろしい』と放り投げられたんですよ。ですので、奥方様がついてくる忠輝様を見て失神するくらい驚かれたのだと思います」
「まあ…」
「気に病むことはありませんよ。忠直様は、日ノ本中の武士が羨む天下という美女に懸想され続けながら、それを二年で放り投げたのです。これで武家の女子にまで構われていたら世の中不公平過ぎますので、このくらいでちょうどいいのだと思います」
忠弥の言葉に、忠直以外の三人が笑った。
その笑い声は、空の彼方まで広がっていきそうであった。
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