最愛の推しを殺すモブに転生したので、全力で救いたい！

エルフ探索の旅に、出発！

　僕は、レトゥリアーレを殺す、世界一むかつくモブだ。


　それを忘れたことは、ない。

　それを忘れることは、ない。



　いつ、強制力が働くか、解らない。



　僕は、絶対、絶対そんなことしたくない。

　願いは、叶わないかも、しれないから。





　ひんやりする、初夏の夕暮れだった。

　レトゥリアーレがお出かけした、キュトもいない隙を狙って、精霊の樹の
根元に、おでこを擦りつける。


「レトゥリアーレさまが死にそうになった時に、蘇らせる方法があったら、
どうか教えてください」


　キュトが言ってた。
　葉っぱ１枚で、屍さえ、蘇る。


　きっと、きっと、レトゥリアーレを、たすけてくれる。


　滲む涙で祈る僕の前で、ほんのり、精霊の樹が、翠の輝きを放った。

　きらめく木の葉が、さやさや揺れる。
　不思議な言葉が、僕の頭のなかに、流れ込む。

　ひらひら落ちてきた翠の葉を押し戴いた僕は、大切に懐に仕舞った。


「ありがとうございます！
　絶対、絶対おたすけします！」

　深く、地につくほど、頭をさげた。











　ぱぱらっぱっぱっぱー！
　世界中に散ったエルフ探索の旅に、出発です！

　パーティメンバーは、僕、クロ、レトゥリアーレさま、キュトたんだよ。
　クロが出てくれないと前衛いないし、武力少なそうだけど、魔力天元突破で、
負ける気がしない。

　いやちがう、伝説の魔導士は、伝説の双剣士だった！
　エルフの長も、伝説の弓使いな上に、剣の腕もすんごかった！

　楽しく、さくさくゲームができるように、主人公最強チートなんだよ。
　おこのみで前衛も後衛もできるんだよ。

　すご過ぎない？
　歯向かう人、いないよね？　パーティだ！

　さすがチート主人公ふたり！
　おまけの僕も、がんばるよ！


「気をつけてな」

　ジァルデが大きなてのひらで頭を撫でて、

「あまり大きくならないように」

　ゼドがもふもふの手で、頭をぽふぽふしてくれる。

　精霊の樹がさやさや揺れて、精霊の泉がきらめいた。
　あちこちで踊る精霊たちが手を振って、魔山羊のお母さんとお兄ちゃんが、
頷いてくれる。


「いってきます！」

　大きく手を振った僕は、世界へと踏み出した。









　キュトの転移の魔法が、銀の光を失ってゆく。
　不思議な魔紋が、銀の光の粒になり、弾けるように大気に溶けた。

　僕が目隠しの闇の魔法を掛けたから、人前に突然現れても大丈夫！


「わー、なんか、人間いっぱいで、いやー」

　フードを深くかぶるキュトに全力で同意しながら、僕も深くフードをかぶる。
　街の喧騒は少し遠くなったが、たくさんの人の気配に、喉が詰まった。



　この世界には、人界、魔界、精霊界の３界があると言われてる。

　次元がちょっとずれてるのか、層みたいになって重なってると考えられてる
みたいだよ。

　人界と魔界は、物凄く魔力の強い者なら、行き来できる。
　ふつうの人間は無理だ。
　魔物は魔力のある生き物なので、来ようと思えば人界に来れるみたい。

　精霊界は、人界と魔界と境界を接しているらしい。
　今はエルフさえ行くことはできないけど、向こうからは来れるという。

　精霊さんたちとかね。
　精霊の樹も、精霊の泉も、精霊界の樹と泉なんだよ。
　呼べるエルフは、精霊と人との子の子孫なんだって。

　キュトが貸してくれた『よくわかる世界のしくみ』に載ってた！


　人界や魔界と関わりたいと思う精霊が滅多といないので、精霊界は伝説だ。

　人間たちは、魔界を、おぞましく恐ろしいところだと思ってるみたいだけど、
めちゃくちゃ長閑でいいところだよ！


　人界が一番、ごちゃごちゃしてる。と思う。

　都となれば、多くの人がひしめき、行き交った。
　前世の休日の繁華街みたいな人混みだ。

　大通りに数多の出店が連なり、呼び声が耳を打つ。
　蚤の市みたいなお店を覗く人、忙しなく歩く人でいっぱいだ。

　コミュ障、引きこもりの僕には、苦手な場所だ。
　出発して３分で帰りたくなる僕、がんばれ！


「人が多いと、人に酔うから。
　だいじょうぶ？　ルル」

　僕の頬に、そっと、レトゥリアーレの長い指がふれる。


　レトゥリアーレの透きとおる蒼の瞳が、やさしい――！
　はぁあ、僕の最愛の推し、最高――――！


　とろける僕を、クロの尻尾が、ぱふぱふ、はたいてくれる。

　うう、ありがとう、クロ。
　僕、レトゥリアーレに毎瞬うっとりして、意識が遠くなるんだよ。



「な、なんか、む、むかちゅく――――！
　行くよ、ひめ！」


　僕の手を握って歩き出すキュトに、あわてて続いた。