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なつかしのエルフ
しおりを挟む「こんなに人の沢山いるところに住んでるんだね」
ごちゃごちゃの人波に、僕はぽかんと口を開ける。
「多くの人がいれば、攻撃しにくいからな。
人里離れたところに住んでいると、すぐ殺されると思ったんだろう」
「なるほど」
レトゥリアーレの言葉に頷きながら、人込みを掻きわける。
キュトが作ってくれた魔道具はとても優秀で、すぐにエルフの住処を教えてくれた。
エルフの気配は、すぐわかる。
最愛の推し、レトゥリアーレに、似ているからだ。
大きな街の大通りを抜けて裏道を何本も入った、目立たない平屋の住まいで、探査機はちかちか光を放った。
ノックして訪問だと、居留守を使われたり、面倒なことになるかもしれない。
だって、僕、悪魔の子って言われてるんだよ。
まともな対応は望めない。
と、いうことはー
強行突破だ。
扉に手を掛けた僕の指が、止まる。
「わあ!」
ビ、ビリビリする──!
な、何これ!
びっくりして手を離したら、慌てたようにレトゥリアーレが大きな掌で包んで、僕の痺れた手を癒してくれた。
「すまない、私が開ければよかった。
大事ないか、ルル」
「だ、だいじょうぶです!
ちょっとびりっとしただけだから!」
大丈夫じゃないのは、顔の近さです!
近い近い近い────!!
麗しのご尊顔が近すぎる────!!
鼻血を噴いて倒れそうな僕を、ぽふりとクロが支えてくれる。
キュトがふくれて、レトゥリアーレは忌々し気に扉を睨みつけた。
「エルフ以外には開けられぬ鍵だ」
レトゥリアーレが扉に手を掛ける。
不思議な銀の紋様が浮かびあがり、エルフの長の前に、あっさり扉は道を開いた。
部屋は薄暗かった。
窓が雨戸まで締め切られている。
古びた木造の部屋のなかには、角の円くなった机と椅子が2脚置かれてあった。
片方の椅子に、エルフが腰かけている。
腐った果実の匂いがした。
「だ、誰だ!」
椅子からエルフが跳びあがる。
キュトとレトゥリアーレを押さえ、僕は前に出た。
「お久しぶりです、タズェさん」
死ねと嗤って、僕に毒を飲ませたエルフだった。
なつかしいも、憎しみも、怨みも、何も湧かない、静かな声が出たことに、安堵した。
僕は、もう、鬼じゃない。
言い聞かせるように、指を握る。
「タズェ、どうした!」
部屋の奥の扉が開いて、エルフが飛び込んでくる。
タズェの兄、ロズェだ。
僕の腕を、粉々に砕いたエルフだ。
目深に被ったフードを取り払った僕に、タズェもロズェも目を剥いた。
「あ、悪魔の子────!」
「ば、化け物──……!!」
赤ちゃんのはずが、16歳になってたら、びっくりすると思う。
納得しかけた僕を守るように、レトゥリアーレが前に出た。
「そなたらは、ルルの殺害を図ったな」
「れ、レトゥリアーレさま──!」
跪こうとするロズェを、タズェが制した。
「こいつは、俺らエルフを捨てたんだ────!」
タズェの叫びに、ロズェの顔が歪む。
エルフたちに睨みつけられたレトゥリアーレを背に庇い、僕は前に出た。
「二百年もエルフを守り、皆を生かそうとしたレトゥリアーレさまの御心を、なぜ疑うのですか。
エルフが危難に曝された時に助けようと、こうしていらっしゃったのに──」
「悪魔の子を育てる者など、エルフじゃない────!」
「お前が、レトゥリアーレさまを誑かしたんだ!」
「悪魔に誑かされる者など、ダークエルフだ!!」
唾を撒き散らし、エルフたちは、僕を、レトゥリアーレを蔑んだ。
僕のことは、何を言われても、仕方ないと思う。
悪魔の子は、ちょっとさみしいけれど。
魔王と繋がる闇は怖いという気持ちは、理解できる。
だから、平気だ。
でも、レトゥリアーレを嘲る輩は、ゆるせない。
キレそうになる僕から、闇の魔力が噴きあがる。
「あ、悪魔め────!!」
叫ぶエルフたちの芳しいはずのかんばせが、歪んでいる。
誰かを悪し様に蔑む顔は、みにくい。
その心を、映すように。
ブチギレるのを何とか堪えた僕は、キュトが作ってくれた魔道具を取り出した。
「危機が迫った時、ここを押してください。
……助けに来ます」
気が向いたら。
口のなかで思わず呟いて、手渡そうとした魔道具が、払われた。
古ぼけた床に叩きつけられた魔道具が、硬い音を響かせた。
「穢らわしい──!」
「悪魔の施しなど、誰が受けるか!!」
タズェとロズェが叫んだ瞬間だった。
その心臓から、切っ先が飛び出した。
銀の刃から、赤い血が、滴り落ちてゆく。
「ぐ、ぁ──……!」
一瞬でエルフたちの背後に回ったキュトの双剣が、ふたりの心臓を貫いていた。
「キュトたん──!」
悲鳴をあげた僕に、キュトは紫紺の瞳を眇める。
「僕はさあ、お話のなかでさえ、僕が大切に思う人を殺そうとした輩が、恩赦を受けて、のうのうと生き延びて、げへげへ笑って、また殺しにくるのが、大っきらいなんだよね」
氷の声だった。
「僕のひめさまを殺そうとしたくせに、なんでそんなに偉そうなの?
ゆるされると思ってるわけ?
僕のひめさまに暴言吐いて、生きてゆけると思ってるの?
反吐が出るほど、甘いなあ」
紫紺の瞳が、凍てついた。
「れ、トゥり、あ、レ……さ、ま…………」
伸ばされた、ロズェとタズェの手を、レトゥリアーレの蒼の瞳が見つめる。
「私に長年仕えてくれたことには、礼を言う。
だが我が最愛のルルを殺そうとした、そなたらには、殺意しかない」
蒼の瞳が、冴え凍る。
心臓を貫かれたエルフたちの瞳が、絶望に染まった。
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