18 / 61
まっか
しおりを挟む「足の裏を火傷されたのですな。見せてくだされ」
おばあちゃん医士の言葉に、レーシァは足をあげる。
「よろしくお願いします」
痛いのを治療してくれるのは、ありがたい。
「ふむふむ。火傷ですな。かなりひどい。お顔や手も拝見してよろしいか」
「は、はい」
おばあちゃん医士のしわの手が、やさしく頬を、ひたいを、首を、指を、注意深く診てくれる。
股間には、さわられなかった。
ほっとするレーシァの肌を見つめた医士が、心配そうに眉をさげる。
「グァダナ帝国では陽射しがとても強いでな。御身にはお辛かろう。ヨアから来なすったかね」
「はい」
生まれはニベ公国です。
言っていいのかわからなかったので、黙った。
「肌が赤く腫れておる。日焼けというより、かるい火傷だの。ヨアにいたときは、どうしておられた?」
「日傘を持った人がついていてくれました」
「すぐ日傘をご用意いたしますと申しあげたいところですが、おそらくこの部屋をお出になることは、もうないかと」
眉をさげるヒノに、医士は部屋を見渡した。
「すべての窓に、紗を。暗い色の紗がよいが部屋が薄暗くなってしまうからの。白は陽射しを遮る効果が薄いのでな、おすすめできん。やわらかな色の紗なら、構わん。中庭にお出になるときは、必ず日傘を差し、肌をすべて覆ってたもれ。頭から紗を被られるとよい。薄い紗なら見えるだろう」
「必ず、そのように」
うやうやしく右手を胸に膝を折るヒノは、さっきまでくるくる表情を変えていた少年と思えぬほど落ちつき払っていた。
職務につくときと普段とで、八歳の少年がこれだけ顔を変えられるなんて、すごい。
ぽかんとするレーシァに、ヒノが片目をつぶった。
思わず笑ってしまったレーシァに、医士が瞬く。
「あ、診察の途中に、笑ってしまって……」
『申しわけありません』続きそうだった謝罪をのみこんだ。
『謝らない』これが一番むつかしく、心が痛い。
眉をさげるレーシァの足を消毒し、軟膏を塗り、包帯を巻いてくれながら医士はゆるく首を振った。
「いやいや、精霊の御子などおるものかと思うておったのですがな……これはこれは。陛下がお連れになったわけが、すこうしわかりました」
レーシァの赤くなった頬や額に軟膏を塗ってくれながら、医士が微笑む。
「精霊の御子さまのお子をとりあげる日を、楽しみにしとります」
しわの目じりをさげた医士が帰ってゆく背を、申しわけなく見送った。
「……子どもは、無理です……」
男なので。
ごめんなさい。
頭をさげたいのを我慢する。
面白そうに笑ったヒノが、手をあげる。
「紗をもらってくるよ。皆で窓に紗をさげるから、それまで寝台でおとなしくしててね」
天蓋の白い紗をおろしてくれたヒノが、部屋に鍵をかけて出て行ったと思ったら、たくさんの少年たちを連れて戻ってきた。
皆で窓にやわらかな色の紗をかけてくれる。
「急ごしらえだから、色がそろわなくて、ごめん」
色とりどりの紗がかかる部屋は、途端にあざやかになった。
「とてもきれいだ。ありがとう」
微笑んだら、手伝ってくれた少年たちが真っ赤になって、右手を胸に膝を折ってくれた。
「おつかれさまでした。お腹減ったでしょう。ご飯にしよっか」
微笑んだヒノが用意してくれたご飯は、野菜や肉、果実や麦を使った豪勢なもので、ヨアでは精霊祭やお祝いの席に食べたような品がいくつも並んだ。
はちみつのたっぷりかかった菓子まである。
「……あ、あの……これ……今日は何かのお祝いの日なの……?」
「ふつうのご飯。庶民は朝と夕方の二食だけど、後宮では三食だな。ぽちゃっとしてくれたほうが、子を産めそうという迷信があるのかも」
並べたご飯を少しずつ小皿にとってくれたヒノが、レーシァの顔を覗きこむ。
「食べられそうなもの、ある? 精霊の御子は、肉はだめ、とかあるのかな」
「食べるな、と言われてた」
『精霊の御子の清浄な力が、血によって穢れてはいけませんから』
血を流さない植物は、屠って食べても穢れないという理屈が、わからなかった。
おなじ、生きる、命なのに。
命を殺して食べることは、変わらないのに。
殺して食べないと、生きられないのに。
うつむくレーシァに、ヒノはあわてたように肉の皿を下げてくれる。
「ご、ごめん、やだった? ごめんな」
レーシァは首を振った。
化け物だった時は、肉なんて高価なものは食べられなかった。
精霊の御子になった後は、野菜と麦、豆と乳で命を繋いだ。
ご飯をいただけること、命をいただけることを、とてもありがたいと思っている。
ヒノが取りわけてくれたご飯は、ヨアの国とはちがう香辛料の香りがした。
揚げてあったり、蒸してあったり、炒めてあったりと、料理法も多彩で、生のまま食べる野菜の新鮮さに目をみはる。
「……すごい、ね」
「へへ。まわりはぜんぶ砂漠だけど、地下水で野菜を育ててるんだ。
攻撃されにくいし、砂漠が俺たちを守ってくれてるんだよ」
熱い砂と陽射しの国、グァダナ帝国。
ちいさな森と水の国、ヨア王国。
国力の差は、王城にも、ご飯にも、与えられる部屋にも、衣にも、何もかもから滲みでる。
「……おいしくなかった?」
心配そうに聞いてくれるヒノに、首を振った。
「慣れない香辛料が多くて、びっくりしたけど、すごくおいしかった。ありがとう」
微笑んだレーシァに、ヒノのちいさな頬がふくれる。
「俺は、レーシァさま付きの傍仕えだよ。俺は、レーシァさまの味方だよ。
……まだ信用できないかもしれないけど、でも、レーシァさまが居心地いいように頑張るから。俺には、本音を話してほしい。
俺にまで、つくろわなくていい」
まっすぐな目で、見つめてくれる。
すこし迷ったレーシァは、ささやいた。
「……あの、香りが強いものは、苦手、かもしれない」
苦手なことなんて、化け物のときは勿論、精霊の御子のときも言ってはいけないことだったのに、はじけるように、ヒノが笑ってくれる。
「わかった。野菜は生のほうがすき?」
「……揚げたのは、ちょっと……」
「わかった。蒸したのはどう?」
「おいしかった。煮たのもすき。炒めたのは……」
「油が苦手だ」
「たぶん」
「レーシァさまが、おいしいって思ってくれるご飯を用意できるように、がんばるよ!」
胸を叩いて、笑ってくれる。
「ありがとう、ヒノ」
つられるように笑ったら、ヒノがほんのり赤くなる。
「う、うん。しばらくゆっくりして、休んでね」
皿を片付けながら言ったヒノは、レーシァがぼんやりするしかないことに気づいてくれたらしい。
「そうだ、グァダナ帝国の仕組みの絵本があるんだ、持ってくる! 夕方になったら、お風呂にしような」
「ありがとう、ヒノ」
「う、うん。すぐ、持ってくるから!」
駆けてゆくちいさなヒノの、ちいさな耳が真っ赤だ。
568
あなたにおすすめの小説
氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。
水凪しおん
BL
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。
※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。
「君はもう、頑張らなくていい」
――それは、運命の番との出会い。
圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。
理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!
迷路を跳ぶ狐
BL
社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。
だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。
それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。
けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。
一体なんの話だよ!!
否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。
ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。
寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……
全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。
食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていた矢先、森の中で王都の魔法使いが襲われているのを見つけてしまう。
*残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。
一火
BL
――聖具は汝に託された。覚醒せよ、選ばれし者
その言葉と共に、俺の前世の記憶が蘇る。
あれ……これもしかして「転生したら乙女ゲームの中でした」ってやつじゃないか?
よりにもよって、モブの町医者に。
「早く治癒魔法を施してくれ」
目の前にいるのは……「ゲームのバグ」とまで呼ばれた、攻略不可能の聖騎士イーサン!?
町医者に転生したものの、魔法の使いをすっかり忘れてしまった俺。
何故か隣にあった現代日本の医療器具を「これだ」と手に取る。
「すみません、今日は魔法が売り切れの為、物理で処置しますねー」
「……は!?」
何を隠そう、俺は前世でも医者だったんだ。物理治療なら任せてくれ。
これが後に、一世一代の大恋愛をする2人の出会いだった。
ひょんな事から、身体を重ねることになったイーサンとアオ。
イーサンにはヒロインと愛する結末があると分かっていながらもアオは、与えられる快楽と彼の人柄に惹かれていく。
「イーサンは僕のものなんだ。モブは在るべき姿に戻れよ」
そして現れる、ゲームの主人公。
――……どうして主人公が男なんだ? 女子高生のはずだろう。
ゲーム内に存在し得ないものが次々と現れる謎現象、そして事件。この世界は、本当にあの乙女ゲームの世界なのだろうか?
……謎が謎を呼ぶ、物語の結末は。
――「義務で抱くのは、もう止めてくれ……」
――結局俺は……どう足掻いてもモブでしかない。
2人の愛は、どうなってしまうのか。
これは不器用な初恋同士と、彼らの愉快な仲間たちが織り成す、いちばん純粋な恋の物語。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる