きみの騎士

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騎士になる

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 ぎゅうぎゅう抱きしめて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、ルフィスとさよならした。


 絶対、絶対、ルフィスを守る、騎士になる。


 誓ったリイは、朝焼けのなか家へと帰り、父に頭をさげる。


「至光騎士戦で優勝して、騎士になる。
 畑仕事と饅頭売りの時間を少し減らしてください」

 父は、ぐしゃぐしゃに泣き腫らしたリイの目を見つめる。


「あの子は」

「騎士のおじちゃんが、守るって約束してくれた。
 えらい人の紙を持ってた」

「……そうか」

 ぐしゃぐしゃ、父の大きな手がリイの頭を掻き混ぜる。


「あの子のために、騎士になるのか」

 こくりと頷く。


「茨の道だぞ」

 鼻を鳴らしたリイは、腫れぼったい目で父を見あげる。


「山に住んでたら、街のは、ぎゃーぎゃー言うよ。
 田舎者、礼儀知らず、言葉知らず、学び舎にも通えない。
 ののしりが、平民に変わるだけだ」

「……酷い目にばかり、遭わせるな」

 目を伏せた父に、リイは首を振る。


「父ちゃんがいるから、俺が生まれたんだ。
 ありがとう、父ちゃん。
 ルフィスに逢えた。
 ルフィスを守るよ!」

 ちいさな拳を掲げたら、父の手がぐしゃぐしゃ頭を撫でてくれる。
 くしゃくしゃになったリイの頭をぽふぽふした父は、リイの目を覗き込んだ。


「女だと解ったら、解雇されるかもしれない。
 男のふりをすることになるぞ」

「今と変わらないよ」

 鼻を鳴らすリイに、父は吐息した。


「リイは母ちゃんに似て、美人だと思うんだがなあ」

「…………母ちゃん……どんな人だった?」

 遠い目をした父は、微笑んだ。


「精霊みたいな人だったよ」

「……そか」

 リイはうつむく。


 母の顔を知らない。
 声を知らない。
 指を知らない。

 生きているのか、死んでいるのか、父にも解らないらしい。

 母は自分が要らなかったのかもしれない。
 それは、世界が終わってしまうみたいに、さみしいことに思えたけれど。

 リイには、父ちゃんがいる。
 頭を撫でて、怒って、笑ってくれる、父ちゃんがいる。

 それがどれほどしあわせなことなのか、ルフィスの涙で、初めて知った。


「……今まで拗ねてて、ごめん。
 俺を育ててくれて、ありがとう」

 ぽつぽつ告げたら、目をまるくした父が照れくさそうに笑う。


「母ちゃんと俺の子だからな。
 宝物だ」

 ぐしゃぐしゃ、リイの頭を大きな掌が撫でる。

 胸があったかくなって、切なくなる。


 ルフィスの頭を撫でてくれる人は、いるのかな。
 …………ルフィスは、だいじょうぶかな。


 心配している暇があるなら、鍛錬だ。


「俺、絶対騎士になる!」

 拳を掲げたら、父は心配そうな瞳を振り切るように頷いてくれた。







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