きみの騎士

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 鳥が歌う。
 世界が目覚める。

 秋の空が、黒き闇から深い藍へ、やわらかな朱へと移りゆく。

「リイ!」

 駆けて来てくれるレミリアに、リイはふるえる拳を握る。

「……どうかした?」

 心配そうにのぞき込んでくれるレミリアの星の瞳に、唇を噛んだ。

「ごめんなさい」

 絞り出した声は、掠れて落ちた。
 見開かれたレミリアの瞳が、揺れる。

「…………リイ……?」

 ふるえる指を、握り締める。

「……光騎士の立場を失えなくて……どうしても、言えませんでした」

 レイサリア光国では、ルフィスに逢えない。

 光騎士の立場を失うことになっても、もう構わない。
 これで、真実を告げられる。


 あなたはずっと、たすけてくれたのに。
 裏切りで返して、ごめんなさい。

 リイは、深く、深く、頭をさげる。


「──俺は、女です」


 レミリアの吐息が、止まった。


「…………え…………?」

「光騎士に性別の規定はありません。
 それでも女だとわかれば解雇されるかもしれない。
 ……ルフィスに逢えなくなると思い、ずっと言えませんでした」

 リイの瞳が、歪む。

「……レミリアさまの星の瞳に、ルフィスを重ねていました。
 レミリアさまが笑ってくれたら、ルフィスが笑ってくれるみたいで。
 ルフィスにも、レミリアさまにも失礼で、申し訳なくて。
 女であることも、言えなくて。
 レミリアさまは、俺を、ずっとたすけてくださったのに」

 地につくほど、頭をさげる。

「申し訳ありません」

「で、でも、リイの声は──!」

「饅頭売りで潰れました。こんな声ですが女です」

 星の海の瞳が、歪んだ。
 鈴の声が、罅割れた。

「ほ、んとに……?
 ……リイは……女性、な……の……?」

「はい」

 レミリアの指が、ふるえた。

「…………私、リイを……ずっと男性だと思って…………」

「申し訳ありません」

 謝ることしか、できなくて。
 深く、深く、頭をさげる。

「……一番にレミリアさまに、本当を聞いて戴きたかった」

 ちいさな声に、星の瞳が揺れた。

「…………あなたを慕う私を……愚かだと思った…………?」

 鈴の声が、ふるえてる。
 目を剥いたリイは、ぶんぶん首を振った。

「まさか!
 それにそんな畏れ多い──!
 ……レミリアさまは、とても、とてもおやさしいから。
 底辺の民が困っているのを放っておけなかったのでしょう?
 救護院は幼かったレミリアさまの発案だと伺いました。
 身寄りのない者、病や怪我で働けない者、住処のない者、孤児、苦しむ者に手をさしのべてくださる、花のきみ」

 星の海の瞳が、頼りなげに揺れた。

「……リイは、女性なのね」

「申し訳ありません、レミリアさま」

 頭を下げるリイに、レミリアは細い指を握った。

「──はやく言って欲しかったけど。できなかったのも、わかる」

 告げてくれた花のかんばせが、くしゃりと歪んだ。

「…………私、びっくり、して……うまく、受けとめきれなくて…………」

「首をお望みなら、さしあげます」

「そ、そんなことしない!」

 真っ青になって首を振ったレミリアは、そっと視線を落とす。

「──……皆には、内密に?」

「公表します。
 解雇されるか断罪されるかわかりませんが、真実を」

 覚悟を決めたリイの目を見つめたレミリアは、目を伏せた。

「…………私は……最初から、範疇外だった……?」

 呟きに、目を瞠る。

「え、いや、あの……!
 レミリアさまは、世界一のひめだと思います!」

 思わず拳を握った。

 星の瞳が瞬いて、笑ったレミリアのかんばせが、くしゃりと歪む。


「ずっと俺をたすけてくださったレミリアさまを、俺はあざむいていました。
 本当に、申し訳ありません」

 幾度も頭を下げるリイに、ぎゅ、と唇を噛んだレミリアは、首を振った。

「……リイは一言も、自分が男だなんて、言ってない。
 皆が、私が勝手に、勘違いしただけ。
 …………私が勝手に……ルフィスがいないなら……望みが、あるかと……」

 ぎゅう、と閉じられた星の瞳から涙があふれそうで。

「ごめんなさい、レミリアさま」

 地につくほど、頭をさげる。
 レミリアは、細い指を握り締めた。


「……リイはずっと、ルフィスを想っていたのね。
 …………私の入る隙間なんて……最初から、なかった」

 かすれた声が、消える。
 星の瞳から、涙がこぼれた。

 レミリアは、踵を返した。
 たおやかな後ろ姿が、朝霧に溶けてゆく。


「ごめんなさい、レミリアさま」

 リイは、頭を下げる。
 レミリアが見えなくなっても、ずっと、頭を下げ続けた。





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