きみの騎士

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さよなら!

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 外交問題に発展しようが踏み潰すと決断したのだろう、レイティアルトが凍気を放つ。

 罅割れるおしろいの向こうの青い顔で、震える指を握りしめ、それでもゲルク王女は口を開いた。

「……ゲルク王国を、敵に回すおつもりですか」

 凍てつく瞳で、レイティアルトは微笑んだ。

「叩き潰すだけです。
 領土拡大も、たまにはいいですね。
 王女を妃になどと鬱陶しいことをされなければ、交易相手として存続するにはやぶさかではありません。
 選ぶのは、そちらだ」

 レイティアルトの唇の両端があがる。

「貴方が刃向かうなら、ここで貴方の首をあげてもいい。
 貴方から仕掛けたんです。
 国を滅ぼす戦をね」

 レイティアルトは、底のない翠の瞳を細めた。
 銀にきらめく光がレイティアルトを取り巻き、背が震えるほどの凍気が噴きあがる。

 風もないのに舞いあがる黒髪にわずかに銀の光が混じり、深翠の瞳の奥に銀の光が閃いた。


「我らは千年光国レイサリア。
 新興国が我らを侮るなら、報いには、殲滅を」


 レイティアルトが、告げる。


「お前らなど、皆殺しだ」


 千年光国レイサリア光王となる者だけが持ち得る、鋼鉄の瞳だ。
 百戦錬磨の騎士でさえ、震撼する。

 くずおれて凍りつくゲルク王国の一団を睥睨し、控えていた光騎士が一斉にゲルク王女に剣を抜いた。

 刃が鞘を滑る音が響き、銀の光が王女を指す。


「今ここで貴方が死ねば、我らの領土が増えるだけ。
 愚かな貴方のために、ゲルク王家は皆殺し」

 歌うように告げたモマが、あでやかに笑う。


「帰るか、死ぬか。
 選べ」

 最期を突きつけるレイティアルトの深翠が、凍てついた。

 居並ぶレイサリア光国最強の光騎士たちの光剣に、銀の光が漲ってゆく。


 レイティアルトが手を挙げようと動いた瞬間、跳びあがったゲルク王女は、硬直した侍従たちを置き去りに、罅割れた顔面で駆け去った。

 真っ青な侍従たちが涙を零しながら、後を追って駆けてゆく。


 レイティアルトが手を払うと、光騎士が警戒を解いた。

 銀の刃が鞘へと仕舞われる音が響くと、楽が奏でられ、人々の笑い声が戻ってゆく。

 あまりの何もありませんでしたぶりに仰け反ったのは、リイひとりだ。


「外交問題に発展するかな」

「しないでしょう」

 レイティアルトの問いに、モマが花の唇で微笑んだ。
 茫然とレイティアルトとモマと光騎士たちを見つめたリイが、肩を落とす。

「俺、全く必要ないだろう!
 レイティアルトの評判を下げただけじゃないか!」

「上げたの!
 鬱陶しいこと終わった!
 踊ろう、リイ!」

「えぇエえ?」


 指を引かれ、水晶の間に踏みだした。

 竪琴がやわらかに弦を揺らす。

 きらめく水晶の明かりの下、つながる指で、踊る。


「レミリアを超えるな」

「ありえない!
 あ、あの、他のひめと踊ったら? 折角の舞踏会なんだから!」

 熱い頬で距離をとろうとするリイに、眉をしかめたレイティアルトがぶすくれる。


「……リイは、俺が他の女といちゃついても、何とも思わないのか」

「春が来たんだな、よかったな、って思う」

 レイティアルトが目を剥いた。

「そっちか!
 よけい酷いな!」

「どうして! 祝福してるのに!」

 ふくれた頬は、すぐに崩れる。
 水晶の間も華やかな衣も何にも関係ないふたりで、吹きだして笑った。






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