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告白
しおりを挟む重ねてくれたレミリアの手を、握る。
指をつないで、リイは駆ける。
王宮の混沌たる回廊を覚えるために沸騰した頭は、レミリアを運んだ時に離宮の構造を一発で覚えてくれた。
基本構造に隠し部屋と隠し扉と隠し通路が幾つかあるだけの単純な造りだ。
どこに兵が配備されているかも叩き込んである。
最小限の衛士と戦うだけで、リイは凍てつく夜の離宮を縫うように駆けた。
「リ、イ……!」
レミリアの荒い息に、リイは足を緩める。
冬の光都の夜は、ぬばたまの闇に沈み、白い雪が舞いはじめた。
駆け続け離宮を離れた二人は、光都の下町へと足を踏み入れていた。
走ると冬の寒さをしのげるのがいい。
辺りを油断なく警戒したリイは、ひとけがないのを確かめ、窓に明かりのない路地裏の影へとレミリアを導く。
「苦しいですか? すこし休みましょう」
一刻も早く安全な王宮に戻りたくて気が急いていたリイは、レミリアを気遣う余裕がなかったことを申し訳なく思い、足を止めた。
突然止まる足に崩れ落ちそうになるレミリアを、リイの腕が難なく支える。
「無理をさせました。申し訳ありません」
頭を下げるリイの腕の中で、レミリアは息が整わぬままリイを見あげる。
その思わぬ近さに、慌てて身を引こうとしたリイの衣を、レミリアの細い指が
つかんだ。
「…………リイ」
息をのんだリイは、レミリアの不安をぬぐえることを願い、微笑んだ。
「王宮はもうすぐです。
必ずお護りします」
レイティアルトのお忍びで光都に下りるたびに覚えた道と、今日来た道を統合した王宮への最短経路が、リイの頭のなかにある。
微笑むリイに、星の海の瞳が揺れた。
「…………私……怖かったの。
リイは女で……私も女で……なのにリイを想う自分は、ふつうじゃないのかも
しれない。
そう思ったら、怖くなった」
………………今、なんて……?
茫然とするリイを前に、レミリアはふるえる唇を開く。
「……でも、ふつうって、何?
子どもができるってこと?
女と男だって、子に恵まれないことだって、たくさんある」
レミリアは、息を吸う。
「ふつうじゃない。
烙印を押されて苦しむ人は、たくさんいる」
ふるえる指を、レミリアが握る。
「……リイの傍にいたくて、笑ってくれたら、うれしくて。
兄さまといちゃいちゃしてるリイを、ぽこぽこにしたくなる。
この気持ちを、間違った、いけないことだなんて、私だけは言いたくない!」
星の瞳から、涙があふれた。
茫然とレミリアを見つめたリイは、雪の白に染まりゆく地に、膝をつく。
涙のレミリアを、見あげた。
「……レミリアさま。
俺は、ルフィスのものです。
ルフィスの騎士です」
ずっと言えなかったことを、告げる。
ぶすりと膨れたレミリアは、呟いた。
「…………ルフィスなんて、大っきらい」
拳を握るレミリアに、リイは思わず笑った。
「……ずっと、レミリアさまに、ルフィスを重ねていました。
レミリアさまが笑ってくださったら、ルフィスが笑ってくれたみたいで。
レミリアさまが教えてくださることは、ルフィスが教えてくれるみたいで。
ルフィスを想っているのか、レミリアさまをお慕いしているのか自分でも解らなくて。
でも……」
リイは息を吸う。
「レミリアさまを、お守りしたい。
この気持ちは、本物です」
左手を胸にあて、心を告げる。
飛びこんでくる華奢な身体を、驚いたリイの腕が、抱きとめた。
「リイが、兄さまと結ばれるなんて、いやなの。
リイが他の誰かのものになるなんて、絶対いや!」
星の海の瞳が、揺れる。
「……至光騎士戦でリイを初めて見た時ね、私の騎士だと思ったの。
やっと逢えた。
リイこそが、私の騎士だって」
熱い憧れを追うような星の瞳が、遠くなる。
「……違うって言われたら、涙が出る。
…………子どもの、独占欲なのかな…………」
ちいさな声が、震えてる。
リイはそっと、華奢なレミリアの背を、抱きしめた。
「……今は、独占欲ということでお願いします」
「ずるい!」
ふくれるレミリアに頷く。
「ずるくて、卑怯で、情けない。
レミリアさまにも、ルフィスにも申し訳ない。
自分で自分がいやになるけど。
これが俺なんです」
リイは胸に手を当てる。
「……ルフィスに逢えたら。
きっと、俺の気持ちは確かになります。
それまで保留じゃ、だめですか」
ぷくりと膨れたレミリアは、ぎゅっと唇を噛んだ。
「…………リイのいじわる」
うるうるの涙目の攻撃力が凄いです──!
情けなくて、どっちつかずで、ごめんなさい。
でも俺だけは、ルフィスを裏切りたくない。
やさしくレミリアの頬を撫でたリイは、微笑んだ。
「すこし落ち着きましたか。
走れますか?」
「リイのいじわる!」
朱に染まるレミリアに、リイが笑った時だった。
「光都を封鎖しろ!」
「あんな目立つ二人が逃げられるものか!」
「捜せ!!」
夜陰に響く怒号にレミリアは息をのみ、リイは瞳を凍らせた。
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