魔法で生きる、この世界

㌧カツ

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Episode.3 出会いと別れのセブンロード

29話 黒目黒髪の男③

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 爆炎と轟音の後に残ったのは、黒い煙とひび割れた部屋だった。

 未だに視界は晴れないが、今のところヒノ・カゲトの姿は見えない。
 深く注意をする必要があるが、しかしそれは相手も同じ。
 ヒノ・カゲトが動いていようと動いていなかろうと、彼は僕の姿を捉えることは出来ない。

「一応魔力感知も働かせてるけど――」

「――く、はは」

 僕が小さく呟いた、その時だった。
 それは爆音の残響をも切り裂いて訪れた。

 何処からか、ヒノ・カゲトの声が聞こえた。

 やがて周囲を覆っていた煙が晴れ、ヒノ・カゲトの姿が現れた。

「は、へへはははっ」

 ――ヒノ・カゲトは嗤っていた。
 口の形を歪に変え、ただ狂ったかのように嗤っていた。

 両手を上へ上げ、ここからは見えない大空を見上げるかのような格好だった。

「はは、は……あ、ぁ。――がはっ、ぐあ、ぁあっ」

「――あなたは」

 しかしヒノ・カゲトは直ぐに力を失ったかのように崩れ落ち、両手を地につけた。
 歪めていた口を開き、ヒノ・カゲトは深く咳き込んでいた。

 には、先程までと違って傷や汚れが至る所についていた。
 血が滲んでいる部分もあり、さすがに痛ましい姿だった。

「――あぁ、痛い。痛えなぁ」

 ヒノ・カゲトはふらついている足でおもむろに立ち上がり、突然そう言った。
 声は震えていた。
 とても先程までと同じ人物だとは思えなかった。

「でも、望み通り死なない程度だったな……?」

「――あなたは、何が言いたい?」

 ヒノ・カゲトは何が言いたいのか。
 発した言葉の奥に、何の目的があるのかが見えなかった。

 だが、目的が無いことはないことだけは確実だった。

「いや、簡単な話だよ。――俺が何も言わなくても、逆に俺がどれだけお前の感情を揺さぶったとしても、お前は俺を殺さなかったんじゃないかってね」

「……何?」

 何を、言いたいのか。
 分からなかった。
 だから僕は聞き返した。
 でもそれは、分からないふりになってしまった。

 だから今僕が返したのはただ逃げるための言葉であり、心の準備をするための時間稼ぎのための言葉だ。

「――お前は俺を殺せない。殺さないんじゃない。殺すのが怖いんだ。だから俺を殺せない。……違うか?」

「――――、お前がぁっ! 僕の何を知っている!?」

「……づぁっ、そ……んなに怒鳴らないでくれよ。今の頭には、とても響く」

 気がつけば僕はヒノ・カゲトを突き飛ばし、倒れた彼の上にのしかかっていた。
 ご丁寧に、いつでも魔法が放てるようにした状態で。

 逃げ出したかった。
 聞きたくなかった。
 なのにどうして、これだけ忘れさせてほしいと願う時に限って。

「『俺』は! 出てきてくれないんだ!」

「――――。それは、お前がそいつを利用して逃げているからじゃないのか?」

「――っ!」

 その時、何かが切れた。

 頭が真っ白になり、魔法が放たれた。
 刃が風を切る音が響き、嫌に耳に残った。

 ――だがそれは、狙っていたはずの男を切り裂くことは無かった。
 僕の魔法が、誰かを殺すことは無かった。

「く……そっ! 僕は――どうして!」

「それがロトル・ストムバートの奥底だ。所詮お前はお人好しでしかないんだよ。――出口は、奥の扉だ」

「……っ」

 言い返すことは出来なかった。
 それは他でもなく、ヒノ・カゲトの出した答えが間違っていなかったからだ。

 僕は人を殺すということが怖い。
 だからこそダリッツ・ファーラを置き去りにした。
 直積的に僕の手で殺すのが怖かった。
 だから、目の届かない場所で気付かぬうちに死ぬような方法を取った。

 その結果がこのざまで、その先でまた割り切ることができないなんて。

「……僕は」

「――早く出ていけ、ロトル」

 背後からヒノ・カゲトの声がした。
 それは催促であり、忠告のようにも聞こえる言葉だった。

 だから僕は何も言わず、真っ直ぐ扉へと向かった。

 僕は扉に手をかけ、その先に続いている階段へと足を踏み出そうとして、一度に止まった。
 そして振り向き、向こうに見えるヒノ・カゲトに向かってこう言った。

「――フェンセルさんは、きっと悲しむでしょう」

 言った。
 僕はそれだけ言って、やけに重く感じる扉を閉めた。


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 彼は行ってしまった。
 ひどく悲しげな言葉を残して。

 その時、電話の着信音のような音が流れた。
 その音が狭い部屋に響いた瞬間、俺は全て忘れてしまう。

 俺はパーカーのポケットからトランシーバーのようにも見える『宝具マーテル』を取り出し、開いた。

『聞こえるか?』

「――あぁ」

 男の声だ。
 その『宝具マーテル』からは、俺と同じぐらいの年齢の男の声が聞こえてきた。
 もちろん、それは俺の知り得る人物の声だ。

『どうだった?』

「負けたよ。新パターンぶっ込んできやがった」

『そうか』

 無機質にも聞こえるその声の主は、俺の返答にそれだけ返して黙る。
 いつもこうだ。
 俺と声の主の会話は、いつもこのように終わる。
 だが俺はその終結に口を挟んだ。

「負けた、負けたけど――気分的には勝った気分だ」

『…………』

 通信が切れた。
 俺の勝手な文言の追加に、相手は何も言うことは無かった。
 必要以上に会話は避けたいらしい。

 そしてそのあとの静寂が、俺の心を締め付けた。

「――フェンセル・スローキア」

 あぁ、俺はいつ――間違いを犯してしまったのだろう。
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