魔法で生きる、この世界

㌧カツ

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Episode.4 嫉妬する庭園

4話 逃走

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「ああぁーっ!?」

 いくつもの『手』に引っ張られ、僕は空間の裂け目の中へと引きずり込まれた。

『手』の力はそれほどではなかった。
 しかし裂け目を潜り空中に投げ出された僕には、僕自身の力でその『手』に抗う術はない。
 足を掴む『手』が離れることは勿論ありえず、僕はそのまま下方へと引っ張られ――

「うおっ、と」

 そこでようやく、僕の体は落ちるのをやめた。
 手首に巻き付けていた魔法の鎖が、限界まで伸び切ったのだ。

「――『風縛ウィンドバインド』。反対側の末端を、木の幹に巻きつけたんだ」

 とは言えど、物攻が「1」である僕では鎖を伝って上に戻ることは出来ない。
 下から『手』に引っ張られているのならば尚更だ。

 僕は辺りを見回した。
 後方を見上げれば、少し先まで鎖が伸びているのが分かる。
 しかし、左や右を見渡しても闇が広がっているのみ。

「それで下に見えるのは……何だ? 何かの建物か?」

 下には、先端が鋭く尖った三角形の屋根のようなものが見える。
 それでもまだまだ下があるようで、その建物の建っている地面は闇に覆われていて見えない。

「得られる情報はこれだけか――っと」

 あまりに少なすぎるが確かな情報を手に入れ、しかしここから脱出する方法が無い現状。
 その現状を変えたのは、僕の手首に伝わった鎖の揺れだった。
 そして、そこから徐々に僕の体が上昇していく。

「僕一人じゃ脱出できなかったかもしれないが……向こう側にはフェンセルさんが居た」

 フェンセルはあの時、僕がバーニンの街に居ることを知っているようだった。
 彼が最初に口にしたのは、そこに居たという発見ではなく『何故そこにいるのかという問い』だった。
 だから僕は思いついたのだ。
『彼ならば木の幹へと伸びる鎖を見つけ、助けてくれるかもしれない』と。

 そして僕とは違い地に足がついている彼ならば、この『手』の力を抑えてここから引っ張り出せるかもしれない。

「って言っても、助けてもらえるかどうかが問題だったけど――」

 僕の体は上昇する速度を上げ、足首を掴む『手』を引き離した。
 そしてそのままの速度で、間に通された鎖によって未だ開いたままの空間の裂け目に突入した。

 ――一瞬、目の前の風景が白く染った。

「――これでいいんだな、ロトル・ストムバート!」

 視界が開け最初に感じたのはフェンセルの声、そして少しの浮遊感だった。
 答えを求めるかのようなフェンセルの言葉。
 それを聞き、僕は改めてあの異空間からの脱出に成功したのだと実感した。
 そして脱出に成功したのは、紛れもなくフェンセルの手助けがあったからであり――

「えぇ、十分です。おかげで命拾いしました!」

 僕はそう答え、身を翻して地面へと着地した。
 手に入れたものとしてはあまり十分ではないが、命拾いしただけでも十分だろう。
 それによって見た光景は、あくまでついでにしかならない。

「ありがとうございます。結構本気で死んだかと思いました」

「よく言うな。引きずり込まれた時点で生き残ると確信してたはずだろ?」

 割と本気な感謝の言葉に、フェンセルはそう返してきた。
 確かにその時点で生き残るための計画は思いついていた。
 だがその計画の中でも最も不確定要素が強い物があり、それが僕の生死を分けることになっていた。

「一番不安だったのが、あなたが助けてくれるかどうかだったんですよ」

「まぁ、そうだろうな。……それで、その様子を見る限り襲撃されたんだよな? 敵は何処だ?」

「え? 敵なら――」

 目の前にいるはずだ。
 そうだ。僕の目には、今も確かに少女の姿が映っている。
 明らかに夜の森には似つかわしくない光景だ。
 誰がどう見てもその少女こそが敵のはず、なのに。

「……そうだ。フェンセルさんはどうやって僕を?」

「は? いやどうやっても何も、お前が一番知っている事だろう?」

「いや、そうじゃなくて」

 何かがおかしい。
 フェンセルにもわかるはずだ、僕の言葉の意味が。
 しかし彼の答え方、そして敵の攻撃を受けることなく僕を救出したという事実。
 それはまるで。

「そこにいるじゃないですか!? 見えないんですか、あなたには――!」

 ――まるで、フェンセルと少女がお互いにお互いを視認していないようじゃないか。

 僕が叫んだその瞬間。
 先程まで僕を捕らえていた『手』が、またもや異空間を出て攻撃を仕掛けてきた。
 やはりその矛先はフェンセルに向かうことは無く、幾つも伸びてきた『手』は全て僕を狙ってくる。

「おい、ロトル! それは何だ!?」

「見たまんま何かの『手』ですよ! さっき僕を引きずり込んだのはこいつです!」

 攻撃の嵐を何とか回避しながら、僕はフェンセルの問いに答える。
 一度逃がしたからか、向こうは本気で僕を捕まえにきているようだ。
 先程とは攻撃の強さが比べ物にならない。

「……そこの地面の抉れた跡は、そいつの仕業だよな?」

「……? 何を――ぐあっ!?」

 フェンセルの問いの意図が理解できず一瞬戸惑った隙に、またもや僕の足を『手』が掴んだ。

 まずい、早くどこかに鎖を繋がなくては。
 そう思って辺りを見回すも、『手』で引かれる力に耐えられそうな樹木はない。
 抗う術もなく、今度は本当に異空間に引きずり込まれそうになる。

 そしてその瞬間、僕を引っ張る力が突如として消え去った。
 その理由を探るため後方を見れば、そこには長剣を振りかざしたフェンセルがいた。

 その剣が切り裂いた箇所を中心に、僕の足を掴んでいた『手』は消滅した。

「この『手』が物に干渉することを制御できないのなら、剣で切ればいい。簡単だ」

「な、なるほど。……ってうわ!?」

 至って普通のことに感心していると、次の瞬間僕の体が持ち上げられた。
 僕はフェンセルに担がれたのだ。

「ぼけっとしてたらまた掴まれるぞ、早くここから離れるんだよ!」

「そうですね。いや、担がれなくても普通に走れるんですけど」

 僕の言葉が終わるより先に、フェンセルは僕を担いだまま走り出した。
 よく見れば、僕の前方――つまり後ろから『手』が迫っていた。
 さらに数を増やしたそれは、絶対に僕を捕えんとする意思が垣間見えるほどの速度とパワーで僕達を追ってくる。

「待ってください、これ普通にやばい! 追いつかれます――うわあああぁぁあ!」

「やかましいっ! 耳元で叫ぶな!」

「すみません」

 しかし、これは本気で追いつかれそうな勢いだ。
 森を抜けても『手』は僕達を追うことをやめず、そのまま僕の眼前まで迫り――

「……あ、危なかった」

「よし、消えたんだな」

『手』は僕の頭を掴もうとしたその瞬間に消滅した。
 僕の反応からそれを感じ取ったフェンセルは速度を落として立ち止まり、僕を肩から下ろした。
 久しぶりに本気の本気で死ぬかと思ったが、今回も何とか生き延びたようだ。

「とりあえず……一旦宿に戻るべきだな」

「はい――あ、いや、ダメです!」

「……? どうしてだ?」

 ようやく読んで字のごとく敵の『手』から逃れた訳だが、まだ一番大きな課題が残っていた。
 絶対に忘れてはいけない存在であり、必ず救い出すべき者――即ち。

「――ミクトが、あの『手』に連れていかれたんです!」

「――お前、なんてことしてくれてんだ。本当に」

 まだ戦いは終わっていなかった。
 ミクトは未だ、あの異空間の中にいる。


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・『――――』
 無数の『手』を使役し、対象を異空間へと引きずり込むスキル。
 異空間には『――――』を模した建造物があり、捕えた対象をそこに封じ込めておく役割を持つ。
 また、対象は『――――』でなくてはいけない。
 対象を取り逃がす度に『手』は強化される。
 異空間から脱出するには、ロトル・ストムバートのように現実空間と異空間を繋ぐものを使うか、建造物の中枢にあり、尚且つこのスキルを得るための必要条件である『――――』を破壊する必要がある。
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