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第1話 裏切りの婚約破棄
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胸の奥で、何かがバキッと折れた。
「――ルイン・オルテンシア。君との婚約は破棄する」
帝国中の貴族が集まる夜会の中央で、ディアベルは堂々と、まるで邪魔な荷物でも下ろすみたいに言い放った。
広間の空気が一気にざわつく。
わたしに向けられる視線は、どれも冷たくて、薄汚れた好奇心に満ちていた。
「やっぱりね」「あの子、地味だし」
「セリエ様と比べるなんて無理があるわよ」
声が刺す。
息が熱くなる。
だけど、泣くわけにはいかない。
紫髪の子爵令嬢――セリエ・アルコバレーノが、わざとらしい笑みで前に出た。
「ディアベル様、こんな女、さっさと捨てちゃいなさいな。ほら、震えているわよ?」
……確かに、震えていた。
でも、それでも“侯爵令嬢”としての誇りだけは落としたくない。
「……理由を、聞かせてください。ディアベル様」
言葉はなんとか絞り出した。
喉が焼けるみたいに痛いのに、それでも言葉にしなきゃ立っていられなかった。
けれど返ってきたのは、軽蔑がにじんだ冷笑だけ。
「理由? そんなもの言う必要があるか? 俺には新しい女ができたんだよ。君より――魅力的な」
そう言って、セリエの腰を抱く。
ああ、そうか。
今日の夜会は、この瞬間のためにあったんだ。
「わたし……何か、あなたに不快なことを?」
「全部だよ。声も、態度も、表情も。お前の全部が気に食わない」
セリエがクスッと笑った。
「――だそうですわ。あなたって本当に退屈な方でしたものね」
胸がざらつくように痛む。
でも涙だけは絶対に流さない。ここで泣けば、彼らの思う壺だ。
ディアベルはわたしを追い払うように手を振った。
「終わりだ。さっさと姿を消せ」
体の芯がぐらっと揺れた。
全身から力が抜けて、この場の床に沈んでしまいそうな感覚が襲ってくる。
そんな中、突然ディアベルがわたしの腕を掴んできた。
「いやまて――来い。最期に話がある」
「え……?」
強引に腕を引かれ、バルコニーへ連れ出される。
夜風が吹きつけて、ドレスの裾が揺れた。
「ディアベル様……さっきの話というのは――」
振り返った瞬間、全身が凍る。
あの人の瞳が、わたしを“邪魔”として見ていた。
「お前は俺の未来の障害だ。……消えてくれ」
「――っえ、ちょっと――」
押された。
肩に触れた指の感触だけが妙に鮮明で、その次の瞬間には世界が逆さまにひっくり返っていた。
落ちる。
身体が、空へ投げ出されていた。
「きゃ、ああ――――っ!」
風が頬を切り裂くように吹きつける。
叫んでも意味がないと分かってるのに、声が勝手に漏れた。
死ぬ。
このまま地面に叩きつけられて、わたしは――。
そのとき。
赤い光が、視界を裂いた。
地面に激突するはずだったわたしの体を、強い腕が受け止める。
衝撃で息が止まり、反射的にしがみついた。
「っ……間に合った……!」
焦った声。
真っ赤な髪。
炎のような瞳。
知らない青年が、わたしを抱きしめていた。
「大丈夫か!? しっかりしろ!」
声が遠い。
でも、その腕の温もりだけははっきり感じる。
「あなたは……だれ、ですか……?」
言葉が霞んでいく。
瞼が重くて、意識が落ちる。
最後に聞こえたのは、必死にわたしを呼ぶ声だった。
「ルイン! 頼む、目を開けてくれ!!」
その声を残して、わたしの世界は真っ暗になった。
「――ルイン・オルテンシア。君との婚約は破棄する」
帝国中の貴族が集まる夜会の中央で、ディアベルは堂々と、まるで邪魔な荷物でも下ろすみたいに言い放った。
広間の空気が一気にざわつく。
わたしに向けられる視線は、どれも冷たくて、薄汚れた好奇心に満ちていた。
「やっぱりね」「あの子、地味だし」
「セリエ様と比べるなんて無理があるわよ」
声が刺す。
息が熱くなる。
だけど、泣くわけにはいかない。
紫髪の子爵令嬢――セリエ・アルコバレーノが、わざとらしい笑みで前に出た。
「ディアベル様、こんな女、さっさと捨てちゃいなさいな。ほら、震えているわよ?」
……確かに、震えていた。
でも、それでも“侯爵令嬢”としての誇りだけは落としたくない。
「……理由を、聞かせてください。ディアベル様」
言葉はなんとか絞り出した。
喉が焼けるみたいに痛いのに、それでも言葉にしなきゃ立っていられなかった。
けれど返ってきたのは、軽蔑がにじんだ冷笑だけ。
「理由? そんなもの言う必要があるか? 俺には新しい女ができたんだよ。君より――魅力的な」
そう言って、セリエの腰を抱く。
ああ、そうか。
今日の夜会は、この瞬間のためにあったんだ。
「わたし……何か、あなたに不快なことを?」
「全部だよ。声も、態度も、表情も。お前の全部が気に食わない」
セリエがクスッと笑った。
「――だそうですわ。あなたって本当に退屈な方でしたものね」
胸がざらつくように痛む。
でも涙だけは絶対に流さない。ここで泣けば、彼らの思う壺だ。
ディアベルはわたしを追い払うように手を振った。
「終わりだ。さっさと姿を消せ」
体の芯がぐらっと揺れた。
全身から力が抜けて、この場の床に沈んでしまいそうな感覚が襲ってくる。
そんな中、突然ディアベルがわたしの腕を掴んできた。
「いやまて――来い。最期に話がある」
「え……?」
強引に腕を引かれ、バルコニーへ連れ出される。
夜風が吹きつけて、ドレスの裾が揺れた。
「ディアベル様……さっきの話というのは――」
振り返った瞬間、全身が凍る。
あの人の瞳が、わたしを“邪魔”として見ていた。
「お前は俺の未来の障害だ。……消えてくれ」
「――っえ、ちょっと――」
押された。
肩に触れた指の感触だけが妙に鮮明で、その次の瞬間には世界が逆さまにひっくり返っていた。
落ちる。
身体が、空へ投げ出されていた。
「きゃ、ああ――――っ!」
風が頬を切り裂くように吹きつける。
叫んでも意味がないと分かってるのに、声が勝手に漏れた。
死ぬ。
このまま地面に叩きつけられて、わたしは――。
そのとき。
赤い光が、視界を裂いた。
地面に激突するはずだったわたしの体を、強い腕が受け止める。
衝撃で息が止まり、反射的にしがみついた。
「っ……間に合った……!」
焦った声。
真っ赤な髪。
炎のような瞳。
知らない青年が、わたしを抱きしめていた。
「大丈夫か!? しっかりしろ!」
声が遠い。
でも、その腕の温もりだけははっきり感じる。
「あなたは……だれ、ですか……?」
言葉が霞んでいく。
瞼が重くて、意識が落ちる。
最後に聞こえたのは、必死にわたしを呼ぶ声だった。
「ルイン! 頼む、目を開けてくれ!!」
その声を残して、わたしの世界は真っ暗になった。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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