婚約破棄された侯爵令嬢、帝国最強騎士に拾われて溺愛される

夜桜

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第6話 議員の罪

 夜が明ける前、屋敷の裏口が静かに開いた。

 誰にも気づかれないように。
 足音すら残さないように。

 紫色の髪の女――セリエ・アルコバレーノは、口を塞がれ、抵抗も許されないまま連行されていった。
 わたしは二階の窓から、その光景を遠くに見下ろしていた。

 胸の奥が、ひどく冷たい。

「……これで、彼女はしばらく表に出られない」

 隣に立つジョイが、低く言った。

「コルサ議員には?」
「知らせない。知らせる必要もない」

 その言葉に、わたしは小さく息を吐いた。
 セリエが消えたことで、状況は必ず動く。
 ――良くも、悪くも。


 ◆ ◆ ◆


 次の日の昼。

 予想は、外れなかった。

 屋敷の正門が、乱暴に叩かれる。


「ジョイア・バルバロッサ! 出てこい!!」


 聞き覚えのある、苛立ちと焦りを孕んだ声。
 わたしはカーテンの影から、門の前に立つ男を見た。


 ――ディアベル・コルサ。


 その瞬間。
 頭の奥で、何かが完全に繋がった。

 夜会の光。
 周囲の嘲笑。
 冷たい声で告げられた婚約破棄。


 そして――


 バルコニー。
 掴まれた腕。
 耳元で囁かれた、あの言葉。


『邪魔なんだよ』


「……っ」


 息が詰まる。
 足が震える。

 思い出した。

 わたしは、彼と婚約していた。
 そして――彼に、突き落とされた。


 殺されかけた。


 怒りが、遅れて込み上げる。
 悲しみと恐怖が、胸を引き裂く。


 許せない。


 どうして。
 どうして、あんなことができたの。


 ――仕返しをしたい。

 心の底から、そう思った。


 そのときだった。

 ジョイが、ゆっくりと前に出る。


 腰の剣に手をかけ――迷いなく抜いた。

 陽光を反射した刃が、ディアベルに向けられる。


「な、なにをするジョイア!?」


 ディアベルの声が裏返る。


「わ、私は元老院の議員だぞ! 剣を向けるなど、許されると思っているのか!!」


 その光景に、わたしは息を呑んだ。
 けれど、同時に確信した。

 ――この人なら、裁ける。

 ジョイの背中は、微塵も揺れていなかった。


「議員」

 低く、冷たい声。


「あなたの犯罪は、もう隠せない」
「は……?」

「女性失踪。偽装婚約。脅迫。証拠は揃いつつある」

 ディアベルの顔色が、みるみる青くなる。


「な、なにを根拠に……!」
「――殺人未遂だ」


 その一言が、空気を切り裂いた。


「……な……」
「あなたが関わった事件は、すでに“殺人事件”として捜査が始まっている」


 ジョイの刃が、わずかに近づく。


「父――オルディネ将軍の権限でな」


 ディアベルは後ずさった。


「ば、馬鹿な……! 証拠など――」
「ある。これから揃う」


 断言。

 わたしは、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。

 捕まる。
 この男は、もう逃げられない。
 殺されかけた恐怖も、怒りも、すべてが少しずつ溶けていく。

 ――大丈夫。

 ジョイがいる。
 わたしは、もう一人じゃない。

 遠くで、重い足音が聞こえた。

 複数。
 規律の揃った歩調。

 ディアベルが、はっと振り返る。


「……まさか……」


 ジョイは剣を下げないまま、静かに告げた。


「議員。終わりだ」


 その瞬間。
 屋敷の門が、ゆっくりと開いた。

 ――そこに立っていたのは。

 帝国騎士団。


 わたしは、胸に手を当て、深く息を吸った。
 これで――すべてが終わる。

 ……終わる、はずだ。
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