雰囲気で読む話

塩バナナ

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矛盾

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「矛と盾の話を知っているかい?」

少年はそう幼馴染みの少年に問いかけた。
矛と盾、なんでも貫く矛と決して破れない盾の話だったかと思いを巡らす。と同時に怪訝な表情を質問者に向けた。

「誇大広告で今なら詐欺に当たるあの話?」
「ひねくれてるな。的は射ているが」

苦笑した少年はそう、その話だと肯定した。
それがどうしたと尋ねると、にぱっと細い目をさらに細めて狐のような笑顔を見せた。

「あれって何で矛なのだろうか」

よく見ると笑顔でないなと幼馴染みの少年は思った。彼の笑顔はもっと穏やかで甘ったれの仔犬のようだ。十年来の付き合いをむざむざと証明された気分で質問の意図を探る。
何故矛なのか。言い換えれば何故矛でなければのか。確かに矛である意味はない。剣でもいいし、武具ならばどれでもいい気がする。なのに何故そこで相対として現れたものが矛なのだろうか。
……どうでもいいな。だったら盾も防弾チョッキとかでいいだろう。もういっそ何も通さないバリアとかだったら盾側の勝ちだな。
逸れた思考を見逃さないとでもいうように狐の目が少年に近付けられる。そのままだと口も付いてしまいそうなので肩を押して仕方なしに矛である必要性を考える。

矛といえば、斬るよりも貫く方が得意な中距離武器だ。盾はどうしてもその面以外を守ることを疎かにしがちで、逆にいえば正面からくる武器とは非常に相性がいい。そう考えると真正面で貫く矛という武器は盾に対して不利に思える。確かに何故矛なのだろうという疑問は浮かんでくる。
興味を持った少年は笑顔の少年に意見を求める。お前の見解はどうだと。
すると少年はそう来られるとは思っておらず、一瞬固まると程なくして淀みなく答える。

「じゃあ他の武器ならどうだろうかと考えてみろ。例えば剣とか。盾に向かって振り下ろすとなれば盾は正面を剣の刃に向けるために斜めに構える必要がある。しかしそれは実戦では意味がない。甲冑なぞの方がまだ余程意味があるだろう」

次にあれは、これはと例を出していき結局何も残らない。だから消去法で矛を選んだのだと少年は結論付けた。
聞いていた幼馴染みは未だ狐の笑みが消えていないことに少しの苛立ちを覚えながら、その考えに納得していた。
確かに矛以外に盾に見合う武器は無いようだ。むしろ矛の相手に、盾の相手にそれぞれが作られたようだと面白い発見のように満足そうに頷いた。

「君はどう考えた?」

まさか自分の考えを鵜呑みにするんじゃないだろうなと顔が迫ってくる。だからまさかという思いで狐の目を睨み返した。

「矛は恐らく、武器のなかで最も盾に誠実なんじゃないか?その性質上、横から斬ることも後ろから刈ろうともしない。使用者の手から離れず、真正面から相手をまっすぐに貫くんだ。それはきっと相手を好敵手だと認めるに他ならないもので、だから盾の相対者は矛なんだろう」

擬人法で表してみると思った以上に矛盾という言葉は格好良く綺麗なものなんだと気付く。この関係性はたぶん相当に心地が良さそうだ。
互いを上にも下にも見ないで同格で同等の相手だと喜んで勝負ができる。戦うのだからそれなりに嫌い合ってはいそうだが、戦い自体は好き合っているのだろう。
好敵手とは自分でも上手く言ったなと満足に笑みを浮かべて睨み付けてた目を見ると、狐はおらず、真ん丸く猛禽類のような目がそこにあった。
そういえば彼は何を思ってこんな質問を自分にしたのだろうかと首をかしげる。彼にはもう矛に対する持論があったようだし、それをひけらかすにしても無理に自分に答えを求める必要はない。悩んでいるようには見えないし、今に至っては少年の答えに口をはくはくさせて顔を赤くしている。
いったい自分に何を求めていたのだろうか。生まれたときからの幼馴染みで親友の男だが、いまだに彼の考えは理解しきれていない。せいぜいわかるのは狐は彼の仮面だということぐらいだ。
素直に自分を見せることを怖がっているのか、笑顔の仮面は彼にとって最も使い勝手のいい表情だ。初対面の人間や、嫌いだが使える人間、媚をうって損はない人間。そういった者たちに狐のように目尻の上がった笑顔を向ける。まるで化かそうとするように。

「君は矛盾した考えを持ったことがあるかい」

確かめるような覚悟を決めたような声を彼は出した。茶化すことはできそうもないようだと、何故か気まずく目をそらしながら質問を飲み下す。
相反した考えを自分は持ったことがあっただろうか。自分に正直な少年は少し考えるとそんなものはなかったと結論付ける。好きなように行動して、めんどくさいことは考えないようにしていた。そんな自分に矛盾などあるわけない。
矛盾という言葉を今さっきようやく認識したようなものなのだ。たぶんあったとしても、今の自分では自分の経験と矛盾の言葉を結びつけることは難しい。

猛禽類の瞳に首を横に振ると、彼はそうだよなと力を抜いて笑った。
その様子に何を自分に期待していたのか欠片だけは掴めた。きっと彼は今何かしらの矛盾を抱えているのだ。それを共感してほしいか、もしくは何らかのアドバイスなどを求めていたのかもしれない。親友の悩みに答えることができず不甲斐ないなと思いながら、出来ることならそれの苦しみを緩めてやりたいと話を聞くことにした。

「お前は何か矛盾を抱えているのか」

疑問よりも断定が強くなってしまったことに申し訳なくなりながら親友の目を見る。さっきと変わらず、猛禽類の目だ。長く見続けていたら囚われてしまいそうな程に鋭いような、しかし強く求めるように丸い瞳。
狐と違ってこれは無意識のようだと分析していると、親友の少年はそわそわキョロキョロと辺りを見回して時折こちらに視線を向けてまた辺りを見ている。カメレオンにも似ているなと場違いなことを考えながら見つめていると、観念したように両手を上げて彼は口を開いた。

「実は…君の、心臓になりたいと言ったら、おかしい、だろうか」

最後のゴニョゴニョとした小さな声もしっかりと少年の耳に入った。だんだんと彼の頬が赤くなり、耳までも染め上げたところでようやく何をいっているのか理解ができた。
ただ、意味は分からない。心臓になりたいのだと、彼が言ったのだ。彼は頭がいい。きっと何かしら意味があるのだろう。比喩表現やどこぞの文豪の言葉をもじっているのかもしれない。しかしそんな言葉を自分に使われても困る。お前ほどいい頭は持っていないのだからと不機嫌になると、焦ったようにこれはそのまんまの意味だからと思考を遮られた。
そのまんまの意味ということは、将来の夢や生まれ変わったらの類で心臓になりたいと望むのだろうか。自己の中だけで考えていてもしょうがないし、どういう意味か尋ねると彼はそうだろうなと笑って教えてくれる。

「君の心臓は君の唯一だろう。それがなければ生きられないし、それに送られる血液で君は満たされている。俺は君のそんなものになりたいと言ったんだ」

つまりはそういうことだと。少年は狐に笑みを戻して言った。

「遠回りな表現で面倒臭いが、端的に言うとお前は僕のことが好きなんだな?」

合っているかと真っ正面から彼の狐を見つめながら言うと、仮面はすぐに剥がれ、猛禽類が顔を出す。その表情に肯定だと結論付けた少年はじゃあ、と言葉を続けた。

「矛盾ってなんのことだ?」

がくりと猛禽類は転けそうになる。ここまで分かってそこからが分からないとは、本当に我が幼馴染みは鈍感というか、純粋というか。
いや、こんな親友だからその心臓となりたくて、矛盾を抱えることになったのだ。
心地好い。彼との会話は飾り付けすぎると彼が理解してくれなくなるから、本音で話さねばならない。しかし彼の真っ直ぐな真摯さは、そんなことを気にしなくなるほど心を揺さぶってくれる。

少年は息を吐くと仔犬の笑顔をして言った。

「心臓になると君と話せないだろう?」
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