2 / 3
02
しおりを挟む入院中、ボスが病室を訪れることはただの一度もなかった。きっと怒っているからなのだろうとは思いつつも、大好きな人が見舞いにすら来てくれないという事実が苦しかった。
しかし無事に手術が終わりリハビリも済んで、今日は退院の日である。
ボスの直属の部下である人から、退院したらすぐにボスの部屋に行くようにと知らせを受けていた。緊張を纏って部屋に入れば、入った瞬間からピリピリとした圧が飛んでくる。
「命令は守ると約束したはずだが?」
予想していた通り、そこには怒りを携えたボスがいた。貴方が情報収集の任務しか与えてくれないからだと言いたいが、この状況で言い訳をするほど俺も馬鹿ではない。
「……申し訳ございませんでした」
「私は、約束を守らん奴は嫌いだ」
ボスから『嫌い』なんて言葉を贈られることは初めてで、それくらい取返しのつかないことをしてしまったのだと今更理解する。ショックを受ける資格なんかないくせに、あまりのショックに体から血の気が引いていく音が聞こえるような気さえした。
「……どんな罰も、甘んじて受け入れます」
嫌いになってしまったなら、きっともう俺を隣には置いてくれないだろう。恋人という関係はなかったことになって、ただのボスと部下の関係に戻るのかもしれない。もう、敬語なしでボスと話せる日なんて来ないのかもしれない。
だって、ボスがプライドを折ってまで、私情だと言ってくれてまで、俺に約束をさせたことなのだ。それを破るのは、ボスのプライドを自らで折るも同然だった。
「本当に、どんな罰でもいいんだな?」
「はい」
ボスに対してとても失礼なことをしてしまったのだ。まだ償えるだけ、しかも罰の内容をボスに直々に考えてもらえるなんて幸せなことだと思った。
危険な任務で弾除けにでも使ってもらえるだろうか。それとも、試したい薬の治験役にでもなれるだろうか。どんな形にせよ、ボスのためにこの身を使ってもらえるのなら喜んで差し出そうと考えていた。
しかし彼の提案した罰は、俺が予想していたものとは違っていた。
「この手錠と足枷を自分でつけろ。そして、もう二度とここから出るな」
「え……?」
そう言って、彼は本当にジャラジャラと金属音の鳴るものを渡してくる。
「なん、で」
もう用済みだというのか。最後まで俺は、ボスの元で役に立つことを許してもらえないというのか。そうだとしたら、この人はなんて的確に俺への罰を考えつくのだろうと思った。
それがどれだけ嫌なことだとしても、処遇に対して反論を述べる資格は、今の自分にはない。
これからはボスの顔も見れず、役に立つこともできず、誰も来ない地下牢のような場所で生きていくことになるのだろうか。……そんなの、耐えられない。手に、足に、重さがかかるごとに何かが目にじわりと滲むのが分かる。
「なんて情けない顔をしている。そんなに私と過ごすのがお前は嫌なのか」
「ボスと、過ごす……?」
「はぁ……。何か勘違いをしているようだな」
うつむいていた顔をあげれば、そこには呆れたようなボスの顔があった。
「お前は大方、どこか地下牢にでも閉じ込められると思ってるんだろう。出るなと言ったのは『ここ』……言葉通り私の部屋からだ」
ボスの言葉で、自分が盛大な勘違いをしていたことに気付く。ボスの部屋から出るなという命令であるということは、これから先ずっとボスの側に居られるということを示していた。
もう見放されたと思っていたから、嬉しくてホッとして、堪えていた涙が溢れてくる。
「おい、なぜ泣く」
「うぅっ……ボスに見捨てられたと思ったからぁっ……」
「これくらいで見捨てるほどの軽い愛だと思われていたなんて心外だな」
よかった。本当によかった。いや、罰なのだから喜んではいけないのだけれど、まだボスの隣にいることを許してもらえたのが本当に嬉しかった。
「でも外には出さないのは本当だからな。私の組織の仕事にももう関わらせない。お前には、ただ守られるだけの人間になってもらう」
「……はい」
好きな人の役に立てなくなってしまうことに、ましてやお荷物にさえなってしまうことに思うところはあるが、先ほど感じた絶望に比べれば全然軽い罰だと感じた。
「少しの外出もダメだ。買い物に行きたければ私の部下に欲しいものを頼め。お前は狙われているからな」
「はい」
10
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
アルファの双子王子に溺愛されて、蕩けるオメガの僕
めがねあざらし
BL
王太子アルセインの婚約者であるΩ・セイルは、
その弟であるシリオンとも関係を持っている──自称“ビッチ”だ。
「どちらも選べない」そう思っている彼は、まだ知らない。
最初から、選ばされてなどいなかったことを。
αの本能で、一人のΩを愛し、支配し、共有しながら、
彼を、甘く蕩けさせる双子の王子たち。
「愛してるよ」
「君は、僕たちのもの」
※書きたいところを書いただけの短編です(^O^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる