じゃじゃ馬に愛の鎖を

沙羅

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入院中、ボスが病室を訪れることはただの一度もなかった。きっと怒っているからなのだろうとは思いつつも、大好きな人が見舞いにすら来てくれないという事実が苦しかった。

しかし無事に手術が終わりリハビリも済んで、今日は退院の日である。
ボスの直属の部下である人から、退院したらすぐにボスの部屋に行くようにと知らせを受けていた。緊張を纏って部屋に入れば、入った瞬間からピリピリとした圧が飛んでくる。

「命令は守ると約束したはずだが?」
予想していた通り、そこには怒りを携えたボスがいた。貴方が情報収集の任務しか与えてくれないからだと言いたいが、この状況で言い訳をするほど俺も馬鹿ではない。
「……申し訳ございませんでした」

「私は、約束を守らん奴は嫌いだ」
ボスから『嫌い』なんて言葉を贈られることは初めてで、それくらい取返しのつかないことをしてしまったのだと今更理解する。ショックを受ける資格なんかないくせに、あまりのショックに体から血の気が引いていく音が聞こえるような気さえした。

「……どんな罰も、甘んじて受け入れます」
嫌いになってしまったなら、きっともう俺を隣には置いてくれないだろう。恋人という関係はなかったことになって、ただのボスと部下の関係に戻るのかもしれない。もう、敬語なしでボスと話せる日なんて来ないのかもしれない。
だって、ボスがプライドを折ってまで、私情だと言ってくれてまで、俺に約束をさせたことなのだ。それを破るのは、ボスのプライドを自らで折るも同然だった。

「本当に、どんな罰でもいいんだな?」
「はい」
ボスに対してとても失礼なことをしてしまったのだ。まだ償えるだけ、しかも罰の内容をボスに直々に考えてもらえるなんて幸せなことだと思った。
危険な任務で弾除けにでも使ってもらえるだろうか。それとも、試したい薬の治験役にでもなれるだろうか。どんな形にせよ、ボスのためにこの身を使ってもらえるのなら喜んで差し出そうと考えていた。
しかし彼の提案した罰は、俺が予想していたものとは違っていた。

「この手錠と足枷を自分でつけろ。そして、もう二度とここから出るな」
「え……?」
そう言って、彼は本当にジャラジャラと金属音の鳴るものを渡してくる。
「なん、で」
もう用済みだというのか。最後まで俺は、ボスの元で役に立つことを許してもらえないというのか。そうだとしたら、この人はなんて的確に俺への罰を考えつくのだろうと思った。
それがどれだけ嫌なことだとしても、処遇に対して反論を述べる資格は、今の自分にはない。

これからはボスの顔も見れず、役に立つこともできず、誰も来ない地下牢のような場所で生きていくことになるのだろうか。……そんなの、耐えられない。手に、足に、重さがかかるごとに何かが目にじわりと滲むのが分かる。

「なんて情けない顔をしている。そんなに私と過ごすのがお前は嫌なのか」
「ボスと、過ごす……?」
「はぁ……。何か勘違いをしているようだな」
うつむいていた顔をあげれば、そこには呆れたようなボスの顔があった。

「お前は大方、どこか地下牢にでも閉じ込められると思ってるんだろう。出るなと言ったのは『ここ』……言葉通り私の部屋からだ」
ボスの言葉で、自分が盛大な勘違いをしていたことに気付く。ボスの部屋から出るなという命令であるということは、これから先ずっとボスの側に居られるということを示していた。
もう見放されたと思っていたから、嬉しくてホッとして、堪えていた涙が溢れてくる。
「おい、なぜ泣く」
「うぅっ……ボスに見捨てられたと思ったからぁっ……」
「これくらいで見捨てるほどの軽い愛だと思われていたなんて心外だな」

よかった。本当によかった。いや、罰なのだから喜んではいけないのだけれど、まだボスの隣にいることを許してもらえたのが本当に嬉しかった。

「でも外には出さないのは本当だからな。私の組織の仕事にももう関わらせない。お前には、ただ守られるだけの人間になってもらう」
「……はい」
好きな人の役に立てなくなってしまうことに、ましてやお荷物にさえなってしまうことに思うところはあるが、先ほど感じた絶望に比べれば全然軽い罰だと感じた。
「少しの外出もダメだ。買い物に行きたければ私の部下に欲しいものを頼め。お前は狙われているからな」
「はい」
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