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第三は試験と謎解き
悲しき事情
しおりを挟むそれから、リリー様が情報を持って来るまで、さほど時間がかかりませんでした。
そして情報は、驚くべきものでした。
彼女の話を聞くと、こういうことでした。
その約束したのは彼の姉で、本来はカリズ・ルネの作品を送る予定だった。
しかし、使用人の手違いで間違えてそれを送ってしまったらしい。
大急ぎで校長に謝罪を入れ、カリズのものと交換を求めたが、校長がその絵画に魅入られほしいと言われてしまった。
その絵画は尊敬する祖父の大事な形見なので、ダレンツとしては渡したくなかった。
何度か返してほしいと頼んだが、それが認められることはなかった。
ルネ家では、大事なものではあるが気に入ってくれた人がいることの方が画家としての誉れだと結論づけ、
それ以上言及はしていない。
ということでした。
「…最初こそ手違いとはいえ、校長が望んでもらったものなのですね」
なんとなく、従業員の間で『カリズ・ルネの作品』と思われ続けている理由がわかりましたわ。
きっと校長はあまりにうれしくて『カリズ・ルネ』の作品をもらうと言いふらしていたはずですわ。
その後、自分が望んだとはいえ、広まった噂を訂正するのは難しかったのよ。
それにルネ家の人間の作品なのは間違いないから説明もややこしい、だから『カリズ・ルネ』ということを今日まで訂正せずにいたんだわ。
ここの従業員は一応貴族だけれど、奥方働きに出るくらいですから裕福ではありませんわ。
花嫁修行なら上の貴族の使用人になるはずですもの、アカデミーは生徒が学ぶ場であって従業員に学べることは何もない。
そんなお金に困る貴族が、絵画の勉強をできるとは思えませんわ。
あの絵が『カリズ・ルネの作品ではない』とでも言われない限り、見分けることなんてできないわよ。
そして、その事情なら彼が私にことごとくそっけない態度だった理由もわかるわ。
尊敬する祖父の絵画を『カリズ・ルネの作品だ』と言ったのだもの。
確かに、国母の候補ともあろう人間が、
従業員の言葉に振り回されて『カリズ・ルネの作品でない』と言うことを見抜けなかったなんて…元々私の性格に難を感じていたのであれば、失望されても仕方がございません。
苦手だから、一番貴族の心得の中で必要ないからと、
絵画の勉強を怠ったツケですわ…彼は私を罵る権利がある。
全ての試験が終わったら、ちゃんと勉強し直す必要はありますわね。
私がそう色々考えておりますと、リリー様は話を続けました。
「ダレンツさん的には、今でも返してほしいと思っているみたいです。
彼のお祖父様は、あの絵だけは生涯だれにも売ろうとしなかったそうですから」
「なぜですの?」
「あの絵、女性が立っているでしょう?
若い頃のお婆さまなんですって。」
「大層仲が良かったそうですけれど、早くに亡くされて…
数少ないお婆さまを描いた作品だったんだとか、彼にだけどのことを話したみたいですね。」
なるほど、そこから事情を推察するのは難しくない。
きっとそれは彼のお祖父様にとって、思い出深いものだったのよ。
事情を知っている彼が、売りたくないと思うのは自然だし、
彼以外誰も知らないなら他の親族が、それ以上とやかく言わないのも理解できるわ。
「だとすれば…お祖父様を大切に思われていたなら、今でもまだ返してほしいでしょうね、
それこそジャックよりあの絵がほしい人物…」
そこまで言って、私はハッとしました。
そうよ、私はなぜ予告状があることだけで『怪盗ジャックが犯人』と決めつけていたのかしら。
ここまでの情報で『怪盗ジャックが犯人』と思う情報十分でした、
それでも確信が持てなくて、ずっと違和感があったからここまで調べていたわけですけれど、
理由はこれよ…
「…リリー様、その話をダレンツさんに聞かれた時…
あの絵画が盗難にあった時の彼がどう思ったのか…心境は聞かれましたか?」
「いいえ…」
そうですわよね、私も聞いておりませんわ。
いくら私のことを嫌いだとしても、絵画が盗まれた話をした時表情にも悔しさを表さないなんて…
おかしいのはそれだけではございません、よく考えたら彼…怪盗ジャックの話をした時
去年大切なお祖父様の絵画で、返してほしかった絵画が盗まれたことよりも、
昔に盗まれた陶器の話をした…。
普通、返してもらえない上にそんなことになれば怒り狂ってもおかしくないのに…。
盗まれたから忘れたい?そんなわけないわ、絵は返却されてるんだも…そういう意味での辛い気持ちはないはずよ。
そこまで考えて、私はふと思い出す。
「…何かおかしいと思ったのよ、この手紙…」
怪盗は事件を起こす予告の手紙を出すわ。
でも、事件を起こした後に自分の名前入りの手紙なんか残さないのよ…普通は。
仮に残すのだとすれば、取引をするときだけ。
盗んで事後報告だけのカードなんて、残しても無意味なのよ。
自分の存在をアピールしたいとき以外は。
「そうよ…『ジャックが来た』そう思わせないとだめなのよ」
普段のジャックは、予告という形でそのアピールをしている。
盗んだことを宣言する手紙ではなく、予告状を出すのは警備をすり抜けることができるから。
でも、ここまでの証言では、予告状があったという話は聞かないわ。
出してないのよ、この時のジャックは警備なんかされたら困るから。
その理由は?一人じゃ運び出せないから?
だったら、もっと小さい絵画を狙えばいいわ。
じゃあなぜ?
「ジャックじゃない…」
犯人も…この絵画がほしいのも…
「でも、それが真実なら…大問題じゃない」
でも、ジャックが犯人だと思い込むよりは全てのピースがかちりと当てはまって納得ができる。
これが答えなのは…多分間違いない。
なるほど、狙いはこれでしたのね。
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