英雄の奥様は…

ルナルオ

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英雄の奥様と英雄の悩み2

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 マリロード王国からラタナ王国まで、わざわざ視察という名目で訪れた英雄の副官セドリック。

 本当の理由は、スーザンを妻にしようと狙う幼馴染みのミハイル(ラタナ王国の副宰相)にふさわしい婚約者をあてがって、スーザンのことを忘れてもらう計画のためであった。
 まずはミハイルの婚約者第一候補のナハド侯爵の娘セリエンナをミハイル好みに改造することから始めようとした。
 ちなみに、このセリエンナの改造計画は、父親のナハド侯爵からも大歓迎と支援もされていた。
 ナハド侯爵は、セドリックの表向きの用事も最短最小限で効果をあげさせて、滞在中、娘の改造計画のためにセドリックが十分な時間を取れるように配慮してくれていた。

 化粧の達人であるマリロード王国侍女のベリーナの協力のもと、セドリックはセリエンナにレジーヌ副将軍の副官になるための教えといいながら、密かにミハイルに気に入ってもらえるようにも教育していた。
 セリエンナはそんなセドリックやベリーナの教えを全く疑うことなく、本気で学び、教えの通りになろうと努力した。
 なぜならば、その教えをセリエンナの憧れであるレジーヌ副将軍までも聞き入って、実行しようとしていたから、セリエンナも実行するのは当然であった。

 レジーヌはセリエンナ以上にセドリックのもとに日参し、セドリックを口説きまくった。

「今日はあなたのイメージの花を用意しました」
「この本なら、あなたも興味持っていただけるかと」
「華やかなあなたにはこの宝石が似合うと思って」などなど……。 

 花束、書籍、宝石、ラタナ名産菓子に、国一番の染料衣類などプレゼントもかかさず、レジーヌはセドリックに愛を囁いた。
 
 なんて男前なアプローチなんだ!
 でも、これはないな……。
 私はご令嬢じゃないんだけだから、引くな~。
 ああ、でも、もし私とレジーヌ副将軍の性別が逆だったら、負けてたかも……。
 あとは、ラタナ国王が関わってきたら、やっかいだったけど、それがないから助かった! 
 あ~、公爵令嬢でレジーヌ副将軍にも負けない美貌を持つエリザベスと婚約しておいて、本当に良かった!
 おかげで、レジーヌ副将軍のプロポーズがすっごく、断りやすかったよ!
 ああ、早く、マリロード王国に帰って、エリザベスに会いたい!!
 
 男前なレジーヌの口説きに、少々弱気になり、疲れるセドリックであった。

 セドリックは、レジーヌの求愛を躱し、セリエンナをミハイル好みになるようにスーザン風に教育して、セリエンナの見た目も良くしていった。
 そんなセドリックを観察していたレジーヌは、男前な口説き方ではセドリックがおちないと気づき、またセリエンナの変化にも気づいた。
 
「随分、セリエンナは貴族の令嬢らしくなったな」

 しみじみ感想をいうレジーヌ。
 それに喜ぶセリエンナ。

「まあ!そうですか!?
 レジーヌ様におっしゃっていただき、とても光栄です!」
「……そうか。
 セドリック殿はこういう感じがおすすめなのだな」

 レジーヌは、セドリックが改造するセリエンナの変貌から学ぶのであった。

 こうして、短期間であったが、セリエンナの改造が進み、ほぼ完成に近づいた。
 最後の仕上げとばかり、セドリック達がマリロード王国に帰国する前に開かれた夜会で、改造されたセリエンナをミハイルと引き合わせ、ミハイルの反応から今後の対策を練る段階まできた。
 ミハイルも確実にその夜会に出席すると確認したセドリックは、まるでセリエンナのデビュタントのように、効果的に演出し、登場させた。
 元男装の女性騎士セリエンナが社交界一の美女レベルに変貌したのであった。
 
 夜会の出席者達は、セリエンナの変わりように驚き、賞賛をおくった。

 あのミハイルですらも「おお!」と感嘆の声をあげていたことから、セドリックが期待していた以上の効果があったと実感された。
 しかし、その賞賛はすぐに別な対象に移った。
 
 セリエンナの劇的変貌すら忘れるくらい、衝撃的な人物が現れた。
 
 この国一番の武人レジーヌ副将軍。
 そのレジーヌ副将軍が、初めてのドレス姿で現れたのであった。
 それは、どこの国の女王かと思うほどの美しさで、凛々しさと威厳もある姿であった。
 今まで、夜会で一度たりともドレスを着て出席したことがなかったレジーヌ副将軍は、今回、セリエンナの姿を参考に、この世の美女が束になってかかっても、負けない位強い印象を与えた。
 
 夜会に参加していた全員が驚いた。
 
 ただし、 着飾っていても、そこはレジーヌ副将軍。
 姿は非常に美しいけれど、凛々しさがまさるうえに、黄金に輝く獣の女王という感じであった。
 黄金獣の女王、レジーヌ副将軍は、現れてすぐにセドリックのもとに近寄り、ダンスに誘った。
 このラタナ王国では、男装の騎士が着飾った女性と踊るくらい女性優位のため、女性からダンスをお願いするのも普通の国である。
 セドリックに断る理由はないため、レジーヌと一番に踊った。
 セドリックにリードされ踊り、嬉しそうなレジーヌ。

「このドレスを着て夜会にでると言ったら、両親に泣いて大喜びされてしまった。
 私がまさかドレスを着る日がくるとは思っていなかったそうだ」

 頬を染めて、少し照れたようにいうレジーヌは、まさに恋する肉食獣、……いや、一応、初心な乙女のようであった。
 
「お美しくて、よくお似合いですよ」

 お世辞を言うセドリックに、ギラっと肉食獣の瞳をするレジーヌ。

「ありがとう!
 そう思うのならば、私と是非、結婚して欲しい。
 あなたのためなら、ドレスも着るし、気に入るように美しく着飾るし、良き妻にもなろう」
「いえ。それとこれとは別です。
 愛する婚約者がいるので、お断りします」
「……社交界一の美女で公爵令嬢の婚約者か。
 マリロード王国で一番人気のあなたに選んでもらえるなんて羨ましい。
 さぞかし、あなたの心をつかむのが上手いのだろうな」と本当に羨ましそうに言うレジーヌ。

 いえ、うちのエリザベスも、英雄の奥様によって改造されるまで、昔は変な子でしたよ~。
 むしろ、残念な子でしたが……。
 うーん、結婚する気になったのは、英雄の奥様のおかげかな?

 そう心の中で、昔のエリザベスを思い出し、懐かしむセドリック。

「だが、この世界で私ほど、あなたを求めている者はいないと思う!
 たとえ副官としてでもいいから!」

 直球で、男前に口説くレジーヌに、さすがのセドリックもちょっと胸がトゥンク……と鳴ったが、(……この世界で一番求められているのか。……いやいや、ないない!猛獣の扱いはサイラス将軍だけでもう十分だ!!)と思い直すセドリック。

「いや、その、うーん。
 本当に婚約者を愛しておりますので。
 たとえ任務で他の貴族令嬢をおとすように命令されても、きっぱり断っております。
 それに副官の件も、英雄サイラス将軍のことで手一杯ですよ。
 仕える方を変えることも、これ以上、誰かの面倒をみるのも無理ですね」

 セドリックは何とかレジーヌの副官の勧誘も断った。

「そうか。せめて副官にだけでもなってほしかったが、難しいか」

 そう言って、ふうと切なげにため息をついた。

「その令嬢より先にあなたにお会いしたかった……」

 せつなくも寂しそうに言うレジーヌ。 
 ダンスが終わり、まだ名残惜しそうなレジーヌの元に、貴族の男性達が我先にとドレス姿のレジーヌにダンスを申し込もうと殺到した。
 おかげで、やっとレジーヌから解放され、ほっとしたセドリックは、目的であるミハイルとセリエンナがどうなったか確認しようと周囲を探していると、身分の高そうな壮年の夫婦がセドリックに声をかけてきた。

「あ、あなたがセドリック・ウェンゲード伯爵では!?」
「まあ、何て恰好良いのかしら!あの子も気に入るはずね!!」

 セドリックに急接近してきた、とても体格の良い凛々しい紳士と、レジーヌにとても似ているが、彼女の凛々しさを抜いたような麗しい金髪のご婦人がいた。
 
 ちょっと、待て!
 嫌な予感しかない。
 このお二人は間違いなく……。

「初めまして。私はアルベリック・バスキントです。レジーヌの父です。こちらは妻のレイラーナです」

 レジーヌ似の紳士が紹介してきた。

 やっぱりか……。
 レジーヌ副将軍の両親とは手強い。

「初めましてバスキント公爵。
 セドリック・ウェンゲートです」

 冷静に挨拶しつつも、この次の展開をどう逃げるか考えるセドリック。

「いや~! 君のおかげで、私達の娘がドレスを着る気になったんです!!
 あの子は結婚式でもドレスは着ないと宣言しており、もうドレス姿は一生、見られないとあきらめていたのです。
 それが、惚れた男をおとすためにドレスを着てくれて、もうその姿が見れただけでも、あなたに心から感謝いたします!
 いや、今後とも、もし娘をお願いできたらと我々は望んでおりまして!!」

セドリックに予想通りプレッシャーをかけてくるレジーヌの両親。

「い、いえ、私には愛する婚約者がおりますので。
 英雄の副官でもありますし、国王直々に依頼された仕事もあり、マリロード王国を離れるつもりはございません」
 
 顔をちょっとひきつらせた笑顔で断るセドリック。
 心の中でセドリックは必死であった。

「そうですか。 ……残念です」としょんぼりするレジーヌの両親。

 そこへ、またもや身分が高そうで、体格も容姿も非常に良い、ただし今回は若目の男性がセドリックに近づいてきた。

「ふーん、そなたが噂のセドリック・マートイ子爵か?
 む!軍人のくせに随分と頼りない見かけだな。
 本当に英雄の副官なのか?」

 初対面でセドリックへ明らかな敵意を見せる男性は、ラタナ国王の弟で、レジーヌの上司でもあるアロイス・ラタナ将軍であった。

「……初めまして、ラタナ将軍。
 セドリック・ウェンゲードです」

 セドリックは何故、アロイス・ラタナ将軍がセドリックにこんな敵意を向けてくるのか不思議であったが、心当たりがひとつあった。

 あ~、そういえば、この方、レジーヌ副将軍の上司だよな。
 もしかして、レジーヌ副将軍の件で私が気に入らないのかな?

 そう考えて、とりあえず、不敬にならないように注意するセドリック。

「……アロイス将軍でよい。
 ん?なんだ、ウェンゲートだと?
 今はマートイ子爵ではないのだな。
 王から爵位を賜ったのか、それとも養子か婿にでも入ったか?」
「……マリロード国王から爵位と領地を賜りました。
 現在は、ウェンゲート伯爵を名乗らせていただいております。
 婚約者の家へ婿に入る予定も今のところ、ございません」

 セドリックは、婚約者がいるからレジーヌ副将軍からのプロポーズを受けるつもりはない旨をさりげなくアロイス将軍に伝えた。

「婚約者だと!?
 貴様、レジーヌにあんなにまでプロポーズされておいて、国の婚約者を選ぶつもりか!?」
「ええ、もちろん。
 マリロード王国に帰国次第、結婚する予定です。
 ですから、レジーヌ副将軍には結婚も、副官になることも初めからお断りしておりますよ」
「くそっ!貴様はレジーヌにそこまでいってもらっておいて、ぬけぬけと断ったのかっ!?
 あのレジーヌにだぞ!?
 うらやまし過ぎっ……あ、いや、その、な。
 と、とにかく、貴様は気にくわん奴だな!!
 しかも、いくら私がドレスを送っても絶対着てくれなかったレジーヌが、あっさり貴様のためにドレスまで着たのに! 
 私なんか騎士姿のレジーヌでもいいから、レジーヌと踊りたいがために女装しようかと血迷った位なのに!!」

 ひどく怒ってくるアロイス将軍に(将軍の女装はちょっと……。本当に血迷ったんだな。止めた周囲はさすがだな……。そして、この方はやはりレジーヌ副将軍が好きなんだな)と事情がわかったセドリックであった。
 
 そう、アロイス将軍はずっとレジーヌ副将軍に片想いしていた。
 それこそ、子供の頃から。
 しかし、彼は子供の頃から勇ましいレジーヌに一度も勝てず、男としても意識されないまま現在に至る。
 アロイス将軍は、実力ではなく、他国への対外的立場と王弟という身分ゆえに将軍をしているが、レジーヌのことが好きで好きでたまらず、実質の将軍業務はレジーヌ副将軍が主に行い、アロイス将軍はレジーヌの副官のような仕事や他国への交渉などのやっかいな業務は彼がやるくらい、仕事でもレジーヌ副将軍に尽くしていた。
  そして、あの勇ましき金の獅子のようなレジーヌ副将軍の伴侶に、けなげなアロイス将軍がなれるよう、兄である国王をはじめ、多くの者達が見守っていた。

 そんな状況に、実力・実績があり、有能で、見た目も良く、身分もそれなりに良いセドリックがぽっと現れ、レジーヌ副将軍の心を奪っていったのである。
 憎むなという方が難しい状況であった。
 
「……レジーヌ副将軍の伴侶には、アロイス将軍のような素晴らしい人物こそふさわしいと考えております。
 私にできることなら、いくらでもご協力を惜しまない所存です」

 アロイス将軍の敵意を避けるため、あなたの味方ですよ~と言ってみるセドリック。

「む!……本当にそう思うか!?」
「ええ。もちろんですよ!」

 アロイス将軍の敵意から逃れ、何とか協力体制に入ろうとするセドリックであったが、すぐ近くで話を聞いていたレジーヌ副将軍の父親バスキント公爵が余計な事を言った。

「いやいや、アロイス将軍には申し訳ないのですが、バスキント公爵家としては、レジーヌの意思を尊重しております。
 だから、できれば、セドリック殿に……」

 そう言ってくるレジーヌの父親バスキント公爵を(ちっ、余計なことを!)と心の中で敵認定するセドリックであった。

「ほう~。両親公認なのか、ウェンゲード伯爵」と地の底から響くような暗さで言ってくるアロイス将軍。
「へ~、さすが英雄の副官。
 女性に対しても有能とは、やるな~。
 あのポンコツ将軍を英雄に仕立てるだけのことはあるね。
 ウェンゲード伯爵がレジーヌの伴侶になったら、これはラタナ王国にとっても利益になりますね。
 私からもマリロード国王とラタナ国王の両方に口添えしましょうか?」

 突然、ターゲットのミハイルまでもが、3人の会話に混ざってきた。
 しかも、ミハイルは、セドリックとレジーヌをくっつけようとするため、セドリックの敵認定の1人となった。
 実は、ミハイルはレジーヌとは友人関係であり、セドリックのことで相談をされていた。
 今回のセドリックのラタナ王国来訪にあたり、サイラス将軍に暗殺も含めて何か言われて来たのではないかと、セドリックに対して、非常に警戒していたミハイルであった。
 しかし、ナハド侯爵家のセリエンナの劇的変貌により、セドリックの来訪の意図を理解したミハイル。
 ミハイルにスーザンをあきらめさせ、セリエンナとくっつけようとしていることがわかったミハイルは、お返しにレジーヌの恋を叶えてあげようと策を練り始めていた。
 
 こうして、英雄の副官セドリックは、アロイス将軍を抜かす、レジーヌ副将軍を強くおす強力な人物達に囲まれ、追い詰められるのであった。

 英雄の副官は、時に英雄の悩みのために追い詰められる!
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