46 / 54
46
しおりを挟む
「セシル!!」
「おひいさん、最後の通告だ。俺はアンタにふさわしい護衛にはなれない」
「そん、な、そんなことない!!」
泣きそうな表情で笑みを浮かべるセシルに、私は自分の思っていた気持ちを打ち明けた。自分にとって、セシルがいかに必要な人間であるか、大切でずっとそばにいてほしい、そんな存在であることを。
「どう、して……」
「セシル。それはね、あなたが成しえたことなの。あなたが、私との間に作り上げた関係がそう私に思わせている。あなたの力よ」
「なんで!! なんで……、アンタは、俺を……」
突き放さない、と小さく聞こえる。
「突き放したりなんてしないよ、セシルが私にしてくれたように、私も言うね。いつもありがとう、セシル。私にとってあなたはかけがえのない人よ、あなたを失いたくない、側にいてほしい」
「おれ、アンタにふさわしくなんて……」
「それを決めるのは、私よ。あなたが私に相応しいと思えなくても、私が相応しいと思う。それでいいじゃない」
「おれは……」
ぽつりぽつりと、セシルが話を始めた。立ったままだったセシルを近くのソファに座らせて、私も隣に座って聞く。セシルの過去は想像を絶するほどに苦しいものだった。
「娼婦の母親とどこの誰とも知れない父親から生まれたのが俺だった。そんなある日、母親がどこぞの貴族に見初められて囲われた。だけど当然ながら俺はそこに含まれない」
だから、奴隷として売られた、痛い言葉だった。この国に奴隷制度はないから、奴隷制度のある国でセシルが生まれたことはわかる。でもセシルにはその国の名前さえも知らぬうちに奴隷にされてしまったのだ。
「俺はまだ幼かったから、すぐに買い手がついた。それが暗殺を専門の生業とする、闇ギルドだった。殺しの依頼が入れば、どんな人間も殺す、狂った場所だったよ。当たり前ながら、働かざるもの食うべからず、だ。子どもにだって容赦しない。そこで俺は必死に殺しの技術を覚えた」
同じように買われた子どもが逃げ出すのを殺したこともある、とセシルは言った。彼は幼いころからそうやって苦しんできたのだ。
「俺は、暗殺者としてギルド内で力をつけた。一人でも依頼がこなせるようになったころから、暗殺対象は眠っている間に殺すようになった。だって、苦しませたくないから。いや、殺す側が何を言っているんだろうな……」
自嘲したセシルを、私はとっさに抱きしめていた。ずっと泣きそうなのに、涙をこぼさないのだ。それを見て、私はすぐに気が付いてしまった。セシルは、泣けなくなってしまったのだと。
「苦しませたくない、そう思えるあなたはすごいわ。快楽で人を殺す人間だっているんだから。でもセシル、あなたも痛くて苦しかったのね。ずっと気づかなくて、ごめんなさい」
私には人を殺すという状況になったことがないから、気持ちすべてを理解することはできない。同じ環境で同じように生きていたとしても、誰かの気持ちを理解するのは難しい。それが全く異なる環境で育ったのなら、なおさら。
「おひいさん、最後の通告だ。俺はアンタにふさわしい護衛にはなれない」
「そん、な、そんなことない!!」
泣きそうな表情で笑みを浮かべるセシルに、私は自分の思っていた気持ちを打ち明けた。自分にとって、セシルがいかに必要な人間であるか、大切でずっとそばにいてほしい、そんな存在であることを。
「どう、して……」
「セシル。それはね、あなたが成しえたことなの。あなたが、私との間に作り上げた関係がそう私に思わせている。あなたの力よ」
「なんで!! なんで……、アンタは、俺を……」
突き放さない、と小さく聞こえる。
「突き放したりなんてしないよ、セシルが私にしてくれたように、私も言うね。いつもありがとう、セシル。私にとってあなたはかけがえのない人よ、あなたを失いたくない、側にいてほしい」
「おれ、アンタにふさわしくなんて……」
「それを決めるのは、私よ。あなたが私に相応しいと思えなくても、私が相応しいと思う。それでいいじゃない」
「おれは……」
ぽつりぽつりと、セシルが話を始めた。立ったままだったセシルを近くのソファに座らせて、私も隣に座って聞く。セシルの過去は想像を絶するほどに苦しいものだった。
「娼婦の母親とどこの誰とも知れない父親から生まれたのが俺だった。そんなある日、母親がどこぞの貴族に見初められて囲われた。だけど当然ながら俺はそこに含まれない」
だから、奴隷として売られた、痛い言葉だった。この国に奴隷制度はないから、奴隷制度のある国でセシルが生まれたことはわかる。でもセシルにはその国の名前さえも知らぬうちに奴隷にされてしまったのだ。
「俺はまだ幼かったから、すぐに買い手がついた。それが暗殺を専門の生業とする、闇ギルドだった。殺しの依頼が入れば、どんな人間も殺す、狂った場所だったよ。当たり前ながら、働かざるもの食うべからず、だ。子どもにだって容赦しない。そこで俺は必死に殺しの技術を覚えた」
同じように買われた子どもが逃げ出すのを殺したこともある、とセシルは言った。彼は幼いころからそうやって苦しんできたのだ。
「俺は、暗殺者としてギルド内で力をつけた。一人でも依頼がこなせるようになったころから、暗殺対象は眠っている間に殺すようになった。だって、苦しませたくないから。いや、殺す側が何を言っているんだろうな……」
自嘲したセシルを、私はとっさに抱きしめていた。ずっと泣きそうなのに、涙をこぼさないのだ。それを見て、私はすぐに気が付いてしまった。セシルは、泣けなくなってしまったのだと。
「苦しませたくない、そう思えるあなたはすごいわ。快楽で人を殺す人間だっているんだから。でもセシル、あなたも痛くて苦しかったのね。ずっと気づかなくて、ごめんなさい」
私には人を殺すという状況になったことがないから、気持ちすべてを理解することはできない。同じ環境で同じように生きていたとしても、誰かの気持ちを理解するのは難しい。それが全く異なる環境で育ったのなら、なおさら。
21
あなたにおすすめの小説
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。
木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。
時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。
「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」
「ほう?」
これは、ルリアと義理の家族の物語。
※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。
※同じ話を別視点でしている場合があります。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!
宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。
静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。
……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか?
枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと
忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称)
これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、
――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる