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2話 ゆかりさんとわたしと、洋館にて
残念♪
しおりを挟む「違うの?」
再度訊ねると、ゆかりさんは伸ばした人差し指と親指の間に隙間を作る動作をします。
〝少しだけ違うわ〟
そう言いたいようです。
なんだかその仕草が可愛くて、密かに微笑ましい気持ちになったりしている間に、ゆかりさんはスケッチブックに伝えたい言葉を書き終えていました。
〝ミステリー小説において、登場人物の中に医療関係者、もしくは警察関係者がいて、その人が検死をした場合、それは情報として間違いがないのよ〟
「そうなの?」
ゆかりさんはこくりと頷きます。
そしてスケッチブックに文字を書きます。
〝みぃちゃんは、推理小説を書く際のルールって知っているかしら?〟
「ああ、何か聞いたことがある。ミステリーを作る上でのルールだって」
確か、ノックスの十戒とか、ヴァン・ダインの二十則とか。
聞きかじった言葉なので、名前しか分かりませんけれど。
なるほど。つまり、ゆかりさんはそれに沿って推理を進めているということです。
さすがです。
わたしがそう褒め称えると、ゆかりさんは軽く微笑んで返します。
〝その法則すべてに則っていなければミステリーの体を為していない、なんて思わないわ。あくまでそういう法則があるということだけ。一部だけを取り入れている本が多いわね〟
「そうなんだ。わたし、全然意識して読んでなかったかも」
〝物語として読む分にはそれでいいと思う。でも、ミステリーに対してそのトリックへ挑む場合にはこの法則を前提とした方が考えやすいの〟
「なるほど……」
ゆかりさんの博識ぶりに感心していたわたしは、ここでちょっと重大なことに気がつきます。
のんきに叩いていた手が止まります。
「あ、でもこの本がそれを全く無視していたとしたら、ゆかりさんの推理ははじめから間違っていることに……。ど、どうしよう……」
おかしなことをしないでちゃんと最後まで読んでおくべきでした。
いえ、わたしはゆかりさんに教えてもらうまで、推理小説の法則なんてあまり知らなかったのですから、やはり同じ結果になっていたでしょう。
無計画にもほどがありました。
不安げに訊ねてみたわたしですが、正直どうしようもありません。
ついつい、ゆかりさんを頼ってしまう癖がついてしまっているみたいで、こういう所を直さないといけませんね。
反省もそこそこにゆかりさんを見つめると、
〝それならみぃちゃんの勝ちということでいいんじゃないの?〟
彼女はあまりにもあっさりとそんな風に言うので、いえ、そう書いてあるスケッチブックを見せてくるので、わたしはやや焦ってしまいます。
「え、でも……そんな勝ち方はちょっと……」
ゆかりさんは、さらにスケッチブックに文字を書きます。
〝最初でも途中でも、考え方が違っていたら間違い。だから勝負は負け。謎解きってそういうものでしょう?〟
素朴な顔で問いかけられると、なるほど確かにそうなんですが。
けれど、わたしはどことなく引け目を感じてしまうのです。
「ううーん……」
そんなわたしの内心を察して、というより見抜いて、ゆかりさんはむっとした表情を作ります。
勢いよくペンを走らせて、スケッチブックをわたしに突きつけます。
〝今日のみぃちゃん、私に気を遣い過ぎよ。私、何か怒らせるようなことしたかしら?〟
ゆかりさんがわたしを怒らせることなんて、どうしてできるでしょうか。
わたしはとんでもないと慌てて手を振ります。
「そんな訳ないよ。わたし、ゆかりさんとお話しできて楽しいもの」
〝本当に?〟
そう言いたそうな瞳でわたしを睨んでくるので、もうたじたじです。
「本当、本当」
何度も頷いて見せるとゆかりさんはひとまず身を引いて、スケッチブックを手に取ります。
〝でも変に遠慮しがちよね〟
憮然としたまま少し考える素振りを見せて、何か思いついたのかポンと両手を打ち合せます。
思いつきをそのままスケッチブックに書いて見せてきます。
一転してとても楽しそうな笑みを浮かべています。
〝謎解きに勝った方は、負けた方に好きなことを何でもひとつお願いすることができます。決定〟
決定事項でした。
「ええー」
驚くわたしを前に、ゆかりさんは満足そうにうんうんと首を縦に振ります。
〝やっぱり勝負事には罰ゲームがないとね〟
とか。そんな風に言いたそうです。
「ちょっと待ってよ、ゆかりさん。そんな勝手な……」
一方、焦りっぱなしのわたしです。
わたしが頭を使うゲームにおいてゆかりさんに勝てるイメージがまったく浮かびません。
こういうゲームの勝敗によって罰ゲームが課せられる場合、ゆかりさんは手加減してくれないのです。
このままではいつも通り、ゆかりさんのおもちゃにされてしまうことでしょう。
まあ、それも決して悪くはありませんが……。
ゆかりさんは嫌々するわたしを満足そうに見つめて、楽しげに瞳を細めて、
〝もう決めてしまったわ。残念♪〟
音符のマークまで語尾につけて、わたしに見せてきます。
ご機嫌です。
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