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3話 ゆかりさんとわたしと、校舎裏にて
〝ゆぅちゃん〟
しおりを挟むゆかりさんがわたしを覚えていてくれなかったとか、友達だったのに裏切ったとか。
そんな理不尽な被害妄想を抱いたつもりはありません。
ただ、何となく。
わたしのことを知らない彼女に、わたしだけが使う彼女の愛称を軽い気持ちで使って、必要以上に彼女を混乱させたくなかった。
それだけです。
そんな想いを知ってか、幽霊の時のゆかりさんは、ちゃんとわたしを覚えているゆかりさんは、それでもわたしに〝どうして?〟と問いかけるようなことはしませんでした。
きっと待ってくれているのです。
わたしがもう一度彼女のことを〝ゆぅちゃん〟と笑顔で呼べる日を。
「…………」
「みぃちゃん、どうかしたの?」
静かな呼び掛けに、わたしはハッとして顔を上げます。
いつの間にか言葉を止めて俯いてしまっていました。
これはいけません。すぐに笑顔を作ります。
「ご、ごめんね。えっと、どこまで話したっけ?」
慌てるわたしに、ゆかりさんが人差し指を伸ばしてきました。
頬に触れる確かな温かさに、久しく触れていなかったぬくもりに、心臓がドキンと高鳴ります。
「泣いているわ」
指がそのまままなじりの涙を掬っていき、ようやくわたしも気づきました。
「あ、ちがっ、えっと……ごめん、ごめんね……」
必死で涙を止めようと、袖で頬やら目やらを擦ります。
きちんと向き合うと覚悟したくせにゆかりさんの前で泣いてしまうとは何ということでしょう。
何も変わっていない、ひとつも強くなっていない、弱いままの自分が嫌になって……。
今すぐここから逃げ出したくなります。
なのに。
こんなにも情けないわたしだというのに、ゆかりさんは、
「ありがとう」
「え……?」
澄んだ声でそう言って、ぬくもりのある手でわたしの頬を撫でて、薄く微笑んでくれました。
「あなたの想い、ちゃんと伝わったわ。私のために泣いてくれるのね。そんな友達が私を待っていてくれたことが、何より嬉しいわ、みぃちゃん」
「ゆかりさん……」
「さっきは酷いこと言ってごめんなさい。それから覚えてもいなくて」
「ううん、いいの……。わたしこそ泣いちゃってごめん……」
ゆかりさんはそうやって、俯くわたしを慰めて、励まして。
もっとしっかりしないといけないのに。
ゆかりさんを励まして支えられるようになりたいのに。
わたしはいつまでもこうしてゆかりさんに甘えたまま。
心の中ではそんな葛藤が渦巻いているのに、何故でしょう。
ゆかりさんがわたしに微笑みかけてくれることが、たまらなく嬉しくて。
込み上げてくる想いで溢れ返って、言葉が、出て来てくれないのです。
「ふふ、何故かしらね。友達が辛くて泣いてしまっているのに、私はとっても嬉しいの」
ゆかりさんはどこか愛おしげな声で言います。
何とか涙を拭いて顔を上げると、彼女の大きな黒い瞳もまた潤んでいることに気がつきました。
「酷い奴よね。でも涙が出るくらい嬉しいわ。みぃちゃんが、私を待ってくれていることが。眠っている間はとても安らかで、目を覚ますと辛い思いをするような気がしていたから、ずっと眠っていたかったんだけど……。うん、目を覚まして良かった。私を待っていてくれる人がいるって分かってよかった」
「ゆかりさん……」
「ねえみぃちゃん。勝手なことを言ってもいいかしら」
「なに、かな……?」
「また私が目覚めるのを待っていて」
わたしは大きく目を見開いて、ゆかりさんをまじまじと見つめました。
待っていて欲しい。
ゆかりさんがそんなことを言ってくれるなんて……。
気持ちを隠さず打ち明けてくれるだなんて……。
「今この場限りの軽薄な嘘でもいいの。頷いてくれたら私、きっとまたあなたに会うために目を覚ませると思うから」
ゆかりさんは泣きそうな微笑み顔でそう続けて、それから念を押すようにわたしを見つめて……。
ゆかりさんからのお願いを、わたしが断れるわけがありません。
「待つ! ずっと待ってる! 大丈夫よ、安心して。ゆかりさんがわたしを待っているように、わたしもゆかりさんを待ってるよ、ずっと……」
彼女の手を取って思いの丈を叫べば、わたしがどう答えるのかなどすべて分かっていたかのようにはにかんで、
「そう。ふふ、みぃちゃんって優しいのね。ありがとう」
嬉しそうに眼差しを細めて、わたしを見つめてくれるのでした。
記憶がなくとも、わたしのすべてを知っているかのように。いつものゆかりさんのように。
「またね、みぃちゃん」
別れ際、ゆかりさんは笑顔で見送ってくれました。
何の不安もないように、わたしがまた来てくれると確信しているかのように。
言葉にする必要のない信頼が、直接伝わってきます。
たくさん泣かせてもらったわたしも、すっきりと微笑みを返すことができました。
「うん。またね、ゆかりさん」
わたしは病室から出ました。
今度はもう振り返らずに、ゆかりさんのお願いを噛みしめながら、帰宅の途につきました。
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