Boundary Balance ー世界を量る少女は教室ではよくしゃべるー

おぼろ藍

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月代湊 視点

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神代湊・視点
 寮の廊下は、夜になると音が消える。
 足音だけが、やけに響いた。
 自分の部屋の前で、鍵を回す。  カチ、と乾いた音。
 ドアを閉めた瞬間。  外の世界が、薄く遠のいた。
 ベッド。  机。  本棚。  制服がかかった椅子。
 変わらないはずの景色。
 なのに。
 空気が、どこか重い。
 俺は鞄を机に置いた。  しばらく、触らない。
 そのままベッドに腰を下ろす。
 ポケットの中のスマホが、やけに存在を主張している。
 取り出す。
 着信履歴は、残っていない。
 さっきの通話が、本当にあったのか分からなくなる。
 ……いや。
 ある。
 俺はゆっくり鞄を開けた。
 教科書をどける。  ノートをずらす。
 底。
 白い封筒。
 やっぱり、そこにある。
 指先が、少しだけ汗ばむ。
 封を切る。
 薄い紙が、机の上に滑り落ちる。
 設計図。
 線が、無機質に交差している。  建物の図面にも見えるし、回路図にも見える。
 視線が、端に止まる。
 ――剪定予定 二日
 喉が乾く。
 俺は椅子に座ったまま、天井を見上げた。
 ノクス。
 その名前を、声に出さずに呟く。
 小さい頃。  父は、ほとんど家にいなかった。
 帰ってきても、話さない人だった。
 ただ、一度だけ。
 「選択は、遅れるほどー、、」
  父の声が途切れた。
 意味なんて、分からなかった。
 今も、分からない。
 だけど。
 その言葉だけが、やけに残っている。
 俺は、設計図をもう一度見る。
 赤い印が、一箇所。
 学園敷地内。
 ……旧資料棟。
 その瞬間。
 机の上に置いたスマホが、勝手に点灯した。
 通知はない。
 画面だけが、淡く光る。
 そして。
 ロック画面に、知らない文字が浮かんだ。
 ――継承確認中
「……は?」
 思わず声が漏れる。
 画面が、一瞬だけ歪む。
 ノイズみたいに。
 次の瞬間。
 元に戻った。
 ただのロック画面。
 心臓が、速い。
 俺はスマホを裏返して、机に置いた。
 沈黙。
 時計の針だけが進む。
 カチ、カチ。
 俺は設計図を折りたたむ。
 封筒に戻す。
 鞄にしまう。
 ――逃げるなら、今だ。
 あの声が、頭の奥で繰り返される。
 俺は立ち上がった。
 カーテンを開ける。
 寮の窓から、学園が見える。
 街灯に照らされた校舎。  影になった旧棟。
 そこだけ。
 やけに暗かった。
 視線を外そうとして。
 止まる。
 旧資料棟の屋上。
 一瞬。
 誰かが立っているように見えた。
 瞬きする。
 もういない。
 気のせい。
 ……多分。
 俺はカーテンを閉めた。
 部屋が、夜に沈む。
 机の上に、設計図の端が少しだけ覗いていた。
 まるで。
 選択を急かしているみたいに。
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