Boundary Balance ー世界を量る少女は教室ではよくしゃべるー

おぼろ藍

文字の大きさ
31 / 36

あの時は

しおりを挟む
ヤモリの尾が、ゆっくりと左右に揺れる。
咲夜の足元で、まるで心拍を測るみたいに。
沈黙が続く。
文化祭の音だけが、遠くから柔らかく流れてくる。
湊が、先に口を開いた。
「……驚かないんだね」
「え?」
咲夜は瞬きをする。
「なにが?」
「僕がここにいること」
咲夜は少し考える。
「……びっくりはしてる」
正直な声だった。
「でも、月代くんって」
言葉を探すように、視線を落とす。
「なんか……こういうところにいそう」
湊が、少しだけ笑う。
「どういうところ?」
「静かなところ」
咲夜は、研究棟の廊下を見回す。
「図書室とか、資料室とか」
「人があんまり来ない場所」
その言葉に、湊の表情がほんのわずかに揺れる。
「……覚えてるんだ」
「覚えてるよ?」
咲夜は首を傾げる。
「なんで?」
湊は、少しだけ視線を外した。
その瞬間。
咲夜の中で、記憶がほどける。
*** 回想 ***
春の終わり。
放課後の図書室。
窓が少しだけ開いていて、カーテンが揺れていた。
咲夜は、脚立の一段目に立っていた。
「んー……届かない」
上段の棚にある本を取ろうとして、背伸びをしている。
ぐら、と体が傾いた。
「危ない」
後ろから、手が伸びる。
咲夜の肩を、軽く支える。
振り返ると、湊がいた。
「大丈夫?」
「うん……ありがとう」
咲夜は脚立から降りる。
「月代くん、本読むんだ」
「まあね」
湊は、棚から一冊抜き取る。
それは、境界学の入門書だった。
「難しそう」
咲夜は、表紙を覗き込む。
「こういうの、好きなの?」
湊は少し考えてから言った。
「……好きっていうより」
「気になる」
「なにが?」
咲夜は、素直に聞く。
湊は、ページをめくる手を止める。
「境目」
「さかいめ?」
「うん」
彼は、窓の外を見た。
校庭では、運動部が走っている。
笑い声が聞こえる。
「人が、どこから変わるのか」
「どこまで同じでいられるのか」
咲夜は、しばらく黙ってから言った。
「……難しいね」
「そうかな」
「うん」
咲夜は笑う。
「私は、そんなに考えたことないや」
湊が、少しだけ驚いた顔をする。
「なんかさ」
咲夜は、棚にもたれる。
「変わっても、その人はその人じゃない?」
「……」
「月代くんは月代くんだし」
「私が急に金髪になっても、私だし」
「それはかなり変わってると思う」
「例えだよ!」
咲夜は笑う。
その笑いに、図書室の静けさが少しだけ柔らかくなる。
湊は、本を閉じる。
「……そうだね」
その声は、とても小さかった。
*** 現在 ***
咲夜は、はっとする。
目の前にいる湊が、その時と同じ顔で立っている。
「……図書室」
咲夜が呟く。
湊は頷く。
「覚えてる?」
「うん」
咲夜は笑いかけて。
そして、少しだけ笑みが薄れる。
「……でもさ」
「月代くん」
「さっきの話」
「鍵とか、境界とか」
言葉を選びながら続ける。
「なんか」
「……遠い話みたい」
湊は、静かに聞いている。
咲夜は続ける。
「同じ学校で」
「同じクラスで」
「文化祭やってるのに」
「……全然、違うところにいるみたい」
その言葉は、無意識にこぼれた。
聖光の冠が、ほんのわずかに息を止める。
鉄律の法典は、視線を伏せたまま動かない。
湊は、少しだけ微笑む。
「咲夜」
名前を呼ぶ声が、柔らかい。
「さっきの話、覚えてる?」
「境目の話」
咲夜は頷く。
「人が、どこから変わるのか」
湊は、一歩だけ近づく。
「僕はね」
「まだ分からない」
「……え?」
「どこまで同じでいられるのか」
湊の視線が、まっすぐ咲夜を捉える。
「それを、確かめに来た」
咲夜の胸が、小さく鳴る。
「……誰を?」
湊は、少しだけ笑う。
悲しそうに。
「君を」
沈黙。
咲夜は、言葉を失う。
ヤモリが、咲夜の靴先にもう一度触れる。
「でも」
湊は続ける。
「安心した」
「君は、あの時と同じことを言った」
咲夜は、混乱したまま立っている。
「……何が?」
「変わっても、その人はその人だって」
湊は、ゆっくり息を吐く。
「だから」
「たぶん」
その言葉は、誰にも届かないくらい小さかった。
「君は、鍵なんだと思う」
聖光の冠が、わずかに目を見開く。
鉄律の法典の指先が、かすかに震える。
咲夜は。
ただ、首を傾げる。
「……?」
理解していない。
本当に。
ただ、少しだけ。
胸が、痛いだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルファポリスであなたの良作を1000人に読んでもらうための25の技

MJ
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスは書いた小説を簡単に投稿でき、世間に公開できる素晴らしいサイトです。しかしながら、アルファポリスに小説を公開すれば必ずしも沢山の人に読んでいただけるとは限りません。 私はアルファポリスで公開されている小説を読んでいて気づいたのが、面白いのに埋もれている小説が沢山あるということです。 すごく丁寧に真面目にいい文章で、面白い作品を書かれているのに評価が低くて心折れてしまっている方が沢山いらっしゃいます。 そんな方に言いたいです。 アルファポリスで評価低いからと言って心折れちゃいけません。 あなたが良い作品をちゃんと書き続けていればきっとこの世界を潤す良いものが出来上がるでしょう。 アルファポリスは本とは違う媒体ですから、みんなに読んでもらうためには普通の本とは違った戦略があります。 書いたまま放ったらかしではいけません。 自分が良いものを書いている自信のある方はぜひここに書いてあることを試してみてください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

処理中です...