3 / 4
春の章 遠くに咲く花3
しおりを挟む——きらきらと輝く、黒い髪を思い出してた。
『……み』
——強くて凛とした瞳。
落ち着いたメゾソプラノくらいの高さの声は、透き通るように響いて。
『は………ってば……』
——そんな素敵な声で、白雪さんが、私の名前を……。
「ちょっと!羽澄ってば!!」
「ひゃいっ!?」
いきなり名前を呼ばれて、心臓が大きく飛び跳ねた。
完全に上の空だった私を、美樹のジト目が睨んでる。ううん、美樹だけじゃない。優里も凛も真由香も、みんな同じ顔してる。
「いったいどうしちゃったのさ。最近ぼーっとしっぱなしじゃん」
「元々ボヤッとしてるけどね~」
呆れる美樹に、真由香が茶々を入れる。優里と凛が、「たしかに~」なんて笑ってる。
私は笑って誤魔化そうとしたけど……美樹だけは、探るのをやめてくれない。
「委員の仕事しに行った日から、ずっとおかしくない?あれからもう一週間近く経つのにさ」
……うっ、鋭い。なんでそんな細かく覚えてるかな。先生の話は秒で忘れるくせに。
「うーん……たぶん、高校生活に疲れてきたのかも?ほら、満員電車って辛いでしょ?委員の仕事も面倒だし、授業も本格的に始まって、宿題もいっぱいだし」
それっぽい理由を挙げてみたら、みんなは「あー、わかる」みたいな顔で頷いてくれた。よかった、話が逸れたみたい。
「マジ電車サイアクだよねー。キモいおっさんがジロッジロ見てくるし」
「こんなに若くて可愛いウチらだから、ヤバいヤツが寄ってくんのも仕方ないけど」
「あはは!それすっごい自信!」
盛り上がる会話に、笑顔で相槌を打つ。正直その悩みは、私も最近感じてる。
……身体も背も小さいくせに、胸だけがやたらと目立ってるから。街の中とか電車の中とか、男の人の目が気になって……気持ち悪いなって思うことがある。
「女子高生ってだけで、男にとっちゃ魅力なんでしょ?ロリコンのおっさんとかマジ死滅しろって感じだけど」
「ウチの学校、今時珍しいセーラーだしね。余計そういう目で見られてる気がするよね」
「あーあ。あたしらでもこれだけ嫌気さすんだから、あの美人の子とかもっと大変なんだろうね~」
話題が思わぬ方向に触れて、思い当たった私はビクッとする。
……それ、白雪さんのことだ。絶対。
「あー、六組の?この前実物見たけど、マジすごいね。ありゃ異次元だわ」
「同じ人類とは思えないよねー。顔綺麗だし、手足なっがいし、超スレンダーだし。私の贅肉もらってくんないかなぁ~」
きゃはは!と甲高い笑い声が響く。……私はなんとなく乗り切れなくて、小さな笑い声だけを混ぜる。
「つか羽澄、今日も図書委員の当番なんでしょ?マジでメンドイね、図書委員って」
「放課後って昼休みより時間長いんでしょ?大変だね~」
そう。実は今日もまた、当番の日なんだ。あれだけ面倒だと思ってた役目だけど……でも今は少し、気が軽くなってる。
——だって、また白雪さんに会えるかもしれないし。
「うん。でも意外とね、図書室って広くて綺麗だし、静かで落ち着くんだよ?日当たりいいし、景色もいいし。今度来てみてよ」
「え~、図書室って静かすぎて無理。あの喋ったら殺されそうな雰囲気、マジで苦手」
「本に興味ないしねー。マンガ置いてあるんなら行くけど」
何気なく誘ってみたけど、誰ひとりとして興味はないみたい。
——それもそうだよね。今の時代、読書好きな若い子なんてそんなにいないし。読むにしたって、スマホでいくらでも読めちゃうし。
「そっかぁ、残念」なんて、そこまで思ってもない返事で濁した。別に絶対来て欲しかったわけじゃないし、気にしてなんかない。
……でも、図書室が良かったってのはホントだったから。ちょっと、言ってみたかっただけ。
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴って、私たちはそれぞれの席に着く。
残りはあと一時限。眠たい数学を乗り越えたら、きっとまた、白雪さんに会えるはず。
窓の外は、今日も快晴。
明るい春の日差しに包まれながら、また私は、白雪さんと出会った日のことを思い出していた。
***
放課後。やる気のない日直の号令を合図に教室を抜け出した私は、そわそわしながら図書室へと直行した。
辿り着いてみても、まだ図書室に人の気配はない。私はカウンター裏にカバンを置くと、窓から差し込む光に染まる、静かな室内をぼんやり見回した。
——この時間の光の色、綺麗だな。
——白雪さん、今日も来るかな。
そんなことを考えていたら、図書室の扉がガラリと開いた。
「あ、桜井さん。早いね」
もうひとりの当番の、二組の小暮さん。体育も合同だから、もうある程度顔見知りだ。
「小暮さん。今日はよろしくね」
「こちらこそ」
にこやかに挨拶しあいながら、役割分担をする。
受付係か、片付け係か。その話を持ちかけられて、私はちょっと前のめりになりながら、「片付け係やるね」と先に言った。
本棚を早く覚えたくて、なんてもっともらしいこと付け加えたけど、ホントはただ白雪さんを探したいだけ。でも片付けの方が重労働だから、小暮さんはむしろありがたそうに受け入れてくれた。
図書室の扉が開いて、ぞろぞろと生徒が現れ始める。私は棚に戻す本を手にしながらも、視線をつい入口の方へと向けてしまう。
——そうして、二十分くらい経っても、白雪さんは現れなかった。
……もしかして、今日は来ないのかな。
そう思って落ち込んでたら、うっかり手に積んでた本のバランスを崩してしまった。
「あっ……!」
バサッと音がして、本が床に落ちる。
拾わなくちゃって慌てたその瞬間、私よりも先に、サッと膝をついた人影が現れた。
「はい、これ。貴重な本が多いから、扱いには十分気をつけて」
涼やかな声。光を受けてきらめく、絹糸みたいな黒髪。
本を拾って差し出してくれたのは——待ちに待ってた、白雪さんだった。
「白雪さん!」
本当に来てくれたんだ!今日はもう会えないかもって思ってたのに……!
懲りずにまた大きな声で呼んじゃった私に、白雪さんが「しーっ」と人差し指を口元に立てる。
そのしぐさと指の綺麗さに、ドキッと胸が跳ねる。
「図書室では静かにね、桜井さん」
柔らかく咎められて、思わずきゅっと唇を結んだ。
ダメなとこ見られちゃって、顔が熱い。でも……この熱さは、恥ずかしいからだけじゃないのかも。
……だって、優しく響く声も、茶目っ気のあるしぐさも、何もかもが綺麗で。
なんだか、ずるいなって……そう思っちゃったから。
「すっ、すみません。気をつけますっ」
小声で謝れば、ふっと白雪さんの頬が緩む。
あぁ……ホント、なんでそんな上品なんだろ。
「今日も仕事お疲れ様。また本の片付けをしてるのかな」
「はいっ!……あっ……はい……っ」
声のボリュームを気にして、すぐに潜めて言い直す。何回同じことしてんの、私。こんなんじゃ呆れられちゃうよ!
……そう焦ったけど、白雪さんは気にもせず、くすっと小さな笑い声をこぼした。そして私の代わりに、本を棚に戻してくれる。
「本は意外と重たいからね。一度に持つ数は、もう少し控えた方がいいと思うよ」
やっ……優しい……!
いや、別に私のために言ってるんじゃなくて、本のために言ってるんだろうけど!
ひとりでバタバタ考えては、ぎゅんと縮こまった心臓に息が詰まる。
……やだな、私、何でこんなにドキドキしてるんだろ。
「次は気をつけてね。それじゃあまた」
「えっ!?」
しまった、また声が大きく……じゃなくて!今、「それじゃあ」って言った!?まだ全然話せてないのに!?
「白雪さんっ、もう帰っちゃうんですか……?」
「うん。今日は本を返却しに来ただけなんだ。この後、用事があってね」
「そ、そうなんですか……」
せっかく会えたのに、もうお別れなの?
……そう思ったら、すごくガッカリしてきちゃった。
しょんぼりする私に、白雪さんが不思議そうに首を傾げる。だけど私は名残惜しすぎて、「またね」すら返すことをためらってしまう。
——結局、白雪さんはそのまま帰って行った。
別れ際、前みたいに「またね」って言ってくれたけど、「またね、桜井さん」とは言ってくれなかった。
それにもなんだかガッカリしちゃって……名前が付いてるか付いてないかの違いだけなのに、なんでこんなに気になるんだろ。
白雪さんのいなくなった図書室で、のろのろと本を片付ける。……でも、全然やる気が起きない。時間もすごく長く感じる。
——次の当番まで会えないのかな。六組ってクラス遠いから教室も離れてるし、同じ一年でも見かけることすらほとんどないんだよなぁ。
……でも、図書室で会っても私は当番で、白雪さんは本を読みに来るわけだし。邪魔しちゃうのもなぁ……。
そこまで考えて、突然、パッと閃いた。
そっか!白雪さんと、お友達になればいいんだ!
そうすれば当番の日関係なく会えるし、一緒にご飯食べたりも出来るし、放課後や休みの日に遊んだりもできるかも!
名案だ!と高らかに声を上げそうになった。
さっきまでのやる気のなさがふっ飛んで、俄然やる気が湧いてくる。とはいえ、それは委員の仕事へのやる気ではないんだけど。
お友達になるにはどうすればいいんだろう。
「お友達になってください!」って言うのはさすがにおかしいよね?引かれるよね?
だったら、少しずつお話しする時間を増やして……。
頭をフル回転させながら、綿密な計画を練る。
題して、『白雪さんとお友達になろう計画』だ!
……うーん、ちょっとそのまんますぎるかな。
私は、完全におかしな方向に浮かれてた。
でも、こんなふうに浮かれちゃうくらいにはもう——頭の中は、白雪さんのことでいっぱいだった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話
穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」
三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。
クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。
中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。
※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。
12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。
身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる