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11 悪役令嬢、ヒロインと健全に推しを語る
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ソフィアが仲間に加わってから、推し活工房は一気に活気づいた。
彼女は社交界での人脈を活かし、次々と顧客を呼び込んでくれる。
「アルマデリア様、今日も予約が五件入りましたわ!」
店の奥で帳簿を整理していた私に、ソフィアが嬉しそうに報告する。
「本当? ありがとう、ソフィア」
「それに、宮廷楽団の聖影札、すごく評判がいいの! やっぱり音楽家の方々も素敵だもの……」
ソフィアは自分の推しである、宮廷楽団の弦首席奏者の聖影札を、胸に抱きしめる。
――推しを語る時の顔って、本当に幸せそうだ。
私がその幸福な光景に目を細めた刹那、店の扉に吊るされた銀の鈴が、清冽な音を奏でた。
「いらっしゃいませ。……あら、貴女は」
そこに立っていたのは、春の朝露を纏った白百合のような少女――エリーゼ・ミラベル。
原作における正ヒロインであり、私の破滅の引き金となるはずの存在。
「エリーゼ?」
エリーゼは、畏怖と期待が混じり合った瞳で、店内に並ぶ聖遺物を見つめている。
「アルマデリア様……お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。どうぞ、入って」
私は席を立ち、エリーゼを迎えた。
エリーゼは店内をゆっくりと見て回る。並ぶ聖影札、美しく陳列されたグッズの数々。
「素敵……こんなに素晴らしいお店だったんですね」
「ありがとう。でも、こんなところに来るなんて、どうなさったの?」
エリーゼは少し頬を染めた。
「実は……私も、お願いがあって」
「お願い?」
「はい。私も……応援したい方がいるんです」
その言葉に、私の心臓が跳ねた。
――エリーゼの推し?
原作では、この先の彼女は、王子や騎士たちと恋に落ちる。
でも……応援したい、という言い方は、恋愛感情とは少し違う気がする。
「その方の聖影札を、作っていただけないでしょうか」
エリーゼが真剣な顔で尋ねる。
「もちろんよ。でも、どなたの?」
エリーゼは少し躊躇してから、小さな声で言った。
「学院図書館の、司書の方なんです」
「司書?」
ハイネ・グレイ!
私の記憶の断片が、鋭く反応した。
原作では隠しルートとして密かに愛されていた、孤独な知性の守護者。
「その方は、とても親切で……いつも私の研究を助けてくださるんです」
エリーゼの目が、優しく輝く。
「文献を探すとき、どんなに古い資料でも見つけ出してくれて。お話も博識で、いつも新しい視点をくださるんです。それからハイネ様が古い書物を捲る時の、あの指先の乾燥具合……そこに知識への渇望と献身を感じて、胸が締め付けられるんです」
その早口の語りは、まさに推しを語る時のものだった。
「それで、いつも感謝の気持ちを伝えたくて。でも、どう表現すればいいか分からなくて……」
「――分かるわ」
私は頷いた。
「その気持ち、すごく分かる。言葉だけじゃ足りない時ってあるわよね」
「はい!」
エリーゼが嬉しそうに頷く。
「アルマデリア様のお店のことを聞いて、これだと思ったんです。形に残るもので……いつも感じていられればって」
「素敵よ、エリーゼ。その気持ち」
私は彼女の手を取った。
「ハイネ様の聖遺物、必ず素敵なものを作らせていただくわ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
エリーゼの顔が、ぱっと明るくなった。
それから、私たちは店の奥の小さな応接スペースで話し込んだ。
ユーフィが淹れてくれた紅茶を飲みながら、エリーゼは語り続ける。
「ハイネ様は、本当に素敵な方なんです。いつも穏やかで、でも必要な時はきっぱりと意見をくださって」
「ふふ、エリーゼの推しね」
「推し……ですか?」
エリーゼが首を傾げる。
「ええ。憧れの人、応援したい人のことよ。恋愛感情とは違う、でも大切に思う気持ち」
「推し……」
エリーゼはその言葉を反芻する。
「素敵な言葉ですね。そう、まさに、推しです。私、ハイネ様が幸せであってほしいと、いつも願っているんです」
「それが――推し活よ」
私は彼女に同調するよう微笑んだ。
「その気持ちを大切にして、応援する。私たちのやっていることなの」
エリーゼは目を輝かせた。
「アルマデリア様も、推しの方がいらっしゃるんですか?」
――来た。
この質問を待っていた。
私は少し頬を染めながら、小さく頷いた。
「ええ……いるわ」
「どなたですか?」
エリーゼが身を乗り出す。
私は躊躇した。でも、ここまで来たら隠す必要もない。
「レイナルド卿よ」
「レイナルド卿!?」
エリーゼが驚いた声を上げる。
「でも、アルマデリア様は王太子殿下の婚約者では……」
「殿下はどちらかというと共同出資者ね。でも、レイナルド卿は私の推しなのよ」
私は自分の鞄から、小さな聖影札を取り出した。
レイナルドの聖影札だ。
もちろんいつも持ち歩いている。
「彼は私を疑っているけれど、その疑いこそが彼の職務への誠実さの裏返しなの」
聖影札を見つめながら、私は続けた。
「私に冷たい視線を向ける時、彼の瞳の虹彩がわずかに収縮する……その瞬間、私は、私だけが知っている彼の冷たさを観測できて幸せなの……」
エリーゼは優しく微笑んだ。
「――素敵です、アルマデリア様。その気持ち、とても尊いです」
「ありがとう、エリーゼ」
私たちは顔を見合わせて、笑った。
――原作では敵対していた二人が、今は推しを語り合っている。
この光景は、原作にはなかった。
「……貴殿らの会話は、暗号か何かか?」
振り返ると、入り口にレイナルドが立っていた。
彼は呆れた顔で、しかしどこか安堵したように息を吐いた。
「……てっきり……まあ、杞憂だったようだな」
レイナルドが何を心配しているのか、私は気が付いてしまった。
たぶんアルマデリアがエリーゼとこういう形で接触するシナリオは、この世界に存在していなかった筈だから。
ま、ある意味では戦いね。
どちらの推しがより尊いかという、聖戦。
彼女は社交界での人脈を活かし、次々と顧客を呼び込んでくれる。
「アルマデリア様、今日も予約が五件入りましたわ!」
店の奥で帳簿を整理していた私に、ソフィアが嬉しそうに報告する。
「本当? ありがとう、ソフィア」
「それに、宮廷楽団の聖影札、すごく評判がいいの! やっぱり音楽家の方々も素敵だもの……」
ソフィアは自分の推しである、宮廷楽団の弦首席奏者の聖影札を、胸に抱きしめる。
――推しを語る時の顔って、本当に幸せそうだ。
私がその幸福な光景に目を細めた刹那、店の扉に吊るされた銀の鈴が、清冽な音を奏でた。
「いらっしゃいませ。……あら、貴女は」
そこに立っていたのは、春の朝露を纏った白百合のような少女――エリーゼ・ミラベル。
原作における正ヒロインであり、私の破滅の引き金となるはずの存在。
「エリーゼ?」
エリーゼは、畏怖と期待が混じり合った瞳で、店内に並ぶ聖遺物を見つめている。
「アルマデリア様……お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。どうぞ、入って」
私は席を立ち、エリーゼを迎えた。
エリーゼは店内をゆっくりと見て回る。並ぶ聖影札、美しく陳列されたグッズの数々。
「素敵……こんなに素晴らしいお店だったんですね」
「ありがとう。でも、こんなところに来るなんて、どうなさったの?」
エリーゼは少し頬を染めた。
「実は……私も、お願いがあって」
「お願い?」
「はい。私も……応援したい方がいるんです」
その言葉に、私の心臓が跳ねた。
――エリーゼの推し?
原作では、この先の彼女は、王子や騎士たちと恋に落ちる。
でも……応援したい、という言い方は、恋愛感情とは少し違う気がする。
「その方の聖影札を、作っていただけないでしょうか」
エリーゼが真剣な顔で尋ねる。
「もちろんよ。でも、どなたの?」
エリーゼは少し躊躇してから、小さな声で言った。
「学院図書館の、司書の方なんです」
「司書?」
ハイネ・グレイ!
私の記憶の断片が、鋭く反応した。
原作では隠しルートとして密かに愛されていた、孤独な知性の守護者。
「その方は、とても親切で……いつも私の研究を助けてくださるんです」
エリーゼの目が、優しく輝く。
「文献を探すとき、どんなに古い資料でも見つけ出してくれて。お話も博識で、いつも新しい視点をくださるんです。それからハイネ様が古い書物を捲る時の、あの指先の乾燥具合……そこに知識への渇望と献身を感じて、胸が締め付けられるんです」
その早口の語りは、まさに推しを語る時のものだった。
「それで、いつも感謝の気持ちを伝えたくて。でも、どう表現すればいいか分からなくて……」
「――分かるわ」
私は頷いた。
「その気持ち、すごく分かる。言葉だけじゃ足りない時ってあるわよね」
「はい!」
エリーゼが嬉しそうに頷く。
「アルマデリア様のお店のことを聞いて、これだと思ったんです。形に残るもので……いつも感じていられればって」
「素敵よ、エリーゼ。その気持ち」
私は彼女の手を取った。
「ハイネ様の聖遺物、必ず素敵なものを作らせていただくわ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
エリーゼの顔が、ぱっと明るくなった。
それから、私たちは店の奥の小さな応接スペースで話し込んだ。
ユーフィが淹れてくれた紅茶を飲みながら、エリーゼは語り続ける。
「ハイネ様は、本当に素敵な方なんです。いつも穏やかで、でも必要な時はきっぱりと意見をくださって」
「ふふ、エリーゼの推しね」
「推し……ですか?」
エリーゼが首を傾げる。
「ええ。憧れの人、応援したい人のことよ。恋愛感情とは違う、でも大切に思う気持ち」
「推し……」
エリーゼはその言葉を反芻する。
「素敵な言葉ですね。そう、まさに、推しです。私、ハイネ様が幸せであってほしいと、いつも願っているんです」
「それが――推し活よ」
私は彼女に同調するよう微笑んだ。
「その気持ちを大切にして、応援する。私たちのやっていることなの」
エリーゼは目を輝かせた。
「アルマデリア様も、推しの方がいらっしゃるんですか?」
――来た。
この質問を待っていた。
私は少し頬を染めながら、小さく頷いた。
「ええ……いるわ」
「どなたですか?」
エリーゼが身を乗り出す。
私は躊躇した。でも、ここまで来たら隠す必要もない。
「レイナルド卿よ」
「レイナルド卿!?」
エリーゼが驚いた声を上げる。
「でも、アルマデリア様は王太子殿下の婚約者では……」
「殿下はどちらかというと共同出資者ね。でも、レイナルド卿は私の推しなのよ」
私は自分の鞄から、小さな聖影札を取り出した。
レイナルドの聖影札だ。
もちろんいつも持ち歩いている。
「彼は私を疑っているけれど、その疑いこそが彼の職務への誠実さの裏返しなの」
聖影札を見つめながら、私は続けた。
「私に冷たい視線を向ける時、彼の瞳の虹彩がわずかに収縮する……その瞬間、私は、私だけが知っている彼の冷たさを観測できて幸せなの……」
エリーゼは優しく微笑んだ。
「――素敵です、アルマデリア様。その気持ち、とても尊いです」
「ありがとう、エリーゼ」
私たちは顔を見合わせて、笑った。
――原作では敵対していた二人が、今は推しを語り合っている。
この光景は、原作にはなかった。
「……貴殿らの会話は、暗号か何かか?」
振り返ると、入り口にレイナルドが立っていた。
彼は呆れた顔で、しかしどこか安堵したように息を吐いた。
「……てっきり……まあ、杞憂だったようだな」
レイナルドが何を心配しているのか、私は気が付いてしまった。
たぶんアルマデリアがエリーゼとこういう形で接触するシナリオは、この世界に存在していなかった筈だから。
ま、ある意味では戦いね。
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