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二章(2)
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ちょうど彼の部屋の扉が内側から開かれた。出てきたのは四十代ほどの男性で、彼は部屋の中へ向かって恭しく一礼すると足早に去っていく。かなり急いでいる様子で、扉がちゃんと施錠されていない。
いったいどうしてそんなに慌てているのだろう? そんなことを思っていると、「アデラ?」と声をかけられた。
扉を閉めようとしたのだろう、フィリップがすぐ近くまで来ていて。
「あら、お兄さま。……隈ができてるわ」
よくよく見れば、フィリップの目の下にはうっすらと隈ができていて。思わずそう呟けば、彼は苦笑いを浮かべる。
「ああ、うん、今が正念場だからね」
「そう。あまり無理しないでね」
「――ああ、ありがとう」
フィリップはふわりと笑う。そこには確かに疲れが見えるけれど、まだ大丈夫そうだった。
ほっと安堵の息をつきつつ、アデライドはその場を去ろうとする。エリクとの約束の時間まであと少し、早く行かなければ。
「――アデラ」
そのときフィリップに声をかけられた。彼のほうを向けば、見たことないくらい真剣な瞳がこちらを射抜いていて、ゴクリと唾を飲み込む。いったいどうしたのだろう?
「なあに? お兄さま」
「――相談があるんだけど、今時間は大丈夫?」
相談。フィリップが、自分に。
今までなかったことに驚きつつ、できることならばその希望に応えたかったのだが。
アデライドは顔を歪める。
「ごめんなさい、お兄さま。これから約束があるの」
「……そっか。じゃあ行ってらっしゃい。楽しんでね」
フィリップは笑って送り出してくる。
その、どことなく寂しげな表情に後ろ髪を引かれたものの、約束の時間に間に合わなくなってしまうため、アデライドは足早にエントランスへと向かった。
フィリップのことはもう頭の隅に追いやられていた。
屋敷を出てすぐのところに停めてあった馬車に乗り込むと、ややあって馬車が動き出す。
(間に合う、かしら?)
きゅっと手を握りしめる。
エリクなら遅れても笑って許してくれる気がする。でも彼と会う時間が減るのは嫌だし、万が一にでも嫌われる可能性があるのは嫌だった。
ゆっくりと進む馬車にじれったさを感じてしばらく、ようやっといつも乗り降りする場所に着くと、アデライドは扉が開けられるのを待たずに飛び出した。淑女としてあるまじき行為だが、そろそろ時間だったのだ。
(お兄さまがいなくてよかったわ!)
フィリップが見てたらおそらく「アデラ!」と大声で怒鳴ってくるだろう。
そうならなかったことに安堵していると、どこからか鐘の音が聞こえてきた。一回。つまりは午後一時。待ち合わせの時間だった。
「あ~、もう、もうっ!」
可動性のあるものとはいえドレスはドレス。しかもヒールのある靴だ、早く行きたいのに走れなくてもどかしい。
いったいどうしてそんなに慌てているのだろう? そんなことを思っていると、「アデラ?」と声をかけられた。
扉を閉めようとしたのだろう、フィリップがすぐ近くまで来ていて。
「あら、お兄さま。……隈ができてるわ」
よくよく見れば、フィリップの目の下にはうっすらと隈ができていて。思わずそう呟けば、彼は苦笑いを浮かべる。
「ああ、うん、今が正念場だからね」
「そう。あまり無理しないでね」
「――ああ、ありがとう」
フィリップはふわりと笑う。そこには確かに疲れが見えるけれど、まだ大丈夫そうだった。
ほっと安堵の息をつきつつ、アデライドはその場を去ろうとする。エリクとの約束の時間まであと少し、早く行かなければ。
「――アデラ」
そのときフィリップに声をかけられた。彼のほうを向けば、見たことないくらい真剣な瞳がこちらを射抜いていて、ゴクリと唾を飲み込む。いったいどうしたのだろう?
「なあに? お兄さま」
「――相談があるんだけど、今時間は大丈夫?」
相談。フィリップが、自分に。
今までなかったことに驚きつつ、できることならばその希望に応えたかったのだが。
アデライドは顔を歪める。
「ごめんなさい、お兄さま。これから約束があるの」
「……そっか。じゃあ行ってらっしゃい。楽しんでね」
フィリップは笑って送り出してくる。
その、どことなく寂しげな表情に後ろ髪を引かれたものの、約束の時間に間に合わなくなってしまうため、アデライドは足早にエントランスへと向かった。
フィリップのことはもう頭の隅に追いやられていた。
屋敷を出てすぐのところに停めてあった馬車に乗り込むと、ややあって馬車が動き出す。
(間に合う、かしら?)
きゅっと手を握りしめる。
エリクなら遅れても笑って許してくれる気がする。でも彼と会う時間が減るのは嫌だし、万が一にでも嫌われる可能性があるのは嫌だった。
ゆっくりと進む馬車にじれったさを感じてしばらく、ようやっといつも乗り降りする場所に着くと、アデライドは扉が開けられるのを待たずに飛び出した。淑女としてあるまじき行為だが、そろそろ時間だったのだ。
(お兄さまがいなくてよかったわ!)
フィリップが見てたらおそらく「アデラ!」と大声で怒鳴ってくるだろう。
そうならなかったことに安堵していると、どこからか鐘の音が聞こえてきた。一回。つまりは午後一時。待ち合わせの時間だった。
「あ~、もう、もうっ!」
可動性のあるものとはいえドレスはドレス。しかもヒールのある靴だ、早く行きたいのに走れなくてもどかしい。
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