声なし王女と教育係

白藤結

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第一部

三章(7)

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 大広間に戻るとルークを探す。結構長い時間外にいたはずだから、そろそろ彼らの話も終わっているだろう。というより終わっていないのならばかなり心配だ。
 キョロキョロと彼を探しながら、ふとオリオンの言葉が脳内で反芻される。ルークは子爵家の嫡男であったにも関わらず廃嫡され、その上勘当までされたらしい。クラリスとルーク、そしてオリオンの三人でいたときにこちらを見てきていた三人組。彼らはおそらくルークの両親と弟で、ルークは彼らと何か話すためにクラリスから離れたのだろうが……

(どこに行ったのかしら?)

 ひと通りあたりを見回してみても、ルークはどこにも見当たらなかった。もちろん、彼の家族も。これだけ人がいるのならば見つからなくても仕方ないとは言えるが、それでも不安は募るばかりで。
 きゅ、と手を握りしめながら一心にルークのことを探していると、「おっ?」と声がした。しかしそんなのどうでも良いと無視をしていれば、突如ぬっ、と視界に顔が現れる。慌てて一歩あとじさった。

 そこにいたのは赤茶色の髪を持つ男性だった。深い蒼の瞳が愉快げに細められ、クラリスのほうを見つめている。彼はじろじろとこちらを観察すると、やがてニヤリと笑みを浮かべた。

(何なのかしら、この人……)

 思わず心の中で呟く。王女であるクラリスに挨拶などせず、あまつさえ前方から全身を眺めるなんて、今までされたことのない対応だった。こんな、王族相手に不敬と取られる態度をして、この人は大丈夫なのだろうか……と逆に不安になってしまう。クラリスがもっと過激な性格だったら首が飛んでいても仕方のない態度だ。
 そんなことを思っていると、「なるほどなるほど」と目の前の男性は何故か頷いた。意味不明な様子にクラリスが困惑している間に、彼はゆっくりと口を開き、尋ねてくる。

「ルーク・アドランが教えている方ですね?」
 ――え、ええ……そうですけど。

 奇妙な問いかけにクラリスは動揺しながらも答える。ルーク・アドランが教えている方。普段は王女殿下かクラリス様と呼ばれるから、そんな表現をされたことなんて一度もなかった。慣れない文言に、戸惑いが膨らむ。その場で視線を揺らすことくらいしかクラリスにはできなかった。
 返答に、男は満足したように頷く。

「ふむ、さすがはあのルーク・アドランの一番弟子! 俺が唯一ライバルと認めた男! まさかこのような――」
「クラリス様!」

 男の声を遮るようにして聞き慣れたルークの声が聞こえた。それもそれなりの大声で。バッ、とそちらを見れば、ルークが男のほうを睨みつけるようにして、ズンズンと大股でこちらに向かってきているところだった。思わずほっと息をつく。
 と同時に男も「ルーク!」と声を張り上げ、両手を横に大きく開いた。ハグをするような体勢だ。しかしルークのような人が挨拶としてハグをするようには見えなくて内心首を傾げると、彼は男を無視してそのままクラリスの前に立った。

「クラリス様、お一人にして申し訳ありません」
 ――べ、別にエッタもいたから大丈夫よ? それと、そこにいる方は――
「ああ、それなら良かったです。では火急速やかにこの場を離れましょう。すぐさま、迅速に」
「ちょっと待てルーク・アドラン! 無視をするな!」

 すぐにこの場から離れようとしたのが気に障ってか、男性がガシッと力強くルークの肩を掴んだ。しかしそれでもルークはこの場から――というよりは男性のそばから離れたいらしく動こうとしたようだったが、やはり男性の拘束は堅いとのこと。なかなか引き剥がせず、……やがて折れたのはルークのほうだった。はぁ、と彼はため息をついて額を押さえ、男性のほうをしぶしぶ見やった。

「…………久しぶりだな、ニール」
「ああ、久しぶりだな、ルーク・アドラン! 会いたかったぞ!」
「俺は会いたくなかった」

 キラキラと顔を輝かせている男性に対し、ルークはげんなりとしていた。あまりにも対照的な二人に思わず首を傾げる。男――ニールは会いたかったと言っているが、ルークは会いたくなかったと言っている。いったいどういう関係なのだろう?
 不思議に思っていれば、はぁ、と大げさなため息をつきながら「クラリス様」と呼んでくる。

「こちらはニール・ファービア。私の学院時代の同級生です」
「いや、唯一無二のライバルだ!」
「違いますから。勝手にこいつがそう言い張っているだけです。――さて、行きましょうか」

 ルークは素早く身を翻し、クラリスを連れてその場を去ろうとしたが、すぐにニールに捕まった。はぁぁぁー、と今までに聞いたことのないくらい長いため息をつくルークに、クラリスは思わず口元を緩める。今まで見てきた彼とは違って子供らしいその態度が、彼に対して失礼かもしれないが、可愛らしかったのだ。彼にもそんなところがあるのかと微笑ましい気持ちになる。

 それに気づいたのか、ルークが「クラリス様」と咎めるような声を発し、周囲にちらりと視線をやった。それによって今が舞踏会の途中だったことを思い出し、慌てて表情を引き締める。どうしてだろうか、なぜか今日はいつもより表情筋が緩いような気がした。頻繁に笑ってしまう。
 しっかりと姿勢を正して王女らしい態度をとると、何故かニールが「ふむふむ」と頷いた。

「さすがはルーク・アドランの弟子。まだ未熟なところもあるがよく教育されているな!」

 どこか嬉しげな様子でそう叫ぶニールに、ルークはまたもやため息をつく。ちらりとクラリスが彼の顔を見れば、ほんのりと赤く染まっていた。

「…………てかおまえの家はエリオット様の派閥だろ。早く去ったほうが良いだろ」
「やはり優しいな、ルーク・アドラン!」
「うるさい。今度また時間作るからさっさと行け。おまえの両親と兄たちが泣きそうな顔をしているぞ」

 そう言ってルークが視線で示した先に顔を向ければ、確かにニールによく似た雰囲気の者たち――おそらく両親と兄弟二人――がオロオロとした様子でこちらを見ていた。それを意識すると、心なしか様々な方向から見られている気もして居心地が悪かった。
 ルーク曰く、ニールの家はエリオット派らしいから、仕方ないかもしれない。さすがに同じ派閥の者が敵対派閥の長に近づいている、または敵対派閥の者が自分たちの長に近づいていたのならば、誰だってそちらに意識をやってしまうものだ。

 ニールは「ではまたな!」と大声で言うと風のように去っていった。……いやどちらかと言うと風ではなく嵐のような気がする。めったにない大声で話されていたからだろうか、耳が少し痛かった。
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