声なし王女と教育係

白藤結

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第一部

四章(3)

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 舞踏会が始まった。最初に国賓としてジェラードが貴族らの前で紹介され、王族主催の際は恒例となっている父王の話のあと、クラリスは彼と踊ることになった。エッタを連れてジェラードの前に行く。
 彼の衣装はぱっと見シャールフのそれだったが、ところどころ見慣れないモチーフが使われていたりと、ラウウィスの文化も取り入れていることが窺えるものだ。このためだけに作られたと思われる衣装にこっそりと感嘆の息をつきながら、クラリスは淑女の礼をして手話を紡ぐ。

 ――お初にお目にかかります。ラウウィス国王の娘、クラリス・シャールフと申します。話すことができないため手話通訳を介しての言葉となりますが、お許しください。

 そう一言断ってから長ったらしい挨拶をして、彼をダンスに誘う。本来なら女性から誘うのはマナー違反だったが、相手は国賓、今回は例外であった。ジェラードは「光栄です」と言うとエスコートのためか手を差し出してくる。それにそっと重ねて、クラリスはジェラードとともに大広間の中心に向かった。

 音楽に合わせてステップを踏み、くる、くる、と回る。もちろん手を取り合い、腰に手を添える体勢であるため密着度合いが高い。そんな中、クラリスはずっとあの最初のときに向けられたぞくりとする視線を浴びせられ、正直かなり精神的につらかった。幸いなのは話すことができないため世間話をしなくても良いことだろうか。もし話さなければならない状況だったら、おそらくなかなか声が出なかっただろう。そう確信できる類の視線だった。

 ドギマギしながら、せめてダンスは失敗しないようステップに集中する。このような場で失敗してしまえば、下手したら外交問題になってしまうからだ。……さすがにダンスを失敗した程度ではならないかもしれないが、それでも『外交問題にしない』という点で相手国に貸しを作ることとなる。それは避けるべきことだった。

(そういえば……どうして父さまはわたしに対応を任せたのかしら?)

 ひと月前に社交界デビューをしたばかりの新参であるクラリスよりも、対応に慣れている王妃や、年齢も近く同じ男性のエリオットのほうが良いに違いない。彼らのほうが失敗してしまう可能性は少ないだろう。それなのにわざわざクラリスに任せたのは、何か理由があるのだろうか?

 そんなことを思っていると、ジェラードに「クラリス様」と呼ばれた。クラリスは慌ててピン、と背筋を伸ばし、彼のほうを見上げる。
 絵画で描かれている〝海〟のような瞳が、妖しげにこちらを見下ろしていた。
 彼の唇が動き、質問を投げかけてくる。

「不躾な質問かもしれませんが……クラリス様は王位に就くつもりなのでしょうか?」

 どきりとした。それは――今までずっと考えるのを避けてきたことで。
 王位。普通ならば国王の唯一の娘であるクラリスが王位を継ぐだろうが、そのクラリスは〝言葉を話せない〟という、女王となるには重大な〝欠点〟がある。そのため国王の甥であるエリオットを国王にしたほうが良いのでは、という意見もあって、この国は水面下で揺れていた。

 そんな状況で、クラリスは――王位に就きたいのか、就きたくないのか、自分でもよくわかっていなかった。一年ほど前、ルークに平民の生活を教えられて以来、誰もが努力を認められる国になれば良いと思っている。そのための勉強もしていた。けれど女王になりたいのか、と問われたら、それには答えられない。

 ――決めるのが怖いから。

 この件に関しては一度決めてしまったらもう変えられない。クラリスの周囲にいる人物たちがそちらへ向けて走り出し、止めようと思ってもできなくなってしまう。そうなってしまうのが怖くて、恐ろしくて。
 だからずっと、問題を先送りにしてきた。真剣に考えてこなかった。
 ……本来ならば、社交界デビュー前には決めていなければならなかったのに。

 クラリスはそっと目を伏せた。こんなことではいけないと自分でもわかっているし、焦りを感じている。それでも、どうしても、選択をするのにためらいがあった。
 そのとき曲が終わりに向かう。それによってかなりの長い時間自分の思考に没頭してしまっていたことに気づき、何も言葉が浮かんでいないものの、クラリスは慌ててジェラードの質問に答えようとした。けれどダンスを踊っているため手話を使えないことに思い至り、また使えたとしても彼は手話を解さないのだ。どうやっても伝えることはできないだろう。

 そのことに思わずほっと息をついた。まだ結論を出す必要がないのは、安心する。この選択ひとつで今後の人生がガラッと変わると思うと、どうしても選ぶことができなかったから。

(それにしても……わたし、動揺してるわね)

 当たり前のことすら頭からすっぽ抜けていた。普段ならば手話を使えない状況なのだから、ただにっこりと作り笑いを浮かべてごまかすはずなのに、それに思い至らなかった。それくらい、クラリスにとっては鬼門とも言える質問だったのだ。

 そんなことを思っていると、少しして曲が終わった。一瞬ののち体を離すと、離れた場所からルークが近寄ってきているのが見える。前回エリオットと踊った際に話す必要があったにもかかわらず通訳がいなくて右往左往していたため、今回はそれがないよう、曲が終わったらすぐに来てもらえるようルークに頼んでいたのだ。
 少しだけ気を抜いて待っていれば、先にジェラードが口を開いた。

「今回はありがとうございます。とても有意義な時間・・・・・・でした」

 その言葉にクラリスは首を傾げた。有意義な時間と言われても、ただ踊っただけでクラリスは何も話していないし、まったくもって有意義だったとは思えないのだが……
 そのときちょうどルークが隣にやって来た。ひとまず疑問は置いておき、クラリスは彼がこちらを向いているのを確認して手話を紡ぐ。

 ――それならば良かったです。これからどうぞよろしくお願いします、ジェラード様。
「ええ、よろしくお願いします」

 そう言って、ジェラードは目を細めた。まるで蛇のように冷淡で鋭い視線に、またもや背筋がぞくりとした。
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