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第五十一話 武闘大会の裏側で
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長い夏季休暇が終わり、学園に日常が戻って来た。
ホクトとサクヤは、相変わらず図書館通いか、実技は自習の時間が多い。
「僕達、学園に通う意味あんまり無いよな」
「そうね、かろうじて魔法文字科、魔物生態学科、薬学科、魔導具科の四つだけ受講しているの状態だものね」
今日も図書館で小さな声で、学園に通う必要があるのか愚痴っていた。
ホクトとサクヤに向けられる視線も随分マシにはなってきたが、以前絡んできたペドロハイム伯爵家の嫡男マグスは、取り巻きを連れてホクトやサクヤに絡んでくる。
「後は召喚魔法と付与魔法、錬金術さえ受講すれば、学園に来る意味は無くなるな」
「ホクトも一応貴族なんだから、人脈作りをしないとダメなんじゃない」
「僕にそんな事出来ると思ってないくせに」
実際、ホクトは学園に通うよりも、ガンツの工房で鍛治や錬金術、付与魔法や刻印魔法を研究している時間の方が楽しかった。
せっかく前世の宿業から解き放たれ、神から自由に生きろと言われたホクトだが、人間が生きるという事は、柵から逃れられないものだと実感する。
学園にある闘技場は、バスケットコート程のスペースの周りに観客席が周りを囲んでいる。その観客席の一つでホクトとサクヤがボンヤリと試合を眺めていた。
「……カジム、鍛えすぎたのか?」
「……そんな事ないと思うよ」
「そうだよなぁ……。カジムは、ちょっと力は強いかもしれないけど、剣技は拙いし、体術もまだまだだよなぁ」
カジムが聞けば涙しそうな感想を言うホクトの視線の先では、カジムが対戦相手を無双していた。
先ずもともとの身体能力が高い獣人族の中でも、一際戦闘能力の高い虎人族のカジムである。同年代の子供に負ける訳がない。魔法使いも魔法を詠唱する前にノックアウトされている。
「バカなの?個人戦でノンビリと詠唱しちゃう奴って、バカなの?」
「二回も繰り返さなくてもバカなのよ」
ホクトとサクヤは当たり前のように無詠唱で魔法を使うが、詠唱無しで魔法を行使する者は非常に稀だ。ただ、それは人族に関して言えばと言う注釈が付く。実のところエルフに限って言えば、無詠唱で魔法を操る者は一定数存在する。ホクトとサクヤの母であるフローラやエヴァもそこに含まれる。
その母達に魔法を手取り足取り教えられたホクトおサクヤは、闘技場を観て溜息をつく。
種族間差別を建前上禁止されているこの国でも、獣人族や妖精族(エルフやドワーフ)を亜人と下に見る人族は一定数居るのが現実だった。
そんな彼等はエルフやドワーフに教えを請う事はしない。頑なに詠唱魔法にこだわり、無詠唱魔法は威力が下がるなどと妄信している。
ガンツなどに言わせると、槌を振るいながら詠唱魔法なんか使えるか、と言う。
二人が雑談しながら試合を見ていると、何時もホクト達に絡んで来る、ペドロハイム伯爵家のマグスが勝ち残っている事に気付く。
「あれっ?マグスが勝ち残っているね。とてもじゃないけど、剣を振れる様な体型じゃないし、魔法も得意そうにないのにな」
「……う~ん、余り考えたくないけど、多分そういう事なんでしょうね」
ほぼカジムの試合しか観ていなかったが、それでもマグスの試合は印象に残っていなかった。
そのマグスとカジムが準々決勝で対戦する事になった。
カジムが木製の大剣を手に入場して来た。
マグスも木製の片手剣と盾を持ち、開始位置でカジムを見てニヤニヤしている。
そしてそれにサクヤが気付く。
「マグスが持つ杖、マジックアイテムよ」
「えっ、魔導具は禁止だった筈だろう」
「どうやって、審判を抱き込んだのかは知らないけど、多分、あれは初級の魔法を回数限定で放てるマジックアイテムの杖だわ」
「ふ~ん」
明らかなルール違反を犯すマグスに対して、それでもホクトとサクヤは、のほほんと観ているだけだった。
その理由は直ぐに分かる事になる。
『始めー!』
審判の掛け声で試合が始まると、マグス杖からカジムに向けてファイヤーボールの魔法が連続して放たれた。
観客席から騒めきが広がる。
それもそうだろう、初級とはいえ無詠唱で連続して魔法を放つ事が出来る魔法使いは、大陸でも一握りなのだから。
同時に、教師や教官達にはそのカラクリは直ぐに見破られただろう。
ドガァ!ドガァ!ドガァ!
ファイヤーボールが着弾して土煙が上がるが、そこにカジムの姿はない。
一瞬で回り込んだカジムが木製の大剣を横薙ぎに振るう。
ドン!!
得意満面のマグスが突然真横に5メートル程吹き飛び、ゴロゴロと転がり止まる。
「ガハッ!」
血を吹き倒れたマグスに審判が駆け寄る。
「…………勝者、カジム」
審判からの勝ち名乗りを面白くなさげにカジム受け退場する。
「……余りにもお粗末だね」
「そうね、カジムもシラけてたものね」
結局、マグスは不正が明らかになり失格となる。
カジムはその後、危なげなく準決勝、決勝と進み、決勝戦でも見せ場なく一瞬で勝負が決まった。
ホクトとサクヤは、相変わらず図書館通いか、実技は自習の時間が多い。
「僕達、学園に通う意味あんまり無いよな」
「そうね、かろうじて魔法文字科、魔物生態学科、薬学科、魔導具科の四つだけ受講しているの状態だものね」
今日も図書館で小さな声で、学園に通う必要があるのか愚痴っていた。
ホクトとサクヤに向けられる視線も随分マシにはなってきたが、以前絡んできたペドロハイム伯爵家の嫡男マグスは、取り巻きを連れてホクトやサクヤに絡んでくる。
「後は召喚魔法と付与魔法、錬金術さえ受講すれば、学園に来る意味は無くなるな」
「ホクトも一応貴族なんだから、人脈作りをしないとダメなんじゃない」
「僕にそんな事出来ると思ってないくせに」
実際、ホクトは学園に通うよりも、ガンツの工房で鍛治や錬金術、付与魔法や刻印魔法を研究している時間の方が楽しかった。
せっかく前世の宿業から解き放たれ、神から自由に生きろと言われたホクトだが、人間が生きるという事は、柵から逃れられないものだと実感する。
学園にある闘技場は、バスケットコート程のスペースの周りに観客席が周りを囲んでいる。その観客席の一つでホクトとサクヤがボンヤリと試合を眺めていた。
「……カジム、鍛えすぎたのか?」
「……そんな事ないと思うよ」
「そうだよなぁ……。カジムは、ちょっと力は強いかもしれないけど、剣技は拙いし、体術もまだまだだよなぁ」
カジムが聞けば涙しそうな感想を言うホクトの視線の先では、カジムが対戦相手を無双していた。
先ずもともとの身体能力が高い獣人族の中でも、一際戦闘能力の高い虎人族のカジムである。同年代の子供に負ける訳がない。魔法使いも魔法を詠唱する前にノックアウトされている。
「バカなの?個人戦でノンビリと詠唱しちゃう奴って、バカなの?」
「二回も繰り返さなくてもバカなのよ」
ホクトとサクヤは当たり前のように無詠唱で魔法を使うが、詠唱無しで魔法を行使する者は非常に稀だ。ただ、それは人族に関して言えばと言う注釈が付く。実のところエルフに限って言えば、無詠唱で魔法を操る者は一定数存在する。ホクトとサクヤの母であるフローラやエヴァもそこに含まれる。
その母達に魔法を手取り足取り教えられたホクトおサクヤは、闘技場を観て溜息をつく。
種族間差別を建前上禁止されているこの国でも、獣人族や妖精族(エルフやドワーフ)を亜人と下に見る人族は一定数居るのが現実だった。
そんな彼等はエルフやドワーフに教えを請う事はしない。頑なに詠唱魔法にこだわり、無詠唱魔法は威力が下がるなどと妄信している。
ガンツなどに言わせると、槌を振るいながら詠唱魔法なんか使えるか、と言う。
二人が雑談しながら試合を見ていると、何時もホクト達に絡んで来る、ペドロハイム伯爵家のマグスが勝ち残っている事に気付く。
「あれっ?マグスが勝ち残っているね。とてもじゃないけど、剣を振れる様な体型じゃないし、魔法も得意そうにないのにな」
「……う~ん、余り考えたくないけど、多分そういう事なんでしょうね」
ほぼカジムの試合しか観ていなかったが、それでもマグスの試合は印象に残っていなかった。
そのマグスとカジムが準々決勝で対戦する事になった。
カジムが木製の大剣を手に入場して来た。
マグスも木製の片手剣と盾を持ち、開始位置でカジムを見てニヤニヤしている。
そしてそれにサクヤが気付く。
「マグスが持つ杖、マジックアイテムよ」
「えっ、魔導具は禁止だった筈だろう」
「どうやって、審判を抱き込んだのかは知らないけど、多分、あれは初級の魔法を回数限定で放てるマジックアイテムの杖だわ」
「ふ~ん」
明らかなルール違反を犯すマグスに対して、それでもホクトとサクヤは、のほほんと観ているだけだった。
その理由は直ぐに分かる事になる。
『始めー!』
審判の掛け声で試合が始まると、マグス杖からカジムに向けてファイヤーボールの魔法が連続して放たれた。
観客席から騒めきが広がる。
それもそうだろう、初級とはいえ無詠唱で連続して魔法を放つ事が出来る魔法使いは、大陸でも一握りなのだから。
同時に、教師や教官達にはそのカラクリは直ぐに見破られただろう。
ドガァ!ドガァ!ドガァ!
ファイヤーボールが着弾して土煙が上がるが、そこにカジムの姿はない。
一瞬で回り込んだカジムが木製の大剣を横薙ぎに振るう。
ドン!!
得意満面のマグスが突然真横に5メートル程吹き飛び、ゴロゴロと転がり止まる。
「ガハッ!」
血を吹き倒れたマグスに審判が駆け寄る。
「…………勝者、カジム」
審判からの勝ち名乗りを面白くなさげにカジム受け退場する。
「……余りにもお粗末だね」
「そうね、カジムもシラけてたものね」
結局、マグスは不正が明らかになり失格となる。
カジムはその後、危なげなく準決勝、決勝と進み、決勝戦でも見せ場なく一瞬で勝負が決まった。
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