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第六十九話 ドーマンの誤算
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田舎町で隠棲するヴァンガスのもとを一人の男が訪れた。
今日もベッドに臥せるヴァンガスが、弱った身体を跳ね上げる。
「こんなロートルに何の用じゃ」
「さすが元騎士団長のヴァンガス殿。隠形の術は得意だったのだが、ヴァンガス殿には通じなかったか」
ヴァンガスに誰何されて出て来たのは、フードで顔を隠した一人の男、この世界で唯一の魔法と陰陽道を組み合わせた術を使う男、ドーマンだった。
「なに、ヴァンガス殿に利する話を持って来たのだ」
「……儂に利する?」
いきなり現れた男から、己にとって利がある話と言われても、ハイそうですかというわけにはいかなかった。
訝しげに聞き返したヴァンガスに、口元しか見えない男がニヤリとする。
「ふむ、お見受けする所、ヴァンガス殿は老いと共に病にも蝕まれているご様子。それを我の術で全盛期の頃以上の身体と、若さを取り戻す気はないか?
せっかく身につけた武を失うのは、悔しくはないか?
もっと強者と闘ってみたくはないか?」
「………………」
ヴァンガスはとっさに反論が出来なかった。
この胡散臭い男の言う事は、正しくヴァンガスが悔しく心残りに思っていた事だから。何度、長命種族に生まれてこなかった事を神に八つ当たりしたことか。
「それで、儂の利は分かった。御主の利は何なのだ?」
「なに、簡単な話だ。ヴァンガス殿に我の術の実験台になってもらう事が、我にとっての利だ」
ヴァンガスは考え込む。
衰えてしまい、自由に動かない身体だが、その心は闘いを渇望していた。
ヴァンガスの心はいまだ闘いを望んでいた。
「……詳しく話を聞かせてくれないか」
ヴァンガスがそう言う事をドーマンは確信していた。
「勿論だとも。先ず、ヴァンガス殿には、身体に活力を与える秘薬を飲んで貰う。その後、我の秘伝の魔法陣を使った魔法で身体を作り変える」
「身体を作り変える?」
「あゝ、寝たきりに近いヴァンガス殿の身体能力を全盛期以上にするのだ、生半可な事では無い事くらいは分かるであろう」
「…………分かった。御主に任せる」
暫く考えたヴァンガスは、ドーマンの誘いにのった。
「では、この場に魔法陣の用意をするので、暫し待たれよ」
そう言うとドーマンは、その場で部屋の床に魔石を粉にした物を使って、六芒星の魔法陣を描いていく。ヴァンガスが見たこともない、ミミズが這ったような、文字なのか記号なのか分からないモノが描かれて行く。
ドーマンは、その魔法陣の上に、何かの血や牙、ツノを乗せていく。
一通り作業が終わったのか、魔法陣の確認をしているドーマンが、ヴァンガスの方を見た。
「ではヴァンガス殿、この魔法陣の真ん中に立って頂けますか」
「うむ」
ヴァンガスが魔法陣の真ん中に立つと、ドーマンが術を発動させる。
六芒星が輝き、ヴァンガスを光が包む。
「グッ!?グァアァァァ!!」
ヴァンガスの骨と皮になっていた身体が、全盛期の頃のような鍛え抜かれた筋肉に覆われた。いや、全盛期どころじゃなく、筋肉が盛り上がっていく。更に、皮膚の色が赤黒く変色していく。
「グッ、ウッ!」
ヴァンガスは、己の肉体が作り変えられていく過程で、気を失いそうな程の苦痛にみまわれる。
ブラウンの髪の毛が白く色が抜け、額から10センチ位ある二本の角が生えて来た。
ヴァンガスは、もはや立っている事も出来なくなり、うずくまってひたすら苦痛をやり過ごす。
やがて六芒星から光が消えて、床に描かれた魔法陣が姿を消す。
「ふむ、暴走していないという事は、一応成功したのか…………」
ドーマンがそう呟くと、ヴァンガスがゆっくりと立ち上がる。
ヴァンガスが、自分の身体を確認し、皮膚の色や額の違和感を確認する。
「…………儂はオーガに成ったのか?」
「理性もある様ですね。
オーガではない。ヴァンガス殿、其方は言うなれば鬼となったのじゃ」
「鬼?鬼人族というのは聞いた事があるが……」
「鬼人族とは厳密には違うが、まぁ今はそれはいいだろう。
ヴァンガス殿、いや、ヴァンガス、我と共に行くぞ」
「……うん?何故儂が御主と一緒に行かねばならんのじゃ。せっかく今度こそ武を極める事が出来るやもしれんのに、御主にかかわっている暇などないわ」
「……………………」
ヴァンガスがそう言うと、ドーマンは絶句してしまう。何故なら、魔法陣にはドーマンの命令をきくように隷属の魔法も組み込まれていたのだ。
「……計算外だったな。精神力の強い個体には、隷属の魔法が効かないか…………。もう少し魔法陣を修正する必要があるな」
「一応礼は言っておくぞ。では、さらばじゃ」
ヴァンガスは、ドーマンにそう声を掛けると、自身の剣を取り、ローブを着てフードを被る。ベッドの脇に置いてあった荷物を持つと、サッサと家を出て行ってしまった。
「だから堅物は嫌いなんだ。はぁ、一流の武人には、隷属の魔法を組み込むのが難しいのか…………。人間よりもオーガ辺りの方が使いやすいか…………」
ドーマンは、鬼人化すると破壊衝動にとらわれ、真面な判断が出来ないと想定していた。実際、他の実験台はそうだったし、ドーマンの命令を無条件できく人形の様なものだった。まさか、破壊衝動やドーマンからの命令を、ねじ伏せる程の精神力をヴァンガスが持っていたとは…………。
残されたドーマンの姿が霞むように消えて、部屋には誰も居なくなった。
今日もベッドに臥せるヴァンガスが、弱った身体を跳ね上げる。
「こんなロートルに何の用じゃ」
「さすが元騎士団長のヴァンガス殿。隠形の術は得意だったのだが、ヴァンガス殿には通じなかったか」
ヴァンガスに誰何されて出て来たのは、フードで顔を隠した一人の男、この世界で唯一の魔法と陰陽道を組み合わせた術を使う男、ドーマンだった。
「なに、ヴァンガス殿に利する話を持って来たのだ」
「……儂に利する?」
いきなり現れた男から、己にとって利がある話と言われても、ハイそうですかというわけにはいかなかった。
訝しげに聞き返したヴァンガスに、口元しか見えない男がニヤリとする。
「ふむ、お見受けする所、ヴァンガス殿は老いと共に病にも蝕まれているご様子。それを我の術で全盛期の頃以上の身体と、若さを取り戻す気はないか?
せっかく身につけた武を失うのは、悔しくはないか?
もっと強者と闘ってみたくはないか?」
「………………」
ヴァンガスはとっさに反論が出来なかった。
この胡散臭い男の言う事は、正しくヴァンガスが悔しく心残りに思っていた事だから。何度、長命種族に生まれてこなかった事を神に八つ当たりしたことか。
「それで、儂の利は分かった。御主の利は何なのだ?」
「なに、簡単な話だ。ヴァンガス殿に我の術の実験台になってもらう事が、我にとっての利だ」
ヴァンガスは考え込む。
衰えてしまい、自由に動かない身体だが、その心は闘いを渇望していた。
ヴァンガスの心はいまだ闘いを望んでいた。
「……詳しく話を聞かせてくれないか」
ヴァンガスがそう言う事をドーマンは確信していた。
「勿論だとも。先ず、ヴァンガス殿には、身体に活力を与える秘薬を飲んで貰う。その後、我の秘伝の魔法陣を使った魔法で身体を作り変える」
「身体を作り変える?」
「あゝ、寝たきりに近いヴァンガス殿の身体能力を全盛期以上にするのだ、生半可な事では無い事くらいは分かるであろう」
「…………分かった。御主に任せる」
暫く考えたヴァンガスは、ドーマンの誘いにのった。
「では、この場に魔法陣の用意をするので、暫し待たれよ」
そう言うとドーマンは、その場で部屋の床に魔石を粉にした物を使って、六芒星の魔法陣を描いていく。ヴァンガスが見たこともない、ミミズが這ったような、文字なのか記号なのか分からないモノが描かれて行く。
ドーマンは、その魔法陣の上に、何かの血や牙、ツノを乗せていく。
一通り作業が終わったのか、魔法陣の確認をしているドーマンが、ヴァンガスの方を見た。
「ではヴァンガス殿、この魔法陣の真ん中に立って頂けますか」
「うむ」
ヴァンガスが魔法陣の真ん中に立つと、ドーマンが術を発動させる。
六芒星が輝き、ヴァンガスを光が包む。
「グッ!?グァアァァァ!!」
ヴァンガスの骨と皮になっていた身体が、全盛期の頃のような鍛え抜かれた筋肉に覆われた。いや、全盛期どころじゃなく、筋肉が盛り上がっていく。更に、皮膚の色が赤黒く変色していく。
「グッ、ウッ!」
ヴァンガスは、己の肉体が作り変えられていく過程で、気を失いそうな程の苦痛にみまわれる。
ブラウンの髪の毛が白く色が抜け、額から10センチ位ある二本の角が生えて来た。
ヴァンガスは、もはや立っている事も出来なくなり、うずくまってひたすら苦痛をやり過ごす。
やがて六芒星から光が消えて、床に描かれた魔法陣が姿を消す。
「ふむ、暴走していないという事は、一応成功したのか…………」
ドーマンがそう呟くと、ヴァンガスがゆっくりと立ち上がる。
ヴァンガスが、自分の身体を確認し、皮膚の色や額の違和感を確認する。
「…………儂はオーガに成ったのか?」
「理性もある様ですね。
オーガではない。ヴァンガス殿、其方は言うなれば鬼となったのじゃ」
「鬼?鬼人族というのは聞いた事があるが……」
「鬼人族とは厳密には違うが、まぁ今はそれはいいだろう。
ヴァンガス殿、いや、ヴァンガス、我と共に行くぞ」
「……うん?何故儂が御主と一緒に行かねばならんのじゃ。せっかく今度こそ武を極める事が出来るやもしれんのに、御主にかかわっている暇などないわ」
「……………………」
ヴァンガスがそう言うと、ドーマンは絶句してしまう。何故なら、魔法陣にはドーマンの命令をきくように隷属の魔法も組み込まれていたのだ。
「……計算外だったな。精神力の強い個体には、隷属の魔法が効かないか…………。もう少し魔法陣を修正する必要があるな」
「一応礼は言っておくぞ。では、さらばじゃ」
ヴァンガスは、ドーマンにそう声を掛けると、自身の剣を取り、ローブを着てフードを被る。ベッドの脇に置いてあった荷物を持つと、サッサと家を出て行ってしまった。
「だから堅物は嫌いなんだ。はぁ、一流の武人には、隷属の魔法を組み込むのが難しいのか…………。人間よりもオーガ辺りの方が使いやすいか…………」
ドーマンは、鬼人化すると破壊衝動にとらわれ、真面な判断が出来ないと想定していた。実際、他の実験台はそうだったし、ドーマンの命令を無条件できく人形の様なものだった。まさか、破壊衝動やドーマンからの命令を、ねじ伏せる程の精神力をヴァンガスが持っていたとは…………。
残されたドーマンの姿が霞むように消えて、部屋には誰も居なくなった。
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