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9巻
9-2
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◇
数日後、セルヴスさんから人選が難航しているとの連絡が届いた。
その話を、聖域の屋敷のリビングでみんなにする。
「なかなか集まらないの? メイドは奴隷商会で探した方がいいんじゃない?」
「アカネさん、普通の奴隷商会だと最低限の教育しかしていないんですよ。でもムーラン奴隷商会なら教育が行き届いているので、すぐにメイドとして働けます」
「なら、それでいいんじゃない?」
アカネとマリアが、メイドは奴隷から探そうと言っている。
僕達には転移ゲートや天空島など秘密にしている事があるので、機密保持を考えたら契約で縛れる奴隷もありかなと思うんだけど……そもそもセルヴスさんの言う「難航」の意味はちょっと違うんだよね。
「アカネ、マリア、人が集まらないんじゃなくて、応募が殺到していて困っているみたいなんだよ」
セルヴスさんは、ボルトン辺境伯家の人脈だけでなく、様々な伝手を使って秘密裏に募集をかけたらしい。
僕達に雇われるという事は、聖域に入る事を意味する。つまり、大精霊達の厳しい目をくぐり抜けなければならない。腹に一物持っているような人や、誰かの紐付きの者は大精霊達に認められないのだ。
しかし、そんな慎重さをもってしても予想以上の応募が来てしまったようだ。
「聖域産のお酒を欲しがる商人や貴族は多いですから」
「レーヴァのポーションも人気であります」
ソフィアは聖域産のワインのファンだから、気になるのはお酒の事みたいだね。レーヴァも負けじと自分の作ったポーションが人気だと胸を張っている。
実際、レーヴァの作るポーションは、普通のポーションより明らかに効果がある。それに、精霊樹の素材から作られるポーションは少量しか出回ってないから、かなり貴重なのだ。
元より注目されていた聖域、その管理者である僕が人を求めているという情報が流れたわけだから、それはもう収集がつかない状態になってしまった、という事らしい。
アカネがちょっと面倒くさそうに言う。
「それでどうするの? 家宰なんてよっぽどちゃんとした人じゃないと、うちじゃ無理よね」
「そうなんだよな。もういっその事、ウィンディーネやシルフに面接官でもしてもらうか」
僕が冗談のつもりで言った瞬間――
その場に、水を司る大精霊ウィンディーネ、風を司る大精霊シルフ、そして二人に加えて、植物の大精霊ドリュアス、光の大精霊セレネーや闇の大精霊ニュクスまで現れた。
「タクミちゃ~ん、面接官ならお姉ちゃん達に任せなさ~い」
「そうよ。家宰を雇ったら、その子は聖域とボルトンや天空島、魔大陸の拠点を行き来するんでしょう? なら、私達がちゃんとした人の子を選んであげるわ」
「そんな面白そうな事……っううん、大切な事を、私達抜きにはありえないでしょ」
「そうそう、私とニュクスなら人の子の悪意を見破れるわよ」
「……うん、見破る」
ドリュアス、ウィンディーネ、シルフ、セレネー、ニュクスが次々に自分達をおいて他に面接官に相応しい者はいないと言ってきた。
うん。色々主張してるけど、大精霊達の本音は「面白そうだから」だね。
とはいえ、渡りに船とも言えるな。
「わかったよ。でも、面接は聖域で出来ないよ」
「大丈夫よ、タクミちゃん。お姉ちゃん達がボルトンに顕現するから」
「私達のチェックをクリアするのは少数だから、すぐに選別は終わるわよ」
「タクミはその中から好きに選んだらいいのよ」
ドリュアス、シルフ、ウィンディーネが次々と口にした。
楽しそうな大精霊に呆れつつ僕は言う。
「はぁ、どちらにしても、少し時間が欲しいってセルヴスさんから連絡があったみたい」
すると、アカネとソフィアが告げる。
「たぶん、その時間で他の貴族や商人は、更に人を送り込む準備をするのね」
「ボルトン辺境伯だけが私達と縁を深めている今の状況は、周りからすれば妬ましいですからね……」
きっと、そういう事になるだろう。
いずれにしても大変なのはセルヴスさんだよな。
「貴族や商人がどう思おうと、私達は関係ないわ」
「そうね。日にちが決まったら、お姉ちゃんに教えてね」
「まあ、タクミに教えてもらわなくてもわかるけどね」
ウィンディーネ、ドリュアス、シルフが言いたい事だけ言うと、「じゃあ、そういう事で」と大精霊達は揃って消えてしまった。
僕は溜息交じりに呟く。
「セルヴスさん、驚くかな」
「大精霊様達が揃って面接官をするんですから、それは驚くと思いますよ」
「……驚く程度で済めばいいですね」
ソフィアとマリアは心配そうにしている。
いや、面倒くさがりのサラマンダーと、お酒造りに忙しいノームがいないだけマシだと思おう。
それでもボルトンに大精霊が何人も顕現なんてしたら、パニックにならないわけがないよね。本当に頭が痛くなる。
「はあ、僕は面接場所を警備するゴーレムを何体か造っておくよ」
「それならレーヴァもお手伝いするであります」
「うん、お願い」
こうして僕とレーヴァは、想像以上に大事になりそうな面接のため、警備用のゴーレムを造るべく工房へ移動した。
僕はレーヴァと数体の警備用ゴーレムを造り上げた。
鋼鉄製のアイアンゴーレムだ。
一応、魔法攻撃を受けた場合を考えて、ミスリルでメッキを施したので、すぐに壊れる事はないだろう。
武装は二種類で、大盾と2メートルほどの六角棒を装備したゴーレムと、刺股を装備したゴーレム。
あくまで警備用ゴーレムなので、殺傷力の低い装備で、取り押さえる事を目的としている。
まあ、2メートルを超える鋼鉄製のゴーレムが振るえば、六角棒や刺股といえど十分破壊力があるけどね。
久しぶりにゴーレムを造って楽しくなった僕は、ついつい夢中になってしまう。
同類のレーヴァはブレーキ役にはならず、更にアクセルを踏み、二人でゴーレムを造っていく。
その後、警備用ゴーレム数体を指揮する、指揮官ゴーレムを造った。
大盾に六角棒装備のゴーレム五体と、刺股を装備したゴーレムを二体、それを指揮するゴーレム一体の八体で、一小隊としようかな。
なお、指揮ゴーレムの武装は、非殺傷武器の十手を二本装備させた。
十手は完全に僕の悪ノリだ。時代劇で見た火付盗賊改方をイメージしたんだよね。この辺は元がアラフォーのオッサンだった名残なんだけど、アカネは全然共感してくれなかったな。
ただ、レーヴァやソフィアには面白がられた。十手は非殺傷の武器で、相手を取り押さえる事を目的とした物だと説明すると、十手の長さや鉤の形状のアイデアを出してくれて盛り上がったよ。まあ、こうした一連のゴーレム造りは現実逃避とも言うんだけど。
「やっぱりメイドだけでも奴隷を買えば良かったかな……」
「ちょうど良い人を探すのが難しいのは一緒だったと思いますよ」
セルヴスさんから伝えられた状況を思い出して愚痴をこぼす僕を、ソフィアが優しく慰めてくれる。
「私はともかく、タクミ様が購入した奴隷全員が最高の人達なのは幸運だったと思います」
「確かに……」
元は奴隷だったソフィア、マリア、レーヴァ、三人とも才能豊かで性格も申し分ない。僕がいかに豪運だったのかがわかる。
奴隷は理不尽な命令じゃなければ、主人に逆らえないけど、だからといってその奴隷が納得しているかはわからない。ソフィアやマリアのように、奴隷契約なしに、僕に尽くしてくれるケースはレアだと思った方がいいだろう。
ソフィアが僕に笑いかける。
「大精霊様達が、貴族達や商人達が潜り込ませようとするあからさまな間諜を簡単に選別なさいますよ」
「そうだね、ウィンディーネ達には感謝だね」
◇
その三日後、セルヴスさんから日程が決まったと連絡があった。
面接の日程は、遠方からの参加者のために一月後になったらしい。それを聞いて、そんな遠くからも来るのかと、げんなりする僕は悪くないと思う。
僕は、セルヴスさんの手紙を読むソフィアに尋ねる。
「シドニアに教会を建設する話はどうなったんだろう」
「そちらも書かれていますね。現在、創世教の関係者と、どこの街に建設するのか話し合い中らしいです」
うんざりするのを止められない。
教会を建設するだけなのに、それが進まないのだ。
宗教に絡む問題がややこしいのはわかる。だけど話がなかなか進まないのは、きっと別の理由だろうな。
「建材をどこの国がどのくらい調達するのか、どこの街に建設すれば布教に役立つのかなど、三ヶ国と創世教、そしてシドニアの住民達の思惑が絡んで、話が進まないのでしょう」
「教会が早く建てば、孤児院の設置や炊きだしなんかの施しも始められるのに……」
シドニア神皇国の復興援助と聖域の人材不足の解消、その二つの問題は、僕の狙いから大きく外れて色々な人の思惑が絡み、ちょっと面倒くさい騒動になってしまった。
そんなわけで僕は、現実逃避気味に警備ゴーレムの製作に夢中になる。そしてその合間に、ポーション類作り、聖域や天空島、魔大陸の拠点の整備などをして日々を過ごすのだった。
◇
そして、ボルトンでの面接会の日が訪れた。
朝早くボルトンの屋敷へ転移した僕達は、そこで朝食を食べ、セルヴスさんから指定された、ボルトン辺境伯家の騎士団訓練所に向かっていた。
「……嘘だろ」
「「…………」」
「……種族も様々です」
「これは私の予想を超えているわね」
「凄い人だニャ」
「この中から選ぶのでありますか……」
広い訓練所の敷地には、僕達の想定をはるかに超えた多くの人数が集まっていた。
ソフィアとマリアは言葉をなくし、マーニは集まった様々な種族を見て驚き、アカネとルルちゃんは、その人の多さにただただ驚いていた。レーヴァはこれからこの人数を面接するのかと愕然としている。
うん、僕も同じ気持ちだ。こんな大勢の中から選ぶのか……
人を雇う事がこんなに大変なんて思ってもいなかった。
3 面接
ボルトン辺境伯家の騎士に案内された先では、騎士団長のドルンさんとボルトン辺境伯が待っていた。
「随分待たせてしまったな、イルマ殿」
「いえいえ、ボルトン辺境伯様。今回はセルヴスさんにお手間をかけてしまい、申し訳ありません」
「なに、前々から聖域と繋がりを持ちたいという貴族連中や商人達が多数いて、国や儂に問い合わせが殺到しておったのだ。ならば、これは良い機会だと思ってな。一度、こういった機会を設けてやれば、彼らも諦めるだろう」
そこにセルヴスさんが姿を現す。
「そろそろ面接を始めたいと思います」
「そうか。では、イルマ殿、儂が表に出るのは差し障りがあるので、ここで失礼する。また後ほど城で会おう」
ボルトン辺境伯はそう言うと、城へ戻っていった。
◇
設置されたテーブルに、僕達とセルヴスさん、そしていつの間にか顕現していたウィンディーネ達が座る。
「……イルマ殿、こ、これはどうした事なのでしょうか?」
「は、はははっ……」
セルヴスさんが、ウィンディーネ、シルフ、ドリュアス、セレネー、ニュクスの五人の大精霊達を見て、顔を引きつらせている。
僕の代わりにウィンディーネが答える。
「邪なる者を見極めるなら、私達以上の適役はいないでしょう?」
「…………」
セルヴスさん、何も言えなくなってしまったな。
会場となった騎士団訓練所には、二千人近い応募者が集まっていた。
一番多いのはメイド希望の女性達。下はルルちゃんくらいの少女から、上はベテランメイド長といった雰囲気の老齢の女性までいる。身分も幅広く、いかにも貴族から差し向けられたような身なりの良い人から、貧しい暮らしから逃れるべくはるばるボルトンまで来たのであろう、襤褸を纏った少女までいた。
あまりに色々な人がいて頭が痛くなりそうだ。
「う~ん。メイドじゃなくて、聖域で保護した方がいい子もいるわね」
「そうね。そのあたりもチェックしましょう」
ウィンディーネとドリュアスはそう会話しつつ、応募者の胸に付けられた番号を控えていた。既に候補者を選別しているようだ。
ざっと見た感じ、孤児院を出たばかりの少女が、何人も応募しているみたいだな。
孤児院は、早ければ十二歳、遅くても十五歳で出なければいけない。けれど、出たところですぐに働き口を見つけられないというのが実情らしい。十二歳なんてまだまだ子供で、孤児じゃなければ親に甘えていられる年齢だと思うんだけど。
僕はソフィアに話しかける。
「孤児院にまで、今回の話が回っていたみたいだね」
「タクミ様、おそらく教会経由で情報が伝わったのだと思います」
「ああ、そうか。孤児院は創世教の教会が経営している施設がほとんどだったね」
なお、孤児院出身者であっても力仕事が出来る男の子は、仕事を見つけやすい。兵士、冒険者、職人など、ここのところの好景気に沸くバーキラ王国やロマリア王国では、むしろ引く手数多らしい。それに比べて、女の子の就職先は厳しいとの事だった。
そうして始まった面接だけど――
「えっ! これだけ?」
「そうね」
人数的に少ない家宰の面接からやってみたところ、ウィンディーネ達大精霊のお眼鏡に適ったのは、たった二人しかいなかった。
僕は困惑しつつ、ウィンディーネとドリュアスに尋ねる。
「……えっと、本当に二人だけ?」
「ええ。あとはどこかの貴族の紐付きか、強欲な商会から送り込まれたろくでもない目的を持った人間ばかりね」
「中には闇ギルド関連の人もいたわぁ~。もちろん、衛兵に報告したわよぉ~」
大精霊がそう言いきるなら、僕は無理やり納得するしかない。
しかし求人にも応募してくる闇ギルドって……色々と心当たりがありすぎて困る。
一人目の男性が自己紹介を始める。
「私、セバスチャンと申します。そこにおりますセルヴスとは従兄弟同士ですが、その事は斟酌せずご判断いただければと思います」
見た感じセルヴスさんと同じくらいの年齢で、従兄弟というだけあって雰囲気が似ている。
白髪をオールバックに撫でつけ、綺麗に整えた髭といい、背筋が伸びて姿勢のいい立ち姿といい、僕のイメージする執事像にハマりすぎている。
「うん、合格じゃないかしら」
「私もそう思うわ」
「……合格」
シルフ、セレネー、ニュクスが合格だと即決するけど、まだ僕達は質問も話もしていない。そもそもシルフ達は、ふるいにかけるだけで面接官じゃなかったと思うんだけど……
既に大精霊達が合格を出しているけど、僕も質問する。
「えっと、セバスチャンさんの前職を教えてもらえますか?」
「はい。とある公爵家で家宰を務めていました。この度、息子に仕事を引き継ぎ隠居いたす所存でありましたが、あるスジから今回のお話を紹介していただきました。それで隠居を撤回いたしまして応募したという次第でございます」
「こ、公爵家……」
セルヴスさんの従兄弟なら優秀なのだろう。現に長年にわたり、公爵家の家宰を務めていたという。
その後尋ねたところ、僕のところに雇われたとしても、僕の情報を公爵家に漏らす事はないと言った。ちなみに逆も然りで、公爵家の事はほとんど教えてもらえなかった。
うん、このあたりは信用出来そうだ。
セルヴスさんが申し訳なさそうに話す。
「イルマ殿。大精霊様方のお眼鏡に適うのが二人だけとなり、しかもどちらも私の身内という、少々予想外の事態になってしまいました。私が言うのもなんですが、セバスチャンは有能なのはもちろん、人間的にも信頼出来る男でございます」
セバスチャンさんがセルヴスさんの身内なのはさておき――
「えっ! もう一人の若い方もセルヴスさんの身内なんですか!」
「はい。私の孫、ジーヴルでございます」
そう言って、更に恐縮するセルヴスさん。
そのジーヴルさんが自己紹介してくる。
「ジーヴルと申します。イルマ様のお話は、お爺様よりよく聞いています。未熟ですが、一通り執事の仕事は身につけているつもりです」
「…………」
セバスチャンさんの横で、姿勢良く立つ二十代半ばの若者を見つつ、僕は頭を抱える。
絞り込むのを大精霊達に任せたけれど、これで良かったのか?
◇
ウィンディーネ達が太鼓判を押した、セバスチャンさんとジーヴルさん。この二人は見るからに有能そうなので、決定でいいと思う。
ソフィアやマリア達も異論はないようだし。
そして現在、ウィンディーネやドリュアスが凄い人数の女の人達を選別している。とはいえ、その選別を受けている女の人達は困惑気味だ。
何故なら質問一つなされずに、合格、不合格が決められているから。
僕は心配になってきて、ソフィアに声をかける。
「大量にはねられてるけど、それでも多くないかな」
「ボルトンと聖域、両方の屋敷で雇ったとしても多いと思いますね」
大精霊達の選別に合格した人達を、このあと僕達が面接する予定なんだけど……人数の多さもさる事ながら、ちょっと選びづらいな。
というのも――
「何だか痩せ細った女の子ばかりだね」
「ええ。孤児院出身の女の子じゃないでしょうか?」
マリアの言う通り、選別にパスしているのは、このまま放っておいたら夜の街へ売られていく未来しか想像出来ないような孤児達だった。
僕はマリアに告げる。
「大精霊は人とは違って、善性の存在だからね。救える子達が善良であるなら、助けたくなるんだと思うよ」
人はどんな善良な人でも、100パーセント善なんてありえない。対して大精霊達は100パーセント善でしかなく、悪の部分は1パーセントもない。
大精霊は何だかんだいって善い奴なのだ。
その時僕は、大精霊達の選別をくぐり抜けた中に、周りから浮いている女性を見つけた。
「あれ? 随分とお歳を召した方がいるな」
「タクミ様、たぶんメイド長候補だと思いますよ」
「ああ、なるほどね。そういえばミーミル王女の侍女の中にもいたね」
マリアの答えに納得する。
ウィンディーネ達は、メイド達を教育する人材としてあの女性を選んだのかな。確かに背筋がピンと伸びていて、立ち姿が凛としてカッコイイな。
数日後、セルヴスさんから人選が難航しているとの連絡が届いた。
その話を、聖域の屋敷のリビングでみんなにする。
「なかなか集まらないの? メイドは奴隷商会で探した方がいいんじゃない?」
「アカネさん、普通の奴隷商会だと最低限の教育しかしていないんですよ。でもムーラン奴隷商会なら教育が行き届いているので、すぐにメイドとして働けます」
「なら、それでいいんじゃない?」
アカネとマリアが、メイドは奴隷から探そうと言っている。
僕達には転移ゲートや天空島など秘密にしている事があるので、機密保持を考えたら契約で縛れる奴隷もありかなと思うんだけど……そもそもセルヴスさんの言う「難航」の意味はちょっと違うんだよね。
「アカネ、マリア、人が集まらないんじゃなくて、応募が殺到していて困っているみたいなんだよ」
セルヴスさんは、ボルトン辺境伯家の人脈だけでなく、様々な伝手を使って秘密裏に募集をかけたらしい。
僕達に雇われるという事は、聖域に入る事を意味する。つまり、大精霊達の厳しい目をくぐり抜けなければならない。腹に一物持っているような人や、誰かの紐付きの者は大精霊達に認められないのだ。
しかし、そんな慎重さをもってしても予想以上の応募が来てしまったようだ。
「聖域産のお酒を欲しがる商人や貴族は多いですから」
「レーヴァのポーションも人気であります」
ソフィアは聖域産のワインのファンだから、気になるのはお酒の事みたいだね。レーヴァも負けじと自分の作ったポーションが人気だと胸を張っている。
実際、レーヴァの作るポーションは、普通のポーションより明らかに効果がある。それに、精霊樹の素材から作られるポーションは少量しか出回ってないから、かなり貴重なのだ。
元より注目されていた聖域、その管理者である僕が人を求めているという情報が流れたわけだから、それはもう収集がつかない状態になってしまった、という事らしい。
アカネがちょっと面倒くさそうに言う。
「それでどうするの? 家宰なんてよっぽどちゃんとした人じゃないと、うちじゃ無理よね」
「そうなんだよな。もういっその事、ウィンディーネやシルフに面接官でもしてもらうか」
僕が冗談のつもりで言った瞬間――
その場に、水を司る大精霊ウィンディーネ、風を司る大精霊シルフ、そして二人に加えて、植物の大精霊ドリュアス、光の大精霊セレネーや闇の大精霊ニュクスまで現れた。
「タクミちゃ~ん、面接官ならお姉ちゃん達に任せなさ~い」
「そうよ。家宰を雇ったら、その子は聖域とボルトンや天空島、魔大陸の拠点を行き来するんでしょう? なら、私達がちゃんとした人の子を選んであげるわ」
「そんな面白そうな事……っううん、大切な事を、私達抜きにはありえないでしょ」
「そうそう、私とニュクスなら人の子の悪意を見破れるわよ」
「……うん、見破る」
ドリュアス、ウィンディーネ、シルフ、セレネー、ニュクスが次々に自分達をおいて他に面接官に相応しい者はいないと言ってきた。
うん。色々主張してるけど、大精霊達の本音は「面白そうだから」だね。
とはいえ、渡りに船とも言えるな。
「わかったよ。でも、面接は聖域で出来ないよ」
「大丈夫よ、タクミちゃん。お姉ちゃん達がボルトンに顕現するから」
「私達のチェックをクリアするのは少数だから、すぐに選別は終わるわよ」
「タクミはその中から好きに選んだらいいのよ」
ドリュアス、シルフ、ウィンディーネが次々と口にした。
楽しそうな大精霊に呆れつつ僕は言う。
「はぁ、どちらにしても、少し時間が欲しいってセルヴスさんから連絡があったみたい」
すると、アカネとソフィアが告げる。
「たぶん、その時間で他の貴族や商人は、更に人を送り込む準備をするのね」
「ボルトン辺境伯だけが私達と縁を深めている今の状況は、周りからすれば妬ましいですからね……」
きっと、そういう事になるだろう。
いずれにしても大変なのはセルヴスさんだよな。
「貴族や商人がどう思おうと、私達は関係ないわ」
「そうね。日にちが決まったら、お姉ちゃんに教えてね」
「まあ、タクミに教えてもらわなくてもわかるけどね」
ウィンディーネ、ドリュアス、シルフが言いたい事だけ言うと、「じゃあ、そういう事で」と大精霊達は揃って消えてしまった。
僕は溜息交じりに呟く。
「セルヴスさん、驚くかな」
「大精霊様達が揃って面接官をするんですから、それは驚くと思いますよ」
「……驚く程度で済めばいいですね」
ソフィアとマリアは心配そうにしている。
いや、面倒くさがりのサラマンダーと、お酒造りに忙しいノームがいないだけマシだと思おう。
それでもボルトンに大精霊が何人も顕現なんてしたら、パニックにならないわけがないよね。本当に頭が痛くなる。
「はあ、僕は面接場所を警備するゴーレムを何体か造っておくよ」
「それならレーヴァもお手伝いするであります」
「うん、お願い」
こうして僕とレーヴァは、想像以上に大事になりそうな面接のため、警備用のゴーレムを造るべく工房へ移動した。
僕はレーヴァと数体の警備用ゴーレムを造り上げた。
鋼鉄製のアイアンゴーレムだ。
一応、魔法攻撃を受けた場合を考えて、ミスリルでメッキを施したので、すぐに壊れる事はないだろう。
武装は二種類で、大盾と2メートルほどの六角棒を装備したゴーレムと、刺股を装備したゴーレム。
あくまで警備用ゴーレムなので、殺傷力の低い装備で、取り押さえる事を目的としている。
まあ、2メートルを超える鋼鉄製のゴーレムが振るえば、六角棒や刺股といえど十分破壊力があるけどね。
久しぶりにゴーレムを造って楽しくなった僕は、ついつい夢中になってしまう。
同類のレーヴァはブレーキ役にはならず、更にアクセルを踏み、二人でゴーレムを造っていく。
その後、警備用ゴーレム数体を指揮する、指揮官ゴーレムを造った。
大盾に六角棒装備のゴーレム五体と、刺股を装備したゴーレムを二体、それを指揮するゴーレム一体の八体で、一小隊としようかな。
なお、指揮ゴーレムの武装は、非殺傷武器の十手を二本装備させた。
十手は完全に僕の悪ノリだ。時代劇で見た火付盗賊改方をイメージしたんだよね。この辺は元がアラフォーのオッサンだった名残なんだけど、アカネは全然共感してくれなかったな。
ただ、レーヴァやソフィアには面白がられた。十手は非殺傷の武器で、相手を取り押さえる事を目的とした物だと説明すると、十手の長さや鉤の形状のアイデアを出してくれて盛り上がったよ。まあ、こうした一連のゴーレム造りは現実逃避とも言うんだけど。
「やっぱりメイドだけでも奴隷を買えば良かったかな……」
「ちょうど良い人を探すのが難しいのは一緒だったと思いますよ」
セルヴスさんから伝えられた状況を思い出して愚痴をこぼす僕を、ソフィアが優しく慰めてくれる。
「私はともかく、タクミ様が購入した奴隷全員が最高の人達なのは幸運だったと思います」
「確かに……」
元は奴隷だったソフィア、マリア、レーヴァ、三人とも才能豊かで性格も申し分ない。僕がいかに豪運だったのかがわかる。
奴隷は理不尽な命令じゃなければ、主人に逆らえないけど、だからといってその奴隷が納得しているかはわからない。ソフィアやマリアのように、奴隷契約なしに、僕に尽くしてくれるケースはレアだと思った方がいいだろう。
ソフィアが僕に笑いかける。
「大精霊様達が、貴族達や商人達が潜り込ませようとするあからさまな間諜を簡単に選別なさいますよ」
「そうだね、ウィンディーネ達には感謝だね」
◇
その三日後、セルヴスさんから日程が決まったと連絡があった。
面接の日程は、遠方からの参加者のために一月後になったらしい。それを聞いて、そんな遠くからも来るのかと、げんなりする僕は悪くないと思う。
僕は、セルヴスさんの手紙を読むソフィアに尋ねる。
「シドニアに教会を建設する話はどうなったんだろう」
「そちらも書かれていますね。現在、創世教の関係者と、どこの街に建設するのか話し合い中らしいです」
うんざりするのを止められない。
教会を建設するだけなのに、それが進まないのだ。
宗教に絡む問題がややこしいのはわかる。だけど話がなかなか進まないのは、きっと別の理由だろうな。
「建材をどこの国がどのくらい調達するのか、どこの街に建設すれば布教に役立つのかなど、三ヶ国と創世教、そしてシドニアの住民達の思惑が絡んで、話が進まないのでしょう」
「教会が早く建てば、孤児院の設置や炊きだしなんかの施しも始められるのに……」
シドニア神皇国の復興援助と聖域の人材不足の解消、その二つの問題は、僕の狙いから大きく外れて色々な人の思惑が絡み、ちょっと面倒くさい騒動になってしまった。
そんなわけで僕は、現実逃避気味に警備ゴーレムの製作に夢中になる。そしてその合間に、ポーション類作り、聖域や天空島、魔大陸の拠点の整備などをして日々を過ごすのだった。
◇
そして、ボルトンでの面接会の日が訪れた。
朝早くボルトンの屋敷へ転移した僕達は、そこで朝食を食べ、セルヴスさんから指定された、ボルトン辺境伯家の騎士団訓練所に向かっていた。
「……嘘だろ」
「「…………」」
「……種族も様々です」
「これは私の予想を超えているわね」
「凄い人だニャ」
「この中から選ぶのでありますか……」
広い訓練所の敷地には、僕達の想定をはるかに超えた多くの人数が集まっていた。
ソフィアとマリアは言葉をなくし、マーニは集まった様々な種族を見て驚き、アカネとルルちゃんは、その人の多さにただただ驚いていた。レーヴァはこれからこの人数を面接するのかと愕然としている。
うん、僕も同じ気持ちだ。こんな大勢の中から選ぶのか……
人を雇う事がこんなに大変なんて思ってもいなかった。
3 面接
ボルトン辺境伯家の騎士に案内された先では、騎士団長のドルンさんとボルトン辺境伯が待っていた。
「随分待たせてしまったな、イルマ殿」
「いえいえ、ボルトン辺境伯様。今回はセルヴスさんにお手間をかけてしまい、申し訳ありません」
「なに、前々から聖域と繋がりを持ちたいという貴族連中や商人達が多数いて、国や儂に問い合わせが殺到しておったのだ。ならば、これは良い機会だと思ってな。一度、こういった機会を設けてやれば、彼らも諦めるだろう」
そこにセルヴスさんが姿を現す。
「そろそろ面接を始めたいと思います」
「そうか。では、イルマ殿、儂が表に出るのは差し障りがあるので、ここで失礼する。また後ほど城で会おう」
ボルトン辺境伯はそう言うと、城へ戻っていった。
◇
設置されたテーブルに、僕達とセルヴスさん、そしていつの間にか顕現していたウィンディーネ達が座る。
「……イルマ殿、こ、これはどうした事なのでしょうか?」
「は、はははっ……」
セルヴスさんが、ウィンディーネ、シルフ、ドリュアス、セレネー、ニュクスの五人の大精霊達を見て、顔を引きつらせている。
僕の代わりにウィンディーネが答える。
「邪なる者を見極めるなら、私達以上の適役はいないでしょう?」
「…………」
セルヴスさん、何も言えなくなってしまったな。
会場となった騎士団訓練所には、二千人近い応募者が集まっていた。
一番多いのはメイド希望の女性達。下はルルちゃんくらいの少女から、上はベテランメイド長といった雰囲気の老齢の女性までいる。身分も幅広く、いかにも貴族から差し向けられたような身なりの良い人から、貧しい暮らしから逃れるべくはるばるボルトンまで来たのであろう、襤褸を纏った少女までいた。
あまりに色々な人がいて頭が痛くなりそうだ。
「う~ん。メイドじゃなくて、聖域で保護した方がいい子もいるわね」
「そうね。そのあたりもチェックしましょう」
ウィンディーネとドリュアスはそう会話しつつ、応募者の胸に付けられた番号を控えていた。既に候補者を選別しているようだ。
ざっと見た感じ、孤児院を出たばかりの少女が、何人も応募しているみたいだな。
孤児院は、早ければ十二歳、遅くても十五歳で出なければいけない。けれど、出たところですぐに働き口を見つけられないというのが実情らしい。十二歳なんてまだまだ子供で、孤児じゃなければ親に甘えていられる年齢だと思うんだけど。
僕はソフィアに話しかける。
「孤児院にまで、今回の話が回っていたみたいだね」
「タクミ様、おそらく教会経由で情報が伝わったのだと思います」
「ああ、そうか。孤児院は創世教の教会が経営している施設がほとんどだったね」
なお、孤児院出身者であっても力仕事が出来る男の子は、仕事を見つけやすい。兵士、冒険者、職人など、ここのところの好景気に沸くバーキラ王国やロマリア王国では、むしろ引く手数多らしい。それに比べて、女の子の就職先は厳しいとの事だった。
そうして始まった面接だけど――
「えっ! これだけ?」
「そうね」
人数的に少ない家宰の面接からやってみたところ、ウィンディーネ達大精霊のお眼鏡に適ったのは、たった二人しかいなかった。
僕は困惑しつつ、ウィンディーネとドリュアスに尋ねる。
「……えっと、本当に二人だけ?」
「ええ。あとはどこかの貴族の紐付きか、強欲な商会から送り込まれたろくでもない目的を持った人間ばかりね」
「中には闇ギルド関連の人もいたわぁ~。もちろん、衛兵に報告したわよぉ~」
大精霊がそう言いきるなら、僕は無理やり納得するしかない。
しかし求人にも応募してくる闇ギルドって……色々と心当たりがありすぎて困る。
一人目の男性が自己紹介を始める。
「私、セバスチャンと申します。そこにおりますセルヴスとは従兄弟同士ですが、その事は斟酌せずご判断いただければと思います」
見た感じセルヴスさんと同じくらいの年齢で、従兄弟というだけあって雰囲気が似ている。
白髪をオールバックに撫でつけ、綺麗に整えた髭といい、背筋が伸びて姿勢のいい立ち姿といい、僕のイメージする執事像にハマりすぎている。
「うん、合格じゃないかしら」
「私もそう思うわ」
「……合格」
シルフ、セレネー、ニュクスが合格だと即決するけど、まだ僕達は質問も話もしていない。そもそもシルフ達は、ふるいにかけるだけで面接官じゃなかったと思うんだけど……
既に大精霊達が合格を出しているけど、僕も質問する。
「えっと、セバスチャンさんの前職を教えてもらえますか?」
「はい。とある公爵家で家宰を務めていました。この度、息子に仕事を引き継ぎ隠居いたす所存でありましたが、あるスジから今回のお話を紹介していただきました。それで隠居を撤回いたしまして応募したという次第でございます」
「こ、公爵家……」
セルヴスさんの従兄弟なら優秀なのだろう。現に長年にわたり、公爵家の家宰を務めていたという。
その後尋ねたところ、僕のところに雇われたとしても、僕の情報を公爵家に漏らす事はないと言った。ちなみに逆も然りで、公爵家の事はほとんど教えてもらえなかった。
うん、このあたりは信用出来そうだ。
セルヴスさんが申し訳なさそうに話す。
「イルマ殿。大精霊様方のお眼鏡に適うのが二人だけとなり、しかもどちらも私の身内という、少々予想外の事態になってしまいました。私が言うのもなんですが、セバスチャンは有能なのはもちろん、人間的にも信頼出来る男でございます」
セバスチャンさんがセルヴスさんの身内なのはさておき――
「えっ! もう一人の若い方もセルヴスさんの身内なんですか!」
「はい。私の孫、ジーヴルでございます」
そう言って、更に恐縮するセルヴスさん。
そのジーヴルさんが自己紹介してくる。
「ジーヴルと申します。イルマ様のお話は、お爺様よりよく聞いています。未熟ですが、一通り執事の仕事は身につけているつもりです」
「…………」
セバスチャンさんの横で、姿勢良く立つ二十代半ばの若者を見つつ、僕は頭を抱える。
絞り込むのを大精霊達に任せたけれど、これで良かったのか?
◇
ウィンディーネ達が太鼓判を押した、セバスチャンさんとジーヴルさん。この二人は見るからに有能そうなので、決定でいいと思う。
ソフィアやマリア達も異論はないようだし。
そして現在、ウィンディーネやドリュアスが凄い人数の女の人達を選別している。とはいえ、その選別を受けている女の人達は困惑気味だ。
何故なら質問一つなされずに、合格、不合格が決められているから。
僕は心配になってきて、ソフィアに声をかける。
「大量にはねられてるけど、それでも多くないかな」
「ボルトンと聖域、両方の屋敷で雇ったとしても多いと思いますね」
大精霊達の選別に合格した人達を、このあと僕達が面接する予定なんだけど……人数の多さもさる事ながら、ちょっと選びづらいな。
というのも――
「何だか痩せ細った女の子ばかりだね」
「ええ。孤児院出身の女の子じゃないでしょうか?」
マリアの言う通り、選別にパスしているのは、このまま放っておいたら夜の街へ売られていく未来しか想像出来ないような孤児達だった。
僕はマリアに告げる。
「大精霊は人とは違って、善性の存在だからね。救える子達が善良であるなら、助けたくなるんだと思うよ」
人はどんな善良な人でも、100パーセント善なんてありえない。対して大精霊達は100パーセント善でしかなく、悪の部分は1パーセントもない。
大精霊は何だかんだいって善い奴なのだ。
その時僕は、大精霊達の選別をくぐり抜けた中に、周りから浮いている女性を見つけた。
「あれ? 随分とお歳を召した方がいるな」
「タクミ様、たぶんメイド長候補だと思いますよ」
「ああ、なるほどね。そういえばミーミル王女の侍女の中にもいたね」
マリアの答えに納得する。
ウィンディーネ達は、メイド達を教育する人材としてあの女性を選んだのかな。確かに背筋がピンと伸びていて、立ち姿が凛としてカッコイイな。
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