いずれ最強の錬金術師?

小狐丸

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13巻

13-2

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 4 魔法師団


 大精霊達の屋敷を訪ねると、シルフとドリュアス、セレネーとニュクスがいた。
 ニュクスは軽い引きこもりだから、屋敷を訪ねるとだいたいいるけどね。
 勝手に屋敷へと入ってリビングに行くと、僕が口を開くよりも先にドリュアスが今回の用件について言う。

「魔法師団の話ねぇ~。良いんじゃないかしら~」
「やっぱりもう聞いてたか」
「それはそうよ。これでも精霊のトップよ~」
「じゃあ、名前を決めないとね」
「セレネー、それよりも誰が旗頭になるか決めないとダメなんじゃない?」

 魔法師団の名前を決め始めるセレネーや、どの精霊の名を冠するか話し始めるシルフに驚く。

「えっ、魔法師団を設立するのは決まりなの?」
「もう大陸中の有能で誠実な子達に声はかけたから、一月ひとつきもすれば全員来ると思うわよ」
「えっ⁉ いつの間に!」
「ルーミアとロザリーが相談してた時にね」

 セレネーの答えを聞き、僕はため息を吐く。

「はぁ、なら決まりなんだね」
「そうよ。ただ魔法師団は種族や国にとらわれずに集めたから」
「そうしないと人数が集まらないのよね」

 セレネー曰く、魔法使いを志す貴族の子息子女は、変にプライドが高いらしく、聖域の魔法師団に相応しい人材を探すのが難しかったらしい。

「ほんと、大陸中を探し回ったわよ」
眷属けんぞくがだろ」
「勿論!」

 さも自分で探しましたと言わんばかりのセレネーに一応突っ込んでおく。
 その時僕は、シルフやセレネーがスカウトの範囲を大陸中に広げ、種族や身分に拘らなかったもう一つの理由に気が付いた。

「シルフがエルフだけに限定しないのは、属性の問題があるから?」
「フフッ、タクミみたいにノルン様から全ての属性に適性をもらった人なんていないもの。だからエルフだけに限定しちゃうと風属性に偏るの」
「火属性や土属性の魔法使いも欲しいものね」

 シルフとセレネーは、人族の中でも火属性と土属性の魔法使いを意識してスカウトしたらしい。
 セレネーが思い出したように言う。

「そうそう、レーヴァと同じ狐人族の子もスカウトしたわよ」
「へぇ、狐人族なんて珍しいね」
「魔法が苦手な獣人族の中でも、例外的に魔法に高い適性を持つ種族だからね。族長も大喜びしてたわよ」
「くれぐれもトラブルがないようにしてくれよ」
「当たり前じゃない。だいたい私達に声をかけられて、感激こそすれ嫌がる人はいないわよ」
「それはそうか。大精霊だもんね」

 聖域に住む資格がある人格者なら、大精霊にスカウトされたら喜んで参加するに違いない。
 そこでシルフから爆弾発言が飛び出した。

「支度金はタクミの財布からもらったわよ」
「へっ? 僕の財布?」
「何よ今さら、騎士候補の子達にも旅費として渡してあるわ」
「聞いてないよ!」

 僕が思わず大声を出すと、シルフは平然と告げる。

「マリアからもらったわよ」
「グッ! な、なら、仕方ないのか?」

 マリアはソフィアと同じく僕の奥さんで、屋敷の一切はメイドである彼女に任せている。

「タクミは、どうせお金使わないでしょ」
「まぁ、確かに貯まる一方だけど」
「大陸中のお金をあなたのもとに集める気? お金は使わないと経済ってヤツがダメになるんでしょ?」
「誰から経済なんて聞いたんだよ……確かに多少はお金を使わないとダメか」
「でしょ! でしょ!」

 胸を張って、良い事したでしょ的な顔をするシルフが少しムカつくけど、必要経費だと思ってあきらめよう。現状、僕の手持ちの資金は洒落しゃれにならないレベルになっているからね。


 シルフは続けて言う。

「だから魔法師団の本部は勿論だけど、装備もお願いね」
「いや、建物は分かるけど、魔法師団の装備って何? 僕は騎士団の人とはそれなりに付き合いがあるから装備関係も知っているけど、魔法師団の知り合いはいなかったし、魔法使いは冒険者しか知らないよ」

 以前は、ボルトンで騎士団の訓練に参加させてもらっていたので、騎士の人達とは交流があるが、魔法師団についてはボルトンに存在するのかすら知らない。
 王都でも騎士団長と面会する事はあっても、王城で魔法使いとは会わなかったな。

「その辺りはソフィアと相談すればいいと思うわ」
「それもそうだね」
「じゃあ魔法師団本部はお願いね。場所は騎士団本部が集まっている辺りで大丈夫だから」
「了解」

 僕が頷くと、シルフは大精霊達に声をかける。

「私達は魔法師団の名前を考えましょう」
「……私はパスだから」
「ニュクスはつれないなあ。じゃあセレネーかな?」
「ええー、私ー」

 シルフ達が魔法師団の名前をワイワイと決め始めたので、僕は早速本部を造りに向かう。
 早く造って工房に戻らないと、ドガンボさんとゴランさんに怒られそうだ。



 5 魔法使いの装備


 聖域郊外にある、三つの騎士団の本部の近くに、魔法師団用の建物を建てた。
 とりあえず、最低限必要なトイレや照明だけは魔導具を設置しておく。
 ある程度までパパッと造ると、帰り際に騎士候補達の訓練を監督しているソフィアに声をかける事にした。
 訓練所では、木剣と木盾を持ち、簡単な稽古着けいこぎとヘルムを装備した若者達が、ソフィアとダンテさん指導のもと打ち合いをしていた。
 まだ模擬戦ってレベルじゃないけど、あの防具は誰が用意したんだろう?

「ソフィア、少し時間いいかな?」
「あっ、タクミ様。勿論大丈夫です」

 ソフィアにルーミア様とロザリー様から要望があった魔法師団の話をすると、その設立には賛成してくれた。
 まあ、シルフやセレネー達が乗り気になっている話を、エルフであるソフィアが否定するわけがないけどね。
 ただソフィアはなんとも言えない顔をしている。
 彼女の表情が少し微妙な理由を聞くと、ユグル王国の騎士団時代、魔法師団とは色々とあったらしい。

「魔法は補助程度で、剣や槍、遠距離攻撃には弓を使う騎士団と、固定砲台に近い魔法師団とは軋轢あつれきもありましたから」
「えっと、騎士が前衛で護っているから固定砲台でいられるんじゃないの?」
「そうなんですが、盾となって護るのが当たり前だと上から目線で……」
「ああ…………」

 エルフでも騎士と魔法使いの確執かくしつはあったんだ。

「固定砲台しか出来ない魔法使いなんて使い物にならないのにね」
「はい。魔力が枯渇こかつすればお荷物にしかならない魔法使いは必要ありません」

 どうやらソフィアは魔法師団に思うところがあるみたいだ。

「ただ、聖域に移り住む事を許された者達となら、騎士団も魔法師団も連携して聖域の守護を果たせるでしょう」
「それは心配ないと思うよ」

 確かに、聖域以外の場所なら、騎士団と魔法師団のマウントの取り合いは起こるだろう。それは貴族の派閥抗争に直結しているからだ。
 だけど、大精霊のお眼鏡にかなう人しか住めない聖域ではその辺は心配しなくてもいい。少なくとも僕はシルフやセレネー達の目を信じている。
 それより、聖域の魔法師団のかただ。

「なら、魔法戦士の集団を作るか」
「魔法戦士……良い響きですね。固定砲台ではなく緊急時に近接戦闘で自分の身くらいは護れる移動砲台……面白いと思います」
「うん、僕の理想は、まさにそれだね」

 魔法使いが戦闘の前面に出る必要は勿論ないけど、常に護られているのが当たり前では困る。
 自分の身は自分で護れないとね。

「ならローブと杖だけじゃダメだね」
「そうですね。重い鎧は無理かもしれませんが、最低限の防御力と軽くて動きやすい装備を考えた方がいいと思います」

 冒険者をしている魔法使いの格好はローブと三角帽子に、魔法発動に効果のある杖を持つのがスタンダードだ。
 国の魔法師団も同じような装備らしい。

「本当はベールクトに渡した武装一体式の装備がいいんだろうけど、あれは素材がね」

 有翼人族ゆうよくじんぞくの少女ベールクトの装備とは、以前作ってあげた魔槍まそうだ。

「長杖でいいと思いますよ。杖術じょうじゅつを叩き込んで、最低限の近接戦闘が出来るように訓練しましょう」
「それが現実的だね」

 良い杖の素材となるトレント材のストックは幸いたくさんある。あとは個人の属性に合わせて、魔晶石ましょうせきをはめ込めばいいだろう。
 硬化こうか靭性じんせい強化のエンチャントを施せば、杖術にも十分耐えるはずだ。それか、魔法発動体はアクセサリー型にして、片手剣と小盾で、魔法剣士みたいなのも面白いかも。魔法と剣や槍とを併用しての戦闘は、僕達のスタイルに近い。

「丈夫なブーツに、重量軽減のエンチャントを施した革鎧に、魔法使いっぽいローブの代わりに魔法師団らしいマントなんてどうかな。少しくらい、カッコいい方がいいだろう?」
「騎士団の装備は見た目がいいですからね。魔法師団もそれなりに見栄みばえを良くするのはいいと思いますよ。それに騎士団用にもカエデに頼んでサーコートを仕立てます」
「サーコートか、確かに騎士の正装だね」
「そうでした。こうしてはいられない。アカネとマリアと相談して、サーコートの色やデザインを決めなくては」

 思い立ったら早速とばかり、ソフィアが屋敷へ戻る準備を始めた。

「父上! 私は所用が出来たので、あとの訓練はお願いします!」
「おい! ソフィア! どうしたんだ!」

 ダンテさんが尋ねるも、ソフィアはいそいそと屋敷へ帰ってしまった。

「ソフィアもファッションに興味が出てきたのかな。それなら嬉しいな」

 見た目が絶世の美女なのに、着る服に頓着とんちゃくしないソフィアが、サーコートのデザインに興味を持った。
 これを機に、普段の服もオシャレになるかもしれないなと思ってたんだけど……
 あとで聞くと、武器や鎧に拘るのは、騎士として当然と言われた。
 ファッションじゃなかったんだね。



 6 設立式


 それから数日で、聖域にシルフやセレネー達がスカウトした魔法師団員候補の若者達が、続々と集まってきた。
 騎士団の鎧も僕とレーヴァ、ドガンボさんとゴランさんで造り始めると、直ぐに完成させる事が出来た。むしろ大量の装備に対して、エンチャントをするのが大変だったくらいだ。
 さらに日がち、騎士団と魔法師団の武器を含めた装備が完成した。
 そして、聖域を護る騎士団と魔法師団の団員が騎士団の訓練所に勢揃いしていた。
 土精騎士団のドワーフは種族的に力持ちなので、武器はバトルアックスと戦鎚の二種類と、大盾を用意した。
 風精騎士団のエルフは、弓をメインに片手剣を持つ者。カイトシールドと片手剣のオーソドックスな前衛装備の者。ハルバードと小さめのラウンドシールドを左腕に装備した者。最終的にこの三種の兵種が出来た。
 火精騎士団は、一番混沌としている。
 貴族出身が多い人族は、片手剣とカイトシールドを持つ者が多いが、ハルバードを主武器にする者や、斥候職せっこうしょくとして弓を持ち短剣を装備する者もいる。
 人族でも平民出身は、槍を装備する者が多い。戦闘のシロウトには槍の方が扱いやすかったのだろう。
 そして獣人族は、その種族により主武器がバラバラだ。
 スピードが命の猫人族や狼人族、犬人族いぬじんぞくは、短剣か片手剣装備。
 聖域の騎士団には一人しかいないが、熊人族くまじんぞくの若者は大盾と巨大なバトルアックスを装備している。
 魔法師団は結局、セレネーが旗頭となり光精魔法師団という名称になった。
 トレント製の長杖に、団員それぞれの属性に合わせて魔法の発動を助け、威力いりょくと発動速度を向上させる魔晶石がはめ込まれ、ミスリル合金でカバーをした。
 揃いの制服の上に革製の胸当を装備、腰には短剣を差している。
 水精騎士団は独特だ。
 五色の鎧に身を包んだフルーナ、ラーナ、ミーナ、シャーナ、ウィスティーナの後ろに、デザインは同じ水色の鎧を着た人魚族の若い女性が並ぶ。
 水精騎士団は、主戦場が水中や海上なので、マントやサーコートはない。
 騎士団と魔法師団の大きな旗がたなびいて、整然と並んだ人数、およそ二百五十人。
 普通の騎士団一つにも満たない人数だけど、ここが聖域という特殊な土地柄故に、もともと住民だった人魚族を除き、一度に二百人増やすのが限界だった。
 実は、二百人全てが外から新しく来たわけじゃない。ワッパのように、もともと聖域の住民だった者も少数ながらいるんだ。
 そして今回、聖域を護る騎士団と魔法師団の設立式を行う事になった。
 これはシルフ達が望んだのもあるけど、ルーミア様やロザリー様達にもすすめられた。
 こういったお披露目ひろめをするのは大事なんだとか。
 僕にはいまいち分からないけど、シルフやウィンディーネ、サラマンダーやノームまでが上機嫌なのだからやって良かったんだろう。
 聖域の住民も見学に押し寄せている。
 結界のおかげで、直接的な脅威きょういがない聖域だけど、それでももしもの時の備えとして、ここに騎士団と魔法師団が設立される事を喜んでくれているようだ。
 大精霊達の気まぐれで始まった聖域を自衛する組織のお披露目は、聖域の音楽隊も駆けつけにぎやかに終わった。
 ただ騎士団の団員と魔法師団の団員は、これからが大変だった。

「ほら! そこ足が止まっている! 列を乱すな!」
「ひゃい!」
「ほらほら! 魔法使いも最後にモノを言うのは体力だぞぉ! 走れ! 走れ!」
「はぁ、はぁ、はい!」

 彼らには、体力づくりと最低限の武術スキル、または魔法スキルを習得した後、地獄のパワーレベリングが待っている。
 騎馬兵きばへいに関しては、バトルホースも含めたパワーレベリングになるので、単純に倍の戦闘をこなしてもらう予定だ。
 ロザリー様や、文官娘のリーダー、シャルロットの母親でボルド男爵家の女当主のエリザベス様が最初から厳しすぎないかと心配していたけど、ワッパのお陰でんなやる気に満ちている。
 何がワッパのお陰なのかというと、フルーナ達五人を除くと、全体の中でもワッパが一番強く、他の子達が愕然がくぜんとしていたのだ。
 ただ流石に大精霊達の選定に合格するメンバーだけあって、それで心折れる事なく、逆に年下のワッパに負けてなるものかと、やる気をみなぎらせている。
 さて、僕もパワーレベリングに付き合うかな。



 7 負けられない三人組


 それがしは聖域の騎士、ダンでござる。
 一応、下級貴族の出身でござるが、家名は既にてたでござる。聖域では、なんの役にも立たないでござろう。
 某が所属するのは、聖域騎士団の中の一つ、火精騎士団でござる。
 火精騎士団には、人族だけではなく獣人族も在籍しているのでござる。他の土精騎士団や風精騎士団、水精騎士団のように一つの種族ではなく、その出自も貴族出身であったり、平民出身であったり様々でござる。
 その火精騎士団に、幼馴染のマッドとビルの三人で在籍しているのでござる。
 騎士団の設立のきっかけは、間違いなく某とマッドとビルでござろう。
 我らの活動が大精霊様達の賛同を得て、さらに聖域の管理者であり守護者でもあるイルマ様にも許可をいただき、聖域に騎士団を設立するに至ったのでござる。
 それから、イルマ様の奥方様のお一人でもあるソフィア様と、そのお父上ダンテ殿のご指導で、聖域を守護する騎士となる訓練が始まったでござるよ。
 人数も最初は我ら三人だったのが、大精霊様方が大陸中から選抜した将来有望な若者達が集まってきたのでござる。
 そしてソフィア様が鬼軍曹おにぐんそうに変身したのでござる。
 隊列をくずさないようひたすら走らされ、少しの休憩を挟んで体術のかかり稽古を延々と繰り返すのでござる。
 ソフィア様自ら対戦相手となってくださり、絶世の美女である彼女の前には長蛇ちょうだの列が出来るも、皆揃って後悔したでござる。
 死ぬかと思ったでござる。本当に死にかけたでござる。大事な事だから二回言うでござる。
 ソフィア様は、某達とは次元が違う強者だったでござる。
 組み合う事はおろか、誰一人ソフィア様に一撃を入れる事が出来ずに地面をったでござるよ。

「体術は、他の武術のかてとなる。さらに将来的に身体制御系のスキルを習得する助けにもなりますよ」

 そうおっしゃるソフィア様だが、騎士候補生の半数は気絶して聞いていなかったと思うでござる。
 そんな厳しい訓練も数日経てば、不思議なもので多少慣れてくるものでござるよ。
 中でも其とマッド、ビルの三人は、最初に訓練を始めたせいか、頭一つ抜けていると自負していたでござる。
 ところがでござる。
 我らをおびやかす存在が現れたのでござる。


「兄ちゃん達だらしないな~。このくらいならサラやシロナの年少組でも平気だぜ」
「グッ、子供に負けるとは……不覚」

 猫人族の少年、ワッパ殿に手も足も出ないとは……

「ダン、おぬしもやられたでござるか」
「そう言うマッドもでござるか?」
拙者せっしゃだけでなくビルも負けたでござるよ」
「なっ! 我ら三人ともワッパ殿に敗れたでござるか……」


 ワッパ殿はある日「俺も皆んなを護る騎士になる」と言って、訓練に参加し始めたのでござる。
 この少年は、聖域の最初期にイルマ様達に保護された孤児こじの一人らしいでござる。
 随分とソフィア様と親しく話しているのを何度も見ているでござるよ。
 それだからでござろうか、ソフィア様はまだ子供のワッパ殿の加入を迷う事なく認められたのでござる。
 流石に、知り合いだとはいえ、それは贔屓ひいきが過ぎないかと思ったでござるが、某が間違っていたと、その後身に染みて分かったのでござる。

「ダン、ワッパと体術の模擬戦をしてもらう。遠慮なく全力で立ち向かうように」
「……了解でござる」

 あの時、まだ成人もしていないワッパ殿を相手に、全力で立ち向かえとソフィア様から言われた某は首を傾げたのでござるよ。
 考えてもみてほしいでござる。ワッパ殿の身長は、某の肩に届かない程度でござる。獣人族故、成長は早いのでござろう。同年代の人族よりは立派な体格なのであろうが、某とは大人と子供でござる。
 しかしソフィア様が、某に「遠慮なく全力で立ち向かうように」と仰った意味を正確に理解するべきだったと、模擬戦が始まってから分かったでござる。
 五メートルほどの距離を置いてワッパ殿と向き合ったでござる。

「両者準備はいいな。では、始め!」

 ソフィア様の開始の合図でワッパ殿との間合いを詰めようとするも、某はワッパ殿の姿を見失ってしまったでござる。
 そして次の瞬間、横腹に重い衝撃を受けて吹き飛び、地面を這ったのでござる。

「グフッ!」

 混乱する頭を振り慌てて周囲を見回すと、最初の位置にワッパ殿が自然体で立っていたのでござる。

「もう終わりか! 立てるならサッサと立ち上がれ!」
「……は、はい!」

 ソフィア様から声をかけられ、ふらつきながらも立ち上がり、今度こそ油断せずワッパ殿を見据えたのでござる。
 何をしたのか分からないが、二度も同じ手はくわないと、今度は慎重に構えたのでござる。しかし、其がとらえられたのは、ワッパ殿が普通に一歩前に足を踏み出したところまででござった。
 次の瞬間、其は空を見上げていたでござる。
 そしてそこで其の意識は途切れたのでござった。


 訓練所の端で寝かされた其が意識を取り戻すと、同じようにマッドとビルが横になっていたでござる。
 聖域は其が思っていた以上に、とんでもない場所だったと理解したのでござる。


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