中の御所奮闘記~大賢者が異世界転生

小狐丸

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初陣

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 天文二十四年(1555年)九月

 伊勢街道を異形の集団が進んでいる。

 阿坂城から大宮含忍斎率いる五百の兵が源太郎達五百の兵と合流する。木造具政が五百の兵を率い岩田川を渡り合流する。
 源太郎率いる合計千五百の兵が、岩田川と安濃川に挟まれた地で、長野工藤家の分家、細野藤光、藤敦親子率いる二千五百の兵と対峙する。



 長野工藤軍 細野藤光

「なんじゃ、あの陣形は?」

 細野藤光が、対峙する北畠軍の陣形を見て訝しむ。

「どうされました父上」

 そこに藤光嫡男、藤敦が側に来た。

「あれをどう見る」

 藤敦も北畠軍の陣形を見て考え込む。
 長野工藤軍二千五百、対する北畠軍千五百。野戦に打って出たのは、数の有利も大きい。

「左翼に大宮含忍斎、右翼に木造具政、中央が北畠の嫡男か……、総大将の中央が何故あんなに兵が少ないのでしょう」

「うむ、不自然に中央が薄すぎる……」

 北畠軍の陣形は、左翼と右翼に六百五十づつ配置し、中央には二百しか兵が配置されていなかった。中央が薄い鶴翼に見えなくもないが、本来鶴翼の陣は、兵数が勝る時に有効とされる陣だ。

「左右を厚めの鶴翼で問題ないのでは」

「そうじゃな、左右を抑えている間に、中央を喰い破れるじゃろう」

 そう誘導されているとも気づかず、長野工藤軍は陣を整える。





 北畠軍 北畠源太郎

「ここまでは、狙い通りだな」

 鎧に身を包み、数え九歳にしては立派な体格の源太郎がニヤリとする。
 その手には、大賢者の頃から長年使いなれた相棒とも言えるバルディッシュが握られていた。
 60cmを超える肉厚の斧刃が、優美な曲線を描いている。槍のようにきっさきでの刺突と、鎧ごと断ち切る斬撃で数多の敵や魔物を葬ってきた。また斧刃の反対側にある鎌刃が、敵の攻撃を防いだり、馬上から敵を引っ掛け引き落とす。
 源太郎は、まだ成長途中の身体に、魔力による身体強化を発動し、重量感あふれるバルディッシュを楽々と扱う。
 魔力による身体強化ならば、魔力を放出する訳ではないので、使い続けても魔力がそれほど減る事はない。

「ええ、道順や小南達が良い仕事してくれたようですね」

 源太郎の横に大嶋新左衛門が馬を並べ、ニコニコしている。

「あとは喰い破るだけだな」

 大河内教通が、新左衛門とは反対側に馬をつける。

「小次郎、遅れるなよ」

「分かってますよ」

 大宮大之丞景連が芝山小次郎秀時をからかう。

 戦場とは思えない弛緩した空気が漂うが、皆、小指の先ほど負けるとは思っていない。

 源太郎は、安濃城に籠られると厄介だと思っていたが、あらかじめ伊賀崎道順率いる伊賀者が、北畠軍の兵数が少ない事を長野工藤家側に、わざと広めていた。


 北畠軍が全軍で攻めると、安濃城に籠城されて、時間がかかるところだった。
 だが今回北畠家は、軍を二つに分け、北畠家当主北畠具教率いる軍が長野城を攻略中である。
 細野藤光は、ここで源太郎達を撃ち破り、長野城を攻める北畠具教の軍を挟み撃ちに出来ると考えていた。
 そう思わせるように誘導されていたと、ノコノコと釣り出されたと、最後まで気付かずに。






 ドドドドドッーーー!!

 オオオオオッーーー!!


 地面を揺らす音と共に雄叫びを上げながら、長野工藤軍が動き出した。
 北畠軍の両翼も動き出す。
 その時、北畠軍中央の長柄槍隊の中央が割れ、騎馬部隊が駆けだす。


 ドドドドドッーーー!!

 重種ならではのパワフルな蹄の音が響く。

「「「ひぃっ!ばっ、化け物だぁ~~!!」」」

 長野工藤軍の中央の兵士達は、恐怖に足が止まる。

「……なんだ、あれは……」

 長野工藤軍中央の後方に居た細野藤光は、敵軍中央から突撃してくる騎馬部隊の威容に、一瞬思考が止まる。
 濃紅の見た事もない馬鎧を纏った巨大な馬が、地響きを立てて疾駆する。


「敵は少数じゃ!槍衾で足を止めよ!」

 見れば敵の騎馬部隊は少数、勢いを止めればどうとでもなると思った。しかし前線の混乱は治らず、槍衾を組む事叶わず喰い破られた。

 ブンッ! ブンッ! ブンッ!

 源太郎のバルディッシュがひと振りされる度に、数人の敵兵が斃される。長野工藤軍の兵は鎧ごと断ち切られ頸を飛ばされる。またある者は巨大な馬に弾き跳ばされ蹄に踏みつけられる。

 源太郎率いる騎馬部隊の数は、デストリアやフリージアンベースの重種が二十騎、その後ろに通常の騎馬部隊五十騎が続く。さらにその後に、源太郎達が開けた穴を広げる様に中央の兵が続く。


 二千五百の兵といえど、その大半は農民を徴兵した兵だ。先ず、彼等が恐怖の余り槍や刀を放り出して逃げ出した。
 戦に勝てば、最近豊作続きの北畠領内で、略奪や人攫いが出来ると集まった農民達は、この場に留まれる筈がなかった。
 指揮官である、足軽大将や組頭が押し留めようとするが、彼等も次々にバルディッシュや大之丞達の槍にかかり、もの言わぬ骸になっていく。
 こうなると、侍も農民も関係なく恐怖が広がり、長野工藤軍の中央は、軍の体裁を成していなかった。農民も国人も我先に逃げ出す。
 中央の混乱は、左右両翼の兵達にも伝わる。
 もうそこには数の有利は存在せず、長野工藤軍は潰走を始める。


「……なんだこれは……、我等は何と戦っているのだ……」

「父上!ここは一旦城へ引きましょう」

「……いや、あの化け物馬からは逃げられまい」

 細野藤光の視線の先には、迫り来る死神が見えていた。

「藤敦、儂が時間を稼ぐ故、お前は残った兵を纏め、長野城へ向かうのじゃ」

「父上!それならば私が!」

「いや!御主が残れば家は保たれる。それに北畠の嫡男は、領民に善政をしくと評判じゃ、例え途中捕縛されたとしても、悪いようにはならんじゃろう」

 しかし、細野親子に時間はなかった。

 バキッ! ドシャ!

 そこに周りを固める兵が弾け跳ぶ音が響き、細野藤光の目の前を兵が宙を舞う。

 巨大な馬から、ヒラリと少年が飛び降りる。

「細野藤光殿とお見受けします。某は北畠権中納言具教が一子、北畠源太郎。細野殿、降伏して頂けませんか」

「北畠殿、某と一騎討ちを受けて頂きたい」

 細野藤光が槍を構える。源太郎が頷くと、細野藤光が気合いと共に槍を繰り出す。

 ブンッ! バキャ!

 繰り出された槍に、源太郎はバルディッシュを一振りすると、槍の穂先から太刀打ちまでが粉々に弾け跳ぶ。

「なっ!」

「勝負はありました。細野殿、城を開けて下さい」

 細野藤光はがくりと膝をつく。




 安濃城に入った源太郎達は、小荷駄隊の補給を受けて休息すると、長野城へ進軍する準備へ移る。

「不自由をかけますが、暫くはここでお待ち下さい。」

「もし、北畠殿にお尋ね申す。そなたの軍は、乱取りを行わないのか?」

 源太郎は首を横に振り、何を可笑しな事をとでも言いたそうな顔をする。

「細野殿、私は安濃郡の半分を所領に貰う積もりです。我が領民と領地に乱取りなどする訳がないじゃないですか」

 細野藤光は、ポカンとしてしまう。雑兵達による乱取りは、恩賞として普通に許可されているのが、常識だった。一部の大名は、この人道にもとる行為を戒める者も居るにはいたが。

「では我等はここまま進軍致します。窮屈でしょうが、そう長くは続かないと思います」



 源太郎達は、途中の砦や城を攻略しながら進軍する。しかし、既に無人の砦や城もあり、接収して廻る簡単なお仕事だった。

 やがて、父具教の本隊に源太郎達が合流すると、長野大和守藤定は降伏した。
 細野藤光・藤敦親子が敗れた事が大きかったようだ。伊賀崎道順配下の高山太郎次朗、高山太郎左衛門兄弟が源太郎達の戦ぶりを喧伝し、長野城内でも噂をばら撒いた。
 お陰で、源太郎達が合流すると分かると、城から雑兵が逃げ出し、源太郎が父具教の本陣に顔を出した時点で降伏してきた。

 史実では、具教は二男の次朗を長野藤定の養嗣子とする、有利な和睦で勢力を拡大したが、今回は完全な北畠家の勝利だった為、まだ四歳の次朗が養嗣子になることはなかった。
 父具教は、長野稙藤と長野藤定を切腹させる積りだったようだが、源太郎が執り成し、長野工藤家は、長野城と分家の雲林院家の雲林院城の二城のみとした。
 長野藤定には、嫡男が不在だったため、雲林院 祐基(うじい すけもと)の子、祐光を養嗣子にして後を継がせた。

 細野藤光・藤敦親子は、源太郎の配下として、安濃城の城代とした。
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